越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#75

チャンタブリー

文と写真・室橋裕和

 タイ東部、カンボジア国境に近い地方都市チャンタブリー。小さな街だが、ここには世界中から人を集める国際市がある。国境を越えたビジネスが展開されているのだ。

 

 

「少しマイナーな街」に行ってみよう

「ガイドブックにちょろっとだけ載っている」ような街がけっこう好きだ。
 誌面で大きく扱われているわけではないから、旅行者はそう多くない。でもわざわざページを割くのだから、なにかひとつやふたつ、小さな見どころもあるわけだ。そんな街を訪ねてみれば、ほどよいローカル感を味わいつつ、ささやかな観光地を見て回る楽しさもある。
 タイ東部のチャンタブリーもそうした街といえるだろう。かの有名ガイドを紐解けば、たったの2ページしかない。しかし意外にいろいろ見どころがあり、バンコクから1泊くらいのミニ旅行にはちょうどよい場所なんである。そしてこのチャンタブリーは、国境の持つミックスカルチャーにも満ちた街だったのだ。

 

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チャンタブリーのシンボルともなっているカトリック聖堂。日曜は近隣のキリスト教徒で賑わう

 

小さな街ながらも観光スポットいろいろ

 バンコクからは、エカマイの東ターミナルを出るバスもしくはロットゥーと呼ばれるミニバンで4時間ほどの距離である。街から東に50キロも進めばもうカンボジア、チャンタブリーは国境に向かう起点の街でもあるのだ。
 とりあえずは中心部に行ってみる。木造の古い家屋や問屋が並ぶ商店街は、いまや小さな観光地となっているらしい。タイ人女子が群れ歩き、昔風の民家を改築してスイーツやらちょっとした土産を売る店が軒を連ねる。歴史に取り残されたような街だが、それが逆にインスタ映えするのだと、誰もスマホで自撮りに忙しい。タイはいまレトロブームでもある。
 ふだんガイドブックには一行たりとも記載のない修羅の世界を旅している僕ではあるが、たまには下界に降りて平和な観光地をそぞろ歩くのも悪くはない。ホームメイドのアイスなんか売ってる店があったので、ココナツ味のやつを買って古風な街をゆけば、壮大なゴシック建築が見えてくる。タイ最大のカトリック教会が立っているのだ。1711年に建立されたものらしい。
 仏教国タイにも実はけっこうカトリック教徒がいるのだが、東部のカンボジア国境に沿ったエリアに集住している。ここチャンタブリーもそのひとつだ。これはカンボジアではなく、そのさらに向こうのベトナムにルーツがある。フランスが進出する17世紀以降カトリックが増えていったベトナムだが、迫害を受けることもあり、一部の集団は国境を越えて、そしてカンボジアやラオスを越えて、タイ東部に安住の地を求めた。定着した彼らは壮麗な教会をつくり、コミュニティの中心とした。そんな街がタイの東部国境沿いには点在しているのだ。
 で、こういう街ではベトナム料理がいけるというのもガイドブックにはあまりない情報かもしれない。名物の生春巻きやら、とろみのある米麺クイジャップ・ユアンあたりが定番だろう。
「ちなみにユアンってのはタイ語でベトナムを指すんだぜ……」と誰も聞いていないウンチクをぶつぶつ呟きながらチャンタブリー川に沿って歩いていくと、やたらに活気のある一角に出た。やはり古びた界隈だが、あちこちにテーブルが出て、人が集まっている。電卓を手に値段交渉する姿も目立つ。その顔だちはインド系や欧米人、黒人、中華系とさまざまだ。タイ東部のこんな田舎町なのに、やたらとインターナショナルなんである。

 

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チャンタブリー河に沿って古い街並みが続き、人気の散歩コースとなっている

 

 

