東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#76

インドネシア・スカブミからチアンジュールへ

文・写真  下川裕治

インドネシアの全鉄道制覇に向けて

 スカブミ発の列車は、発車直前になって客が続々と乗り込んできた。皆、この列車に慣れている雰囲気が伝わってくる。毎日のように乗っているのかもしれない。

 列車は4両編成だった。僕は2両目に乗っていたが、発車するときにはほぼ満席になっていた。終点のチアンジュールから先へは列車がつながらない路線である。それなのにこれだけの需要があった。

 スカブミ直前には降りはじめた雨もあがり、しだいに強い日射しが照りつけるようになった。田植えが終わったばかりの水田。その向こうに見えるモスク……。そんな風景をぼんやり眺めていると、急にトンネルに入った。それほど長いトンネルではなかったが、それを抜けると風景は一変、列車は深い山のなかを進みはじめるようになった。

 車窓には山のなかの小さな村が見えるようになる。と思っていると、列車は急にスピードを落とした。その先には鉄橋があった。

 かつてはジャカルタとバンドンを結ぶ路線だった。しかし2001年のトンネル内の崩落事故で不通になってしまった。

 しかしその後の状況が腑に落ちなかった。バンドンまでの路線が復旧することはなかったが、途中のチアンジュールまでの運行が、再開されたり運休になったりということを何回も繰り返すのだ。安定的にチアンジュールまでの運行がはじまったのは2013年である。

 その間の12年。この路線になにが起きていたのだろうか。乗客の数からいっても、そこそこの需要がある。

 最徐行で進む列車の車内で、

「きっと、これかもしれない」

 と思った。公にはトンネルの崩落事故が運休の原因になっていたが、この路線は列車を走らせるにはかなり厳しいエリアなのかもしれない。土壌が悪いのか、雨が多いのか。渡る鉄橋にしても、最徐行で進むということは復旧からそう時間がたっていないことを示しているような気がした。

 おそらくバンドンまでの線路を保線することは、相当の労力と費用が必要なのだ。

 トンネル崩壊を機に、バンドンまでの路線は北海岸から南下する路線に切り替わっている。距離から見れば、チアンジュールを通ったほうがはるかに近い。

 この路線が今後、バンドンまで復旧するとは考えにくかった。インドネシアの鉄道は、チアンジュールから先を放棄してしまっているのかもしれない。

 11時45分、終点のチアンジュールに着いた。その後にわかるのだが、これがインドネシアの鉄道最後の路線になった。

 後日、ジャカルタの知人が、ソロバラパン駅に問い合わせてくれた。インドネシア語が堪能な知人だった。そこで、ソロバラワンからシワイに向かう列車は、いまのところないことがわかった。駅員は、

「いつ走りはじめるかわかりませんが」

 といったそうだが、現時点ではその区間を乗ることは不可能だった。

 その連絡で、僕はインドネシアの全鉄道を乗りつぶしたことになった。

 チアンジュールに着いたとき、その事実はまだ知らなかった。ひょっとしたら、ソロまで行かなくてはいけないかもしれないと思っていた。

 当然の話だが、すべてを乗り終えたという感慨もなかった。

 

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チアンジュール駅。レバーはバンドンまで列車が入っていたときの名残?

 

 チアンジュール駅前は、そこそこ賑わっていた。駅舎からまっすぐのびる道に沿って、食堂や衣料品店が連なっている。

 そのなかの1軒で昼食をとった。煮込んだナスや鶏肉料理をご飯の上に載せてもらう。それにアイスティーをつけてもらって1万5000ルピア、約141円。ジャカルタよりは若干安い。外国人が珍しいらしく、店のおばさんは、どうしてここに来たのか、と訊いてきた。本当のことをいってもわかってくれないはずだ。だからといって、この街に来たほかの目的が思いつかない。ボゴールから列車に乗ってやってきて、これからまたボゴールに戻る……というしかないのだ。

 

チアンジュール駅前風景を。インドネシアの典型的な地方駅前です

 

 チアンジュールからスカブミに戻る列車もほぼ満席だった。小さな子供を連れた奥さんが目立つ。車内は保育園のような賑わいだった。買い物か、子供を病院に連れていくのか。生活路線としてしっかり機能している。

 スカブミでボゴール・パレダン行きに乗り換えた。ボゴールに戻ったのは夕方の6時すぎだった。

 なんだかほっとした。2回もふられた路線だった。やっと乗りつぶすことができた。

 

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チアンジュールからスカブミに戻る車内。子供、ほんとに多かった

 

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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