旅とメイハネと音楽と

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#73

ポーランド調査取材の旅〈1〉

文と写真・サラーム海上

 この夏は出張がいくつも続き、お盆の時期になんと夏風邪ならぬ、夏インフルエンザをひいてしまった。そのため、8月第三週のTABILISTA原稿は断念、その後も9月第一週はポーランド出張中だったため原稿を書けず、今回一月半ぶりの再開となるサラームです。

 マレーシア・KL編は途中のままですが、今回からしばらくは記憶がフレッシュなポーランド編へ突入するので、何卒よろしくおねがいします!

 

ワルシャワで開催されるユダヤ文化フェスティバル取材へ

「ワルシャワで8月25日から行われるユダヤ文化のフェスティバル『ワルシャワ・ジンガー・フェスティバル(Warszawa Singer's Festival)』に行きませんか? そして、現代のポーランドにおけるユダヤ音楽への関心の高まりを日本に紹介していだたけませんか?」
 6月上旬、ポーランド広報文化センターのSさんから、僕のところにこんなメールが届いた。ワルシャワで行われるユダヤ文化フェスティバルだって? 僕が興味ないわけがないだろう! 
 ご存知のとおり、僕の専門分野は中東音楽と南アジア音楽、そして中東料理である。ポーランドの音楽についてはショパン、マズルカと呼ばれる民謡、そして一部のジャズを除いてほとんど知らない。
 しかし、ポーランドやその周辺国が起源とされるユダヤ人の音楽「クレズマー」には古くから関心を持っていた。クレズマーは、日本では唱歌「ドナドナ」や「屋根の上のヴァイオリン弾き」の音楽が知られ、今ではユダヤ人だけでなく、アメリカ人や日本人のクレズマー演奏家まで存在する。
 また、僕の友人のイスラエル人には、ポーランドから逃れてきた祖父や祖母を持つアシュケナジ系(東欧やドイツ系のユダヤ人)も少なくない。毎年6月にポーランドの古都クラクフで開催されている別のユダヤ文化フェスティバル、「Jewish Culture Festival」にはそうした現代のイスラエルの友人音楽家たちが多数出演していたため、以前から訪れたいと思っていた。
 それにしても「ワルシャワ・ジンガー・フェスティバル」の名前は初めて聞いた。現在のポーランドではユダヤ文化に特化したフェスティバルがいくつも開かれているのだろうか?
 一方、料理についても、僕はポーランド料理を一度も食べたことがなかった。調べると、東京にはポーランド料理専門のレストランはないようだ(チェコやベラルーシなど、周辺国料理のレストランは数軒ある)。
 ポーランド料理について僕が知っていたことは、日本ではニューヨーク発と思われがちなドーナツ状のパン「ベーグル」のルーツが、実はポーランドの古都クラクフにあるということくらいだった。そう言えば、やはりイスラエルでアシュケナジのユダヤ料理なら食べる機会があった。しかし、味のしない鯉の煮こごりや煮込みすぎのロールキャベツなど、とても美味しいと言えるものではなかった(本連載#47参照)。あの料理とポーランド料理にはどんな違いがあるのだろうか?

 

tabilistapoland1日本でもおなじみのベーグルはポーランドの古都クラクフが起源?

 

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クラクフの半野外市場スタリ・クレパシュ

 

 ポーランドにおけるユダヤ人の歴史は約1000年前まで遡ることが出来る。ユダヤ人はキリスト教徒には禁じられていた金融業を営んでいたため、王侯貴族に重用され、ポーランド各地の市街地にユダヤ人居住区が創られた。中世、近世を通じてユダヤ人人口は増え続け、20世紀初頭には約300万人のユダヤ人が暮らし、ポーランドはヨーロッパにおける最大のユダヤ人居住国となっていた。しかし、ナチスドイツによるホロコーストによってユダヤ文化は壊滅してしまった。ホロコーストを生き延びたユダヤ人もその後の共産主義体制で迫害を受け続けた。
 その共産主義体制が終了し、民主化が始まってちょうど30年が経つ2019年の今、ポーランドにおけるユダヤの文化はどのように復興しているのだろうか?

