ブルー・ジャーニー

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#74

オーストリア 緑のスキー王国〈1〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

謙虚さの中から

 ケーブルカーに乗りこみ、ベルクイーゼルの丘にそそり立つジャンプ台に上がる。

 1964年と1976年の2度にわたって冬季オリンピックが開催されたオーストリア・インスブルック。そのシンボルであるジャンプ台が改装されたのは2002年。恐竜のようなデザインは、イラク出身の女性建築家ザハ・ハディドによるもので、町のどこにいても目に飛びこんでくる。

 

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 最上階のモノトーンで統一されたカフェに入り、ハプスブルク家の皇帝、マクシミリアン1世やマリア・テレジアに愛された町並みを見下ろす。

 インスブルックは「イン川に流れる橋」の意。イン川はスイスアルプスに端を発し、チロル地方を東西に流れたのち、いったんドイツに入ってドナウ川と合流。ふたたびオーストリアに入り、ウィーンの森を抜けて黒海に注ぐ。雪解け水が山を駆け下りるときに、石灰岩質の岩を削り落とすため、流れはいつもウィーンの家々の銅の屋根のように緑青色に濁っている。

 

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 あまりに天気が良いので高速道路をやめて、山の中へとハンドルを切る。鬱蒼とした森を縫うワインディングロード。緑の匂い。強く若々しい日差し。乾いて澄みきった空気。7月のオーストリアはどうにも気持ちがいい。

 8つの国と国境を接し、9つの州に分かれるオーストリア。人々の気質は州によって異なり、めざすケルンテン州の人々は、のんびり、ゆったりしていることで知られる。

 

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 ミルシュテッカーゼーという名の湖のほとりのちいさな町、ゼーボーデン。早熟の天才は、屈託のない笑顔を浮かべ、姿を現した。

 トーマス・モルゲンシュテルン。通称、モルギー。1986年10月30日生まれ。モルゲンシュテルンは「明日の星」の意。

 2002/2003シーズン、16歳でジャンプ・ワールドカップにデビュー。5戦目に初勝利をあげ、総合3位に入賞。2006年、初めての冬季オリンピック・トリノ大会のラージヒルで表彰台の最上段に立ち、ラージヒル団体でふたつ目の金メダルを獲得。

 素朴でおよそ飾るところのなかったケルンテン州の若者は、19歳で金メダリストになった自分をどう受けとめているのだろうか。それが知りたくて訪れた夏のスキー王国だった。

 

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 裸足で運転するモルギーのあとを追って、最近、購入したばかりだという自宅に向かう。青々と広がる芝生、その向こうにきらめく湖面。

 どうしてこの場所に?

「理由はふたつあります。ひとつは今まで山の上に住んでいたこと。もうひとつはちょっと親から離れて生活してみたかったこと(笑)」

 部屋の一角に巨大なモニターとオーディオのセット。そしてその反対側の壁一面に五輪のマークとジャンプの絵。

「自分で描きました。ここに引っ越してきて、さいしょにやったことです」

 

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 初めてのオリンピック、勝てると思っていましたか?

「はい。ノーマルヒルのときからすごくいい感覚で飛ぶことができていて、ラージヒルに入ってそれが自信に変わり、飛ぶ直前、ぜったいに勝てるという確信になりました」

 確信はどこから?

「大きかったのはジャンプ台が自分に合っていたことです。2005年のプレオリンピックで3位に入ることができて、そのあと、夏に飛んだときもいい感覚を持つことができたので、この台はぼくの台だ、勝つ自信がある、オリンピックが始まる前からそう公言していました」

 ジャンプ台との相性はどこで決まるのでしょうか?

「それが分かれば、もう少し楽に勝てると思うのですが」。小さく笑い、モルギーはつづけた。「フィーリング、ハーモニー、すべて感覚です」

 

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「金メダリストになったあと、どのように過ごしていましたか?」

「まずは勉強です。いま、ぼくはこの近くのシュピタールにあるスポーツ専門高校の学生で、卒業試験が9月にあるんです。あと、1カ月ほど前に足首を怪我してしまったので、その治療にもかなり時間を使いました」

 原因は?

「サッカーをしていて、足首をひねってしまって。さいしょは捻挫だと言われたのですが、つぎの日すごく腫れてしまったので、きちんと調べたら腱が2本切れていました。まあ、そのおかげですこし休暇がとれたので、のんびりできましたけど」

 金メダリストになって、周囲は変わりましたか?

「すっかり変わりました。突然有名になってしまったという感じで、シーズンが終わったいまも、それはつづいています」

 生活も変わりましたか?

「いえ、サッカーで怪我してしまったことを除けば、内容もテンポもオリンピックの前とまったくおなじ、勉強とトレーニングを中心に生活はまわっています」

 

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 金メダルを取った自分は、いま、どこに。

「オリンピックはすばらしいできごとでしたが、もう過去のことです。これからさき、ひとつひとつの試合に目標を持って戦うこと、良い成績を残すことに意識は切り替わっています。オリンピックのあと、スロベニアでのフライング・ジャンプでぜんぜんいいジャンプができなかったときは、本当に泣きそうになりました」

 モチベーションに問題はない。

「ええ。学校の勉強をしていながらでもオリンピックで勝てたわけですから、勉強をすべて終了してジャンプに専念できるようになれば、いまよりも、もっといい成績が出るだろうと思っています」

 ジャンプ競技に引かれる理由はなんですか?

「空中に出ると体が解放されてすごく自由になれる、あの感覚がすごく好きです。バンジージャンプも大好きですし、9月の卒業試験が終わったらパイロットの資格を取るための勉強を始めようと思っています」

 玄関のチャイムが鳴る。いっしょに住んでいるガールフレンドが買い物からもどってきたようだ。

「ちょっと、すみません」

 立ち上がったモルギーの後ろ姿を目で追いながら、謙虚さの中からにじみ出てくる、初々しい自信に触れることができた幸運に感謝する。

 

(次回に続く)

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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