旅とメイハネと音楽と

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#74

ポーランド調査取材の旅〈2〉

文と写真・サラーム海上

初体験のポーランド伝統料理レストラン

  8月28日午後4時、僕は日本語通訳の小見アンナさんに連れられ、ワルシャワの中心地の散策を開始した。
 初めて訪れたワルシャワ、建物の色や建築様式、歩いている人々の顔つきや流行しているファッションを見るだけでも新鮮だ。いや、食い意地がはった僕は、それ以上にレストランの立て看板に書かれているおすすめメニューを解読するのや、道端のアイスクリーム屋台で一番人気のフレイバーを知るのが楽しくてたまらない。そして、この散策の到着する先は、僕にとってこれまた初体験のポーランド伝統料理レストランなのである!

 

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クラクフ郊外通り沿いの屋台のアイスクリームが見るからに美味そう! 値段は4~5ズロチ=120~150円。大好きなラズベリー味がなかったので、イチゴ味で我慢した

 

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通りに並べられたレストランの黒板を見て歩くのが大好き!今日のおすすめはなんだろう?

 

 町を南北に走るクラクフ郊外通りから旧市街へと北に進む。道はアスファルトから石畳となり、徒歩の観光客が増え、いかにも歴史あるヨーロッパの古い町らしい雰囲気が漂ってきた。と言っても、王宮や教会を含む、ワルシャワ中心地のほとんど全ての歴史的建造物は第二次世界大戦のワルシャワ蜂起直後に、ナチスドイツによって完全に破壊されてしまった。現在見られる建造物は第二次世界大戦後、近世に描かれた細密画を元に忠実に再建されたそう。
 クラクフ郊外通り沿いにショパンの心臓が奉られている聖十字架教会、同じくショパンが一時期暮らしていたワルシャワ大学、大統領官邸などを通り過ぎると、パステルカラーの中世風の建物群に囲まれた王宮広場に到着した。ここから先は城壁に囲まれたワルシャワ旧市街だ。
 狭く曲がりくねった石畳の道を進むと、カフェやレストランが野外にテーブルと椅子を並べている旧市街中央広場に迷い込んだ。この広場にはワルシャワの町のシンボル、剣と盾を持って戦う人魚像がある。人魚が美しい女性の姿で描写されるようになったのは近世以降のことで、中世には外敵を威嚇するため、人魚は恐ろしい怪物の姿だったそうだ。

 

IMG_8723旧市街の南の入り口となっている王宮広場。左に見える壁は旧市街の城

 

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旧市街に入るといかにも中央ヨーロッパらしい煉瓦色の建物が並ぶが、実は戦後、1950年代に再建された

 

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旧市街のお土産屋通りに並ぶポーランド・バルト海の名産物、琥珀の専門店。琥珀は古代ローマでも重用されたため、バルト海からローマまで続く公道が造られた

 

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ワルシャワ旧市街のへそ、中央市場は観光客で賑やか

 

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中央広場に建つワルシャワのシンボル、剣と盾を持った人魚像


 広場を北に進むと旧市街の城門「バルバガン」が見えてきた。その外に北に広がるのがワルシャワ新市街。新市街とは言うが、16世紀に建てられた地域なので十分に古い歴史地区である。
 バルバガン前から両側にレストランやカフェ、お土産店が並ぶフレタ通りを進むと、予約していたポーランド料理レストラン『ボルタ(Boruta)』が見えてきた。

 

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ワルシャワ旧市街のユネスコ世界遺産記念碑。通常、復元されたものは世界遺産に選ばれないが、ワルシャワ旧市街は「破壊からの復元および維持への人々の営み」が評価された最初の世界遺産となった

 

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旧市街の北側の城門バルバガン

 

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レストランやカフェ、お土産店が並ぶ新市街フレタ通り

 

 ボルタとはポーランドの民間伝承に登場する悪魔の名前。お店のロゴは頭に2本の角を持つ悪魔が料理をサーブする姿が赤いシルエットで描かれている。赤い悪魔がサーブする料理なんていかにも蠱惑的!
 これまた赤い表紙の厚いメニューを開くと、最初のページはシェフからのおすすめ料理が並んでいた。ポーランド語の表記の下に英語の説明も併記されているが、僕はポーランド料理自体食べるのが初めてなので、何を頼むべきかわからない。そこで、アンナさんと相談して、ポーランドの伝統的な料理を中心にフュージョン料理まで、スープ、前菜、メイン、全部で6品を頼んでいただいた。

 

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レストラン『Boruta』に到着。店の名前になっている伝説の悪魔のロゴマークが見える

 

IMG_8775赤い悪魔のレストランは意外にも快適!