宝石を扱う国際市場

 チャンタブリーからカンボジア・パイリンにかけての一帯は、ルビーやサファイアなど宝石の産地として知られてきた。国境を越えた先のカンボジアでは、お宝はポル・ポト派の資金源として使われてきたが(連載#25参照)、タイ側では国際的なマーケットが形成されたんである。
 現在では宝石は採掘されつくしてしまったというが、マーケットは残った。チャンタブリーは東南アジアでも有数の宝石市場となり、とくに週末は国境を越えていろいろな肌の人で賑わう。
「へい、ユー。ユーは何しにチャンタブリーへ?」
 唐突に腕をつかまれ英語で問いかけられる。タイ人のおっさんであった。どこぞのテレビ番組かと思ったが、この市場の共通語は英語なのだ。
「何をしに? 売るほうか? 買うほうか?」
 どちらでもないのだが、おっさんに引きずられるがまま店に連れ込まれてしまう。
「日本人か。珍しいね。わしゃあここで35年商売やっとるが、日本人は少ない。昔はけっこう来たもんだが」
 言いながら色とりどりの宝石をざあっとテーブルにばらまく。確かにキレイではある。まわりのテーブルを見てみると、こうして自慢の宝石を並べて、客のほうはピンセットでつまんだり、ペンライトを当てたり、ルーペやスマホの拡大機能でもって丹念にチェックしたりして、質を見定めている。その上で値段交渉をするようだ。
「これなんかどう、手ごろよ。1.38カラットのルビー。日本で転売するといい」
 バンコクのサギ師からもよく聞くセリフに身構えるが、値段は800バーツ(約2800円)で、欲しくもないのだが試しに値切ってみるとすぐに600バーツ(約2100円)に下がる。
「今日さあ、朝から来てるんだけどひとっつも売れないんだよ。助けてくれよ」
 そう泣きつかれて、つい買ってしまった。まあ、これもタンブン(喜捨)であるかと思って、さらに市場を歩いていくと、ばんばん英語で声がかかるのだ。

 

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宝石市場ではあちこちにこんな光景が。宝石の値踏みと交渉をするのだ

 

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タイの地方都市だが顔ぶれはバラエティ豊かだ

 

 

国境を越えて、宝石でつながる人々

 はるばるスウェーデンから来たというフェローズさんは、おもに「買う」ほうなんだとか。
「原石を買いにきたんだよ。チャンタブリーはアフリカ産のいいやつが出回るから。ザンビアとかナイジェリアとかマリとか」
 アフリカの宝石をタイで買いつけて、母国のスウェーデンで加工し、販売するのだという。これぞ国境を越えたビジネスなんであった。ヒマなのかフェローズさんは、
「宝石ってのは服やメシみたいに必ずしも人に必要なモノじゃない。だから値段が定まらないんだ。そこでどんな宝石にいくらの価値があるのか、売り手と買い手が知識や経験の中で決めていく。それが魅力さ」
 なんてウインクするので、さぞ名のあるバイヤーかとキャリアのほどを訪ねてみると、
「なに、まだ3年だが問題は密度よ」
 なんて、きまり悪そうに言う。新規参入者でもけっこう勝負できる業界なのかもしれない。
 かと思えば雲南から来たのだという中華美人が、
「あなたサファイア持ってない? あたしサファイア専門なの」
 なんて声をかけてきたり、モザンビーク人だというアニキがどこかの博物館にありそうな巨大な原石を手に微笑んできたりもする。
 この宝石市、ガイドブックには端っこのほうに、ほんの100文字程度の記述があるに過ぎない。それでも国を越えた面白さがあったのだ。こういう情報をいかにガイドブックから読み取るか。記載はわずかでもピンと来るものを感じられるかどうか。それもまた旅人としての「知識と経験」なんである。

 ……しかし宝石を見る目はさっぱりなかったようだ。帰国後に東京・御徒町の宝石商に購入したルビーを持ち込んでみたのだが、鼻で笑われる始末。値がつかないんであった。そもそもが安物ではあったが、まさに玉石混合の世界、目利きの自身のある方はチャンタブリーまでぜひどうぞ……。

 

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持ち込まれたルビーを鑑定するフェローズさん。「あまりいい品じゃないね」と即断

 

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モザンビークから大量の原石を持ち込んだアニキ。おすすめはキロ900バーツ(約3100円)の巨大アメジストだという


 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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