ブルー・ジャーニー

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#75

オーストリア 緑のスキー王国〈2〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

音楽を奏でるように

「それは撮らないで。ぼくの帽子は契約でレッドブルに決められているから」ガラス戸棚のなかのイタリアの国旗をあしらった帽子にカメラを向けると、モルギーが屈託のない笑顔を浮かべ、言った。「この間のサッカー・ワールドカップでどこが優勝するか賭けをやったんだ。ぼくはブラジル。友だちはイタリア。負けちゃったから、つぎのワールドカップまであそこにあのイタリアの帽子を飾っておかなければならないんだ」

 

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 何歳のときからジャンプを?

「実際に台を飛んだのは9歳ぐらいからです。週3、4回、父親に連れられてここの近くのフィラハのジャンプ台でトレーニングしていました」

 英才教育だったのですか?

「いえ、ふつうの環境でした。有名なコーチについたことはないし、家族が積極的にぼくにスポーツをさせようとしたわけでもありませんでした」

 ジャンプのほかにはどんなスポーツを?

「ちいさいころからいろいろなスポーツをやっていました。アルペンスキー、コンバインド、サッカー、陸上、トライアスロンに出たこともあります。なんでもいちばんになることしか考えていなかったし、達成するためにはなんでもしました。

 9歳のころから自分にジャンプの才能があることを感じていたのですか?

「そのころはスポーツのなかのひとつであって、とくにいちばんつよかったというわけではありませんでした。この競技の才能が自分にあることを感じたのは15歳のときです」

 ジャンプ競技に絞った理由は?

「オートリアでアルペンスキーの代表チームに入ることはむずかしいし、オーストリアがサッカーで世界のトップになるのはむずかしい。世界一になるにはジャンプがもっとも簡単だと思ったからです」

 自分に才能があることに気づくきっかけはあったのですか。

「とくにありません。全体的で感覚的なものです。トレーニングでもいいジャンプができるようになり、すぐワールドカップチームに招集されました」

 

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 以前、幸運にもオーストリアのスキージャンプの英雄、アンドレアス・ゴルトベルガーに話を聞く機会があった。(冬季オリンピック3位2回、ワールドカップ総合優勝2回、通算20勝。ジャンプ週間総合優勝2回。2005年引退)

 ――ジャンプ競技に求められる才能とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。

 ゴルトベルガー すごく表現することがむずかしいのですが、もっとも必要なことは、不たしかな未来をある程度予知して、感覚的に自分のものにしてからスタートすることだと思います。

 ――ジャンプ台を踏み切る時、ジャンパーはミクロの感覚でタイミングを求めると聞きます。

 ゴルトベルガー 本当に1センチの世界です。1センチ狂えば、失敗ジャンプになってしまいます。

 ──時速100キロ近いスピードで1センチを追求する。そのようなことが可能なのでしょうか。

 ゴルトベルガー 理論で追いつめようとしても無理でしょう。そうではなく、感覚的なもので1センチを合わせていくということです。

 ──もう少し具体的に教えていただけますか。

 ゴルトベルガー 努力や才能である程度のレベルまでは行くでしょうが、トップになるためには、ジャンプとはまったく似つかわしくないような言葉ですが“メロディ”が大切だと思います。一流の音楽家で“秒”にこだわる音楽家はいません。音楽を流れとしてとらえ、音符は流れのなかの通過点にすぎない。それと同じことです。踏みきりの瞬間というのはそれ自体が独立して存在するわけではなく、スタートから着地までの流れのなかにある。ぼくはそうとらえています。

 

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「まったく同感です」。ゴルトベルガーから聞いた話をすると、モルギーは即答した。「ぼくの場合は、日本のきれいな音楽が流れるなか、スタートし、踏みきる感覚です」

 ──音楽を奏でるように飛ぶ。

「ええ。コンディション、マテリアル、気象状況など、さまざまな要素が前提としてあるけれど、最後の最後にそれらを超越するためには音楽、リズムが必要だと思います」

 今後の目標は?

「オリンピックの金メダル、世界選手権の金メダル、ワールドカップの総合優勝、そしてジャンプ週間の総合優勝です」

 達成する自信は?

「これから10〜12年ぐらいは時間があると思うので、十分、達成できると思います」

 いちばんむずかしいと思うのは?

「ジャンプ週間の総合優勝です。ワールドカップは何戦もあるし、オリンピック、世界選手権は一発で勝つチャンスがある。それに対してジャンプ週間は4戦。性格のちがう4つのジャンプ台のすべてでいい成績をあげなければなりませんから」

 不安は?

「ありません。もし不安を感じたら、それまで以上にハードに練習すればいいことです」

 

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 競技の控え室は歯医者の待合室みたいに静かですね?

「みんなイメージを高めようとしているのでしょう。ぼくの場合はスタートの10分から15分ぐらい前に、心理学的な分析をしてくれる人に横にいてもらって話をして、それからスタートするようにしています。本番はもちろん前日の練習のときも」

 どのような話を?

「とくに変わったことではありません。頭をクリアにしてリラックスさせるためのメンタル・トレーニングです」

 チームの全員がそれを?

「オーストリアチームではぼくだけです」

 それで金メダルをとってしまったわけだから、来シーズンは、全員がやるのでは?

「どうかな。(笑)」

 

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 最後に、いくつか質問します。好きな言葉は?

 しばらく考えてから「勝利」  

 嫌いな言葉は?

 ふたたび長考。

 一昨日、話を聞いたキャスパー(国際スキー連盟会長)はドーピングだと言っていました。

 深くうなずき「アンフェア」

 生まれ変わったらなにになりたいですか?

 かなり考えてから「ノミ」

 人間の世界に限定すると?

 さらにさらに考えてから「思いやりがない人」

 

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 別れ際に聞く。

 現在の成功はチームの支えによるものなのか、自分の才能によるものなのか、どちらだと思っていますか?

「両方です。子どものころは才能だけで勝てるけれど、これだけレベルの高い世界では才能だけでは勝てません」

 もしあなたがオーストリアではなく、ほかのチームの選手だったとしたら?

「だいじょうぶ、勝てます」。モルゲンシュテルンはそう即答したあと、直前の答えとの矛盾に気づき、やっぱり屈託なく笑いながらつけ加えた。「ということは、自分の才能を信じているということになりますね」

 

 2014年9月、モルギーは怪我のために28歳という若さでジャンプ台から離れた。自身の予想よりも短い現役生活だったが、このインタビューで口にした4つの目標をすべて達成──冬季オリンピックの金メダル1、世界選手権の金メダル7、ジャンプ・ワールドカップの総合優勝2回(1度目はオーストリアにとってゴルトベルガー以来18年ぶりの総合優勝だった)、そしてジャンプ週間の総合優勝1度──しての引退だった。

 

 

(次回に続く)

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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編著・日本ラグビー狂会

     

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