 

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シェフのおすすめメニュー。ポーランド語と英語、さらにペアリングしたいワインまで記されている

 

「ポーランド料理には沢山の種類のスープがあるんです。どの店も数種類スープを置いています。今は夏なので冷たいスープがあります。サラームさんの大好きなビーツを使った冷たいビーツのスープもおすすめメニューにありますよ!」とアンナさん。
 確かに、シェフのおすすめメニューの一番上は「暑い日のための冷たいスープ、卵添え」と英語で書かれている。上のポーランド語では「フウォドニク」と書かれているから、これがビーツを使った冷たいスープだ。ビーツ好きなのでこの名前だけは暗記してきたのだ。
 シェフのおすすめメニューの2つ目は「グジボヴァ、アンズタケのスープ」。アンズタケは黄色いラッパ型のキノコで、フランス料理ではジロール茸と呼ばれる。ポルチーニ茸と同様に強力な出汁が出る。
「ではアンナさん。この2つのスープを頼んで下さい!」
 この他、グランドメニューを見ると、「ロスウ、ヌードルを浮かべたチキンコンソメのスープ」、「バルシチ、ビーツのスープ、透明またはラヴィオリ入り」、「赤レンズ豆とココナッツミルクのスープ」、「ジュレック、発酵したライ麦粉のスープ、白ソーセージと森のキノコ入り」、「フラーキ、牛の胃袋のスープ、唐辛子味」と5種類のスープが書かれている。どれも美味そうだが、悔しいが一度に全部は食べられない!
 しばらくして運ばれてきた二種類のスープは見た目からして気分が盛り上がるような仕上がりだった。
 まず、猛烈に鮮やかなピンク色なのが「フウォドニク」。ビーツの実と葉を煮て、柔らかくしてからサワークリームで溶いたもので、表面には串切りのゆで卵とディルがたっぷりと振りかけられていて、ピンク、白、黄、緑色のコントラストが美しい! スプーンで口に入れるとビーツの泥臭さと甘さ、サワークリームの酸っぱさとクリーミーさ、さらにスープに沈んだ刻みきゅうりと玉ねぎがシャッキリとした食感を足している。これは暑い日に最高だ! 簡単そうだから、自宅に帰ったらすぐに再現しよう!

 

IMG_8785フウォドニク。ビーツとサワークリームの冷たいスープ。茹で卵とたっぷりのディルを浮かべて

 

「グジボヴァ、アンズタケのスープ」はクリーム色のスープの表面に黄色いバターと刻んだ青ネギの緑色が美しい。野生のアンズタケをバターで炒めて、強烈な出汁が出たところを少々サワークリームを足して仕上げている。東京のスーパーや八百屋で売られているキノコは工場栽培なので、これほど強い出汁は出ない。野生のキノコは奥日光や山梨、長野などの山間部でしか手に入らない。翌日以降に市場に行ったら、生のキノコだけでなく、日本に持ち帰れる乾燥キノコが売られていないか見てみよう。

 

IMG_8787こちらはグジボヴァ、アンズタケのスープ。バターで炒めた杏茸からダシがたっぷり出てて、夢に出てきそうな旨味!これは奥日光とか行って野生のキノコを手に入れないと作れないなあ……

 

 頼んだスープが二種類とも激ウマ過ぎて、あっという間に飲み干してしまった。
「そんなにスープが気に入ったなら、この旅はポーランドのスープをテーマにしたらいかがでしょう? 肉のスープもあるし、珍しいものではフルーツのスープもありますから」とアンナさん。
 僕の行きつけの国、トルコにはスープが何種類もあって、夜中に小腹が空いた時もお店でスープだけを頼める。ポーランドがそんなトルコと並ぶほどのスープ大国だったとは全く知らなかった。一週間の滞在中にスープをできる限り制覇してやるぞ!

