越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#76

タブリーズ

文と写真・室橋裕和

 イラン北西部、タブリーズ。そこはトルコやアゼルバイジャンに向かう国境越えのときに起点となる街だ。そして1000年以上の歴史を持つシルクロード交易の中心地でもあり、中東最古ともいわれるバザールも残る。しかし2019年5月8日、悲劇が起きてしまうのだ。
 

 

ヨーロッパも薫るイランの古都

 はるか極東からユーラシアを旅してきた人々が、はじめてヨーロッパの風を感じる場所……それはイランのタブリーズかもしれない。街の大通りには、重厚なヨーロッパ調の建築物も並ぶ。人々の顔立ちも、中近東や西アジアというよりは、イタリアとかフランスあたりの、ややラテンヨーロッパのようにも見える。民族衣装などではなくスーツ姿も目にする。長らくアジアを旅し、乾燥したイランの砂漠を抜けて、たどりついたこの都市で、行く先には新しい世界が広がっていることを人は肌で知るのだ。
 僕はそんなタブリーズの街角に、やや緊張しつつ立っていた。
「なんかヨーロッパっぽいじゃん……」
 通い慣れたアジアとはだいぶ違う空気感にびびる。おしゃれな街路や行き交う紳士になんだか居心地の悪さを感じてしまう。アウェーは不利だ。なにせ僕は四半世紀もアジアをうろうろするばかりで、ヨーロッパに上陸したことがないのである。だから欧風をちょっと感じただけで怖気づいてしまう童貞の悲しさ。はるけき、憧れの、夢の、ヨーロッパであった。
 今回の旅もタブリーズ止まりで、テヘランに引き返す予定である。ユーラシアを東から西へ、アジアからヨーロッパへと大横断する、かの「深夜特急」ルートをたどってはみたいが、僕もまた日々せせこましく働かないと生きていけない労働者。長旅はできない。まだ見ぬヨーロッパに足を踏み入れたいところではあるが、それはまた別の機会にしよう。

 

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ユーラシア東西貿易を象徴するタブリーズのバザール。何日歩いても飽きなかった

 

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絨毯を売るバザール内の大広間。こうして1000年前から取り引きが続けられてきた

 

 

中世がそのまま残るバザール

 僕は市内の中心部まで歩くと、いったい何度、足を運んだかわからないバザールに向かった。左右にみっしりと商店が並ぶ。荷物を満載したリヤカーが雄たけびを上げて通りすぎ、値段交渉をする声で賑やかだ。ヤカンひとつだけ持ったチャイ(茶)売りがいる。カラフルな香辛料の山を並べた店がある。羊肉を焼く香ばしい匂いが立ち込め、コーランの詠唱が高らかに響く。
 ホームだ、と思った。旧市街のバザールはまさにアジアだった。わいわいとさんざめく雑踏の中にまぎれていると、気持ちが落ち着き、次に昂ぶってくる。そして迷路の中を歩き出す。
 バザールは広大だ。複雑に入り組んでいて、もとの場所に戻ろうとしてもどこがどこなのかまったくわからず道を見失う。それが面白いのだ。石畳の道を右に左に歩いていくと、いきなりキンキラキンの黄金市が現れて仰天する。唐突に天井が高くなり体育館のようなホールに出ると、そこは絨毯市場だった。礼拝用の小さなものから、10メートル四方はある巨大なものまで並べられている。ホールの天井につくられたステンドグラスからやわらかな光が差し込み、絨毯の鮮やかな文様を浮かび上がらせている。
 かと思うとスパイスが山と盛られた一角に出る。次々と声がかかる。言葉はわからないが「ひとつどうだい」とでも言っているのだろう。次の角を曲がると今度はヨーグルトとチーズの店が続く。差し出されるままに口にしたヨーグルトの濃厚さに驚く。
 そうやって毎日毎日、僕はバザールを歩いた。店の数は7000を超えるという。飽きることはなかった。
 腹が減れば食堂はいくつもあった。多かったのはアブグシュトの店だ。
 まず目を引くのは大きなツボである。ノゾきこんでみると、羊肉やトマト、じゃがいもなんかが入ったスープだ。端に円盤がついた鉄の棒と、平べったいパンも運ばれてくる。どう食べるのだろう。
 悩んでいると、バザールの商人か、隣り合わせたおじさんが実演してみてくれたのだ。
「いいか、こうやるんだ」
 円盤を下にした鉄棒でもって、ツボを搗き、具材をマッシュする。これを適量、別皿に取り、パンをひたして食べる。おじさんのジェスチャーを見るに、
「こいつはな、つぶせばつぶすほど美味いんだ」
 ということらしい。複雑に味の交じり合ったスープは確かにいけた。
 こんな食堂に入って、ひと休みにきた商人たちと席を並べるのは楽しかった。シルクロードの歴史絵巻の中に入ったような気がする。なんといってもタブリーズのバザールは、1000年以上前から栄えた世界遺産なのである。我らが大先輩マルコ・ポーロ、イブン・バットゥータといったカリスマ旅行家も訪れているのである。その当時から改修は繰り返しているのだろうが、基本的なたたずまいは変わっていないというのだ。そんな古いバザールが現役で、住民のライフラインであり、交易の拠点となっている。うーん……しぶい。僕はこんな「生きている遺跡」が大好物なのだ。