 メールをいただいた翌々日、恵比寿にある駐日ポーランド大使館にSさんを訪ね、話を伺った。件のワルシャワ・ジンガー・フェスティバルがワルシャワのシナゴーグがあるグジボフスキ(きのこ)広場でクレズマー音楽の公演を中心にして、2004年にスタートしたことを知った。そして、年々規模を広げ、現在では音楽だけでなく、食、演劇、講演までが、市内各地の会場で行われているという。民主化から30年が経つポーランドでは、かつて1000年も間、共存していながらも、ホロコーストで突如断ち切られたユダヤ文化への関心が着実に広がっているそうだ。

 一方、ポーランド料理については、Sさんから日本語で読める資料として、料理家で東洋学者のマグダレナ・トマシェフスカ=ボラウェクの著作「ポーランド料理道」をいただいた。この本はポーランド料理の歴史から始まり、特徴的な食材であるカーシャ(雑穀)、肉や乳製品、キノコや果物、香草、アルコールなどについて、さらに代表的な料理レシピまで、美しくスタイリングされた料理写真とともに詳細に記している。下記リンク先にて日本語版がオンライン公開されているので、興味をお持ちの方はぜひご覧いただきたい。https://issuu.com/msz.gov.pl/docs/pkp_jp   
 この本をざっと目を通すと、リンゴや豚の加工肉など中東では目にしない食材も多いが、ビーツや蜂蜜、チーズなど、トルコやイスラエルと共通する食材も多いことがわかる。
 これまで僕は、ポーランドに対して、気候の厳しい北国、または共産主義による農業生産性の低さにより、緑黄色野菜などは少なく、脂っぽい肉料理ばかり食べているという国という勝手な先入観を持っていた。しかし、この本からは、ポーランドが森林と河川、湖、高原、そして海にも面した自然が豊かな国であることが伝わってきた。そして、まさに8月下旬は一年のうち最も自然の恵みが豊かで、食材が豊富な季節のはずだ!

 

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料理家で東洋学者のマグダレナ・トマシェフスカ=ボラウェクによる『ポーランド料理道』。日本語で読めるポーランド料理の資料

 

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『ポーランド料理道』から、様々な加工肉のページ。豚肉料理はさすがに中東には存在しない。
 

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ポーランドは森の恵みの豊かな国! ラズベリー500gで8ズロチ=240円!

 

 こうして僕は8月28日、現地7泊のポーランド調査取材の旅に出た。
 成田空港午前10時15分発のLOTポーランド航空LO80便で一路ワルシャワへ、11時間の空の旅だ。ポーランド広報文化センターが組んでくれた時間刻みのスケジュール表によると、ワルシャワの空港で日本語通訳の方と落ち合ったら、すぐに調査取材が始まる。時差ボケなんかになってられない! 昼食をいただいた後、シートを倒して、アイマスクと耳栓で視覚と聴覚を遮断して強引に昼寝する。しばらく眠ったした後、目を覚ますと、目的地までの飛行時間が残り5時間と表示されていた。OK、5時間弱は眠れたようだ。

 

tabilistapoland1LOTポーランド航空は公式サイト上で事前入札によるアップグレードを行っており、今回の往路は格安料金でビジネスクラスにアップグレード出来た!(毎回必ず出来るわけではないですよ!)

 

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LOTポーランド航空ビジネスクラスのウェルカムドリンクはフランスのシャンパン!

 

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そしてチーズのワゴンサービスが充実してる

 

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昼寝から目を覚ますと、ユーラシア大陸上空1万m。ボーイング787は窓が大きい!


 14時にワルシャワ・ショパン国際空港に到着。国際空港とは言うが、大阪の伊丹空港ほどの大きさの小さな空港だ。荷物を受け取り、15時に出口を出ると、今回の滞在中ずっとアテンドしてくれる日本語通訳の小見アンナさんが待ち構えていてくれた。これまで様々な国のフェスティバルやイベントを訪れたが、僕一人のために日本語通訳の方が毎日朝から晩までアテンドしてくれるのは今回が初めてだ。
 アンナさんはワルシャワ大学の日本語学科卒業後、北海道大学に留学されていたインテリで、その上、なんとヘブライ語まで話されるユダヤ文化通。
「ユダヤの文化についての日本語通訳なんて、本当に楽しい仕事ですね。7日間よろしく御願いします」
 空港からタクシーに乗り、15分ほどで町の中心にあるHotel Warszawaに到着。古くからあるホテルだが、昨年全面改装されたばかりで、重厚な木材と石、金属とガラスを組み合わせた内装がモノトーンでモダンだ。部屋で荷物をほどき、シャワーを浴び、服を着替えてから、再びアンナさんと合流した。

 

tabilistapoland1よく寝た~! 11時間でワルシャワ・ショパン国際空港に到着!

 

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日本語通訳の小見アンナさんと合流!