 続いてはサラダを二種類頼んだ。まずは「ビーツのカルパッチョ、赤ワインと蜂蜜ソース」。
「ビーツはポーランド料理にたくさん使われます。今では日本でもビーツは手に入るようになったんですね。私が日本に留学していた1990年代には、ボルシチを作りたくてもビーツが手に入らず、仕方なくトマトを使ったことがあります」
 平皿にワイルドルッコラを敷き、スライサーでハムのように薄くスライスしたビーツを並べ、上にフェタチーズを散りばめている。味付けは赤ワインと蜂蜜のソース。泥臭い味が甘酸っぱいソース、しょっぱいフェタチーズ、苦いワイルドルッコラとすばらしいマッチングだ。ビーツは半分シャキシャキ、半分トロっとしていて、一体どうやって調理しているのだろう? 
 僕の本『MEYHANE TABLE More!』にもイスラエルやトルコで食べた、これと同じ料理を掲載している。ビーツはポーランドでは伝統的な食材だが、野菜の薄切りを「カルパッチョ」と呼ぶのは21世紀のベジタリアン/ヴィーガン料理の流れだから、この料理は伝統料理ではなく、フュージョン料理だろう。ワイルドルッコラやフェタチーズも地中海料理の食材だしね。ちなみにビーツをどうやって下処理しているのか、お店の女将に尋ねたところ、煮たり焼いたりもせず、赤ワインに漬けているだけとのこと。それだけで生っぽさが抜けてしんなりと柔らかくなるのだろうか? これも帰国後に検証せねば!

 

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ビーツのカルパッチョ、赤ワインと蜂蜜ソース。赤ワインに漬けたビーツの下処理が最高

 

 もう一つのサラダはさらにフュージョン系で「スイカとアボカド、焼きハルーミチーズのサラダ、ザクロソース」。シャキシャキで甘いスイカと、トロトロのアボカド、そして塩っぱくて、口の中でキュッキュッと鳴るハルーミチーズ、3つの異なった食感を強烈に酸っぱくて甘いザクロソースが締めている。
 トルコやレバノン、イスラエル料理に用いられてきたザクロ濃縮果汁は今では注目の食材として世界ブレイク中。やはり『MEYHANE TABLE More!』にもザクロ濃縮果汁を使ったレシピをいくつか掲載している。焼きハルーミチーズも同様に中東やギリシャの食材だ。

 

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スイカとアボカド、焼きハルーミチーズのサラダ、ザクロソース。ポーランド料理はポーションが大きいので、前菜とスープだけで既にお腹一杯になってしまった…

 

 サラダ2つが無国籍なフュージョン料理に寄ってしまったので、メインディッシュはポーランド伝統料理に戻ろう。
 1つ目は「牛タンの煮込み、ホースラディッシュソース、じゃがいもとビーツ添え」。下処理した牛タンを香味野菜とともに長時間煮込み、室温に冷ましてから、2cmほどの厚さにスライスしたもの。すりおろしたホースラディッシュは酢とマヨネーズ、マスタードなどとともにソースにして、牛タンの上にたっぷりのせている。ナイフとフォークで簡単に切れるほど柔らかく煮た牛タンに、ホースラディッシュのツンとくる刺激がすばらしい組み合わせだ。柔らかく煮たじゃがいも、同じく少量のバターとともに柔らかく煮て砂糖と塩で味付けたビーツのすりおろしを合わせてもバッチリ調和する。

 

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牛タンの煮込み、ホースラディッシュソース、じゃがいもとビーツ添え。西洋わさびことホースラディッシュはイギリスのローストビーフと合わせる以外にもこんな使い方が出来るのか!