 

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果物市場の中を、羊の足を運ぶおじさんが行く。生活臭が楽しい

 

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バザールでよく食べたアブグシュト、ツボに入った具をつぶしてたべる

 

 

世界遺産を襲った悲劇

 興奮して路地をうろついていると、石壁にはめこまれた木の扉がゆらりと開いて、ぬうっと出てきた手にいきなり腕を掴まれた。声を上げそうになる。手のヌシは白いヒゲをたくわえハンチングをかぶった爺さんであった。
「日本人か? そうだな。ちょっと入るがいい」
 有無を言わさぬ調子に引きずりこまれる。石壁をくりぬいた隠れ家のような店だった。骨董品やら古い硬貨やらがびっしりと並ぶ。とはいえ売りつけてくるとかボッタクリとかではなく、
「これはなあ、サファヴィー朝のときのもんで……」
 なんて解説しては、イラン革命前の品だとかいうコインなんぞをうっとりと眺めている。ヒマ人なのであった。イランでは珍しく英語がわかるものだから、たまにやってくる外国人に講釈を楽しんでいるようだ。その代わり、爺さんは通りを流していたチャイ売りから熱い紅茶といくつも茶菓子を買って、にんまりと笑って差し出してくれたのだ。
 バザールを歩けば、必ずこんな人たちと出会った。自分でお茶を買ったことがあっただろうか。誰かが声をかけてきて、まあ飲めと茶を勧められて、お互い言葉もわからないのにひとときを過ごす。それが面白くて、毎日毎日バザールに行って、2019年の年明けを過ごした。
 そのタブリーズのバザールで火災が発生したのは5月8日のことだった。ツイッターに流れてきた速報に驚く。化粧品関連の店舗から出火したという。火はあっという間に燃え広がり、30人が負傷、5500もの店が被害を受けてしまった。人類の歴史にとっても大きな損失となってしまったのだが、同じ世界遺産を襲った火災でもノートルダム寺院と違ってまったくニュースにならなかったのが悲しい。僕を出迎えてくれたたくさんの人々が、いまどうしているのか気がかりだ。
 タブリーズは国境の街でもある。
 ユーラシア横断を目指す挑戦者は、この街を基点にトルコへと向かう。あるいは北上してアゼルバイジャンやアルメニアへと旅立っていく。国境が近く、さまざまな文化が混じりあう場所だから、ヨーロッパの空気も漂い、交易の街として栄えてきた。
 たぶん僕は、いつかまたタブリーズに来るだろう。ヨーロッパへと西進し、国境を越えるために立ち寄ると思うのだ。そのときにはバザールは再建され、また賑わっているはずだ。

 

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話しかけてきた古物商のおじさん。祖父の代からバザールに店を出している

 

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大きな被害を受けてしまったバザールだが、また再建することだろう

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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