 

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6泊もすることになったHotel Warszawaの部屋。シンプルで重厚だが、モダンな内装

 

「次の予定は夕方6時前に新市街にあるレストラン『Boruta』でポーランド伝統料理を召し上がってもらいます。それまでまだ時間があるので、旧市街と新市街まで歩いて行きましょうか。今はワルシャワの最高の季節ですから。日が暮れるのも夜の9時だし、暖かいし」とアンナさん。確かに天気は快晴で、気温は30℃はあるが、東京より湿度が低いので過ごしやすい。
 ホテルを出ると、目の前の広場はワルシャワ蜂起を記念するモニュメント。その奥の建物は国立銀行、そして、町を東西に横切る聖十字架通りを挟んだ左側には政府の建物。このホテルは本当に町の中心だ。
 まず聖十字架通りを東に歩くと、通りの両脇にはレストランやバー、カフェが並ぶ。イタリア料理、ベルギーワッフル、アイリッシュバー、スターバックスなどが目立つのは世界のどの国の大都市に行っても変わらないが、その合間に「ミルクバー」と呼ばれる、ポーランド伝統料理をセルフサービスで供する安食堂が並んでいる。
 ポーランド料理は民主化と1990年代の市場開放以降、しばらくの間ダサイものと思われていた。しかし、21世紀に入る頃から伝統的な料理を改めて見直す動きが起こり、今ではミルクバーは手軽に安く食事が出来る場所として、庶民の間で人気が高いそうだ。ちなみにこうした薀蓄は全てアンナさんから伺った。おかげで僕は着いて早々にポーランドの事情通になれそうだ。

 

tabilistapoland1ホテルの目の前のワルシャワ蜂起記念碑

 

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聖十字架教会は信者優先、私語は慎みましょう

 

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この柱の中にアルコール漬けのショパンの心臓が安置されている。

 

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大通りに沿ってレストランやカフェのテラス席が広がり、地元客と観光客が入り交じる

 

ポーランドの夏の味、ビーツとヨーグルトの冷製スープ

 今回は久々にレシピを用意しよう。ワルシャワに到着した晩にいただいて大好きになり、滞在中さらに二回いただいたポーランドの夏の味、ビーツとヨーグルトの冷製スープ、「フオドニク」だ。味を覚えて帰ったので、帰国してすぐに再現した。
 ポーランドではフオドニク専用の小さなビーツが新鮮な茎や葉が付いたまま市場で売られていたが、ビーツ後進国の日本ではそんな贅沢は言ってられない。だが、もしビーツの茎や葉が手に入ったら、それらをたっぷり用いると更に本格的になるはずだ。
 また、ポーランドのスーパーマーケットでは、ビーツを煮てミキサーにかけた即席「フオドニクの元」がプラスティック製ボトルに詰められて売られていた。こちらはヨーグルトとサワークリームと冷水で薄めるだけで、簡単にフオドニクが出来上がるそうだ。


■フオドニク
【材料:作りやすい分量(約4人分)】

ビーツ:300g(あれば茎と葉も用意する)
きゅうり:1本
玉ねぎ:1/2個
野菜ブイヨン:1個
プレーンヨーグルト:400g
生クリーム:100g
氷水:400cc
塩:小さじ1/2
おろしにんにく:1/2~1かけ分
穀物酢:大さじ1

ゆで卵:4個
茹でて皮をむいたメークイーン:4個
ディル:1パック
青ネギ:4本
【作り方】
1.ビーツは皮をむき、1cm角に切る。(あれば茎と葉も1cmの角切りにする)。きゅうりは皮を縞にむき、5mmの角切り、玉ねぎも5mmの角切りにする。ディルと青ネギもみじん切りにしておく。ゆで卵とメークイーンは4つの串切りに。
2.鍋に1のビーツ(あれば茎と葉も)と野菜ブイヨンを入れ、ひたひたに水(分量外)を足し、火にかける。沸騰したら中火にして、ビーツに火が通り、水分が飛ぶまで20分ほど煮る。室温に冷ましてから、冷蔵庫で冷やす。
3.ボウルにプレーンヨーグルトと2のビーツ、きゅうり、玉ねぎを入れ、生クリーム、氷水を加え、好みの色と濃度に薄め、塩、穀物酢、おろしにんにくで調味する。
4.スープ皿に3を盛り付け、ゆで卵、メークイーン、青ネギ、ディルで飾る。

 

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日本に帰って再現したフオドニク。我ながら美味いが、ディルや青ネギなどの香草はもっと大量に散らそう!

 

(ポーランド編、次回に続きます!)

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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