 

 そしてもう一つのメインディッシュは、女将オススメの「クリスピーにローストした鴨の半身、クランベリーソースかけ、コピトカ=ひずめちゃんという名前のじゃがいものニョッキと炒めたビーツ添え」。これは歯ごたえがあって濃厚な味の鴨肉ローストに甘酸っぱいクランベリーのソースがパーフェクトだ! さらにお皿の手前に甘酸っぱい焼きリンゴまで添えられている。塩っぱい肉と甘いフルーツを組み合わせるのは、鴨もクランベリーもリンゴも古くから身近な食材だった、森と平野の国ポーランドではごくごく自然だったはず。

 

IMG_8798クリスピーにローストした鴨の半身、クランベリーソースかけ、じゃがいものニョッキと炒めたビーツ添え。塩っぱい肉と甘いフルーツの組み合わせが美味しすぎて!


 すでにお腹いっぱいになっていたが、このお店はメインディッシュの付け合わせ(スルフカ)も美味かった。すりおろしたビーツの炒めものはもちろん、じゃがいものニョッキも肉やフルーツの味を吸収してくれる。
 さらにこのお店ではメインのお皿の端に飾られた青いエディブルフラワーとフライパンでカリカリに焼いたパルミジャーノチーズの薄焼き、タイムの芽とブラックベリーが色のコントラストを強めていた。

 赤い悪魔のレストラン『ボルタ』のポーランド料理、美味いし、色合いも美しいし。悪魔の魔法のおかげか、僕は一発でポーランド料理を好きになってしまった。

 

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メイン料理には、いろいろな野菜の付け合せ(スルフカ)が添えられるが、気に入ったのがビーツのバター炒め。すりおろしたビーツをバターで炒めて、砂糖と塩で味付けし、水で溶いた小麦粉でとろみを付けてある。これもホースラディッシュと合わせると美味いんだ!

 

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メイン料理のお皿の端に添えられた青いエディブルフラワーとカリカリに焼いたパルミジャーノチーズの薄焼き、タイムの芽とブラックベリー。これだけで料理が一回りグレードアップして見えるね

 

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夕食後、新市街の地下ホールで観たユダヤ音楽クレズマーのバンドKlezmersi

 

ポーランドのきゅうりのピクルス

 今回と次回は今までで最も地味な料理を作る。こんな地味な料理が次々回以降に必要な食材となるからだ。ポーランド料理のためのホップ、ステップ、ジャンプとして、どうか付き合って欲しい。今回はきゅうりのピクルス。
 ポーランドのピクルスは砂糖や酢を用いずに、水と塩とハーブ、香味野菜だけで野菜を漬け込む。酢を使わなくとも、常温で数日置くうちに乳酸発酵が始まり、野菜の表面にじわじわと泡が立ち、誰でも必ず上手くいく。そのままポリポリ齧ってもいいが、サイコロ切りにしてサラダに混ぜても美味しい。冷蔵庫で数ヶ月は保存出来るので、保存瓶を手に入れて、きゅうりが安い季節に大量に作ろう。

 

■ポーランドのきゅうりのピクルス

【材料:作りやすい分量】
きゅうり:4~5本
水:1リットル
塩:大さじ2~3
黒粒胡椒:20粒
にんにく:5かけ
赤唐辛子:3本
ディル:1パック
ホースラディッシュ:1本(なければチューブ入りのホースラディッシュペースト:大さじ3)
桜の葉(なければ省略可)

【作り方】
1.漬物用のガラス瓶(容量2.5リットル程度)を煮沸消毒する。
2.日本のきゅうりは長いので食べやすい長さに3等分する。
3.鍋に水、塩、胡椒を入れ、沸騰させてから、平温に冷ます。
4.ガラス瓶の底ににんにくを入れ、きゅうり、ディル、ホースラディッシュを詰めてから、桜の葉を覆いかぶせ、3の塩水を瓶の口まで注ぎ、蓋をする。
5.常温で1~3日置き、きゅうりの表面に泡が立ってきたら、冷蔵庫で保存する。
*古漬けも美味しいが、泡が立ち始めたばかりの浅漬もさっぱりと美味しい。

 

IMG_0937夏以降、ピクルス作りにハマってますww。一番右がポーランド式のきゅうりのピクルス。中央はトルコ式のキャベツ、左はイスラエル式のビーツやカリフラワーのピクルス

 

(ポーランド編、次回に続きます!)

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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