東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#74

インドネシア・ボゴールからスカブミへ〈1〉

文・写真  下川裕治

ジャカルタ近郊の未乗車路線

 インドネシアの鉄道はほぼ乗りつぶしていた。『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』をまとめる時期に整備されていったジャカルタの空港路線も乗り終えた。その様子は前号でお伝えした。

 しかし1路線が手つかずのままで残っていた。ジャカルタ近郊のボゴールからのびる路線だった

 この路線が残ってしまったのは、急速に人口が増えるジャカルタという街の事情が絡んでいた。休日になると、あっという間に満席になってしまうのだ。席を埋めるのはジャカルタ市民。多くは家族連れだった。

 急速に発展するジャカルタには、休日に、家族連れで楽しむスポットが不足しているのだろう。インドネシアは日本のような、少子高齢化社会とは違う。小さな子供がいる家庭が多い。休日には家族そろってレジャーに出かける。そのひとつが、ボゴールからスカブミ、さらにその先にあるチアンジュールまでの沿線だった。インドネシアの鉄道は運賃が安い。まだ若い親にしてみたら、格好の小旅行エリアだった。

 その煽りを受けたのが僕だった。ジャワ島の地方路線を乗りつぶしていく。帰国は飛行機になるから、最後にはジャカルタに戻ってくる。この路線はジャカルタ郊外のボゴールは起点。1日で乗りつぶすことができる。乗りつぶし旅の最後の日程に組み入れやすかった。

 はじめてこの路線に乗ろうとしたときがそうだった。曜日を気にせずに駅に出向くと、「満席」と伝えられた。

「休日はすぐに満席になります。平日なら大丈夫なんですが」

 駅員はそう説明してくれた。

 再度、この路線に乗ろうとすることになる。日曜は避け、休日も外した日程をつくり、駅に出向いた。ところがこんな言葉が返ってきてしまった。

「満席です。明日はジャカルタの小学校が休みですから」

 そこまで調べないといけなかったのか……。駅で再び天を仰いだ。

 つまりこれまで2回、この路線にはふられていた。そうこうしているうちに、本の締め切りが迫ってしまった。この路線が未乗車区間として残ってしまったのだ。

 本は発刊されたが、やはり乗っていない路線があることは気持ちが悪い。満を持してボゴールに向かった。もちろん平日。ジャカルタの小学校の休日もチェックした。

 この列車は、電化されたジャカルタ首都圏電車網の終着駅であるボゴール駅から少し離れたボゴール・パレダン駅から発車する。ディーゼル機関車が牽引するため、同じ駅ではうまくいかないのだろう。ボゴール駅からボゴール・パレダン駅に向かう。歩いて5分もかからない。その道もしっかり覚えてしまった。

「明日は切符、買えますよね」

 前日の夜、駅にいた保線係のおじさんに確認した。僕の意図をなんとかわかってくれた。

「オーケー、オーケー」

 やっと乗ることができそうだった。

 翌朝の6時半、ボゴール・パレダン駅にいた。すでに乗客が半屋外の待合スペースに座っていた。しかし発券窓口には誰もいなかった。

 10分ほど待っただろうか。女性職員が姿を見せた。

 この路線はふたつ区間で構成されていた。ボゴール・パレダンからスカブミ、スカブミからチアンジュール。ボゴール・パレダン駅からは1日3本の列車が運行していた。しかし先の、スカブミ─チアンジュール間にも乗り、その日のうちにボゴールに戻るには、朝の7時50分発の列車に乗るしかなかった。

「チアンジュールまで1枚」

 そういうと、ここではスカブミまでの切符しか売れない……といわれた。そんなことはどうでもよかった。とにかく乗ることができれば。スカブミまでの切符を手にしたときは、妙な感動があった。

 これでやっと乗ることができる……。

 運賃は3万5000ルピア、約329円だった。

 

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ボゴール・パレダン駅の待合室。駅舎は建物ではなく、屋根があるだけだった

 

 7時20分頃、スカブミを早朝に発った列車がボゴール・パレダン駅に入線した。ところが、乗客が降ろすとドアが閉まり、先に進んでいってしまった。

 後でわかったのだが、ディーゼル機関車のつけ替えは、電化されているボゴール駅の車両基地で行われていた。ふたつの駅の間には、交通量の多い道があった。その車を停め、列車は道路を横切ってボゴール駅に向かう構造だった。

 7時45分、列車が戻ってきた。ようやく未乗車区間に乗ることができる。

 

ボゴール・パレダン駅に入線する列車のシーンを。ボゴール駅方向から進んでくる

 

DSCN1267

車内はこの程度の混み具合。エアコン、しっかり効いていました

 

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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