ブルー・ジャーニー

ブルー・ジャーニー

#72

アテネ それまでのどの旅よりも贅沢な〈2〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

『なにもそこまでやらなくてもいいのに』

 750CCのモーターバイクが乾いたエンジン音を響かせながら走り寄ってくる。タンデムシートに座っているノーヘルメットの女性は、ここアテネ市の市長。手に持っているビデオカメラはプライベートなもので、聖火リレーをはじめ、オリンピックのさまざまな光景を撮っているのだという。

 2004年8月13日、アテネ市ビロナス地区。柔道日本代表チームが練習場として借り上げている体育館。

 前回のシドニー大会につづくオリンピック金メダルを期待されている井上康生が姿を現す。まっすぐに伸びた背筋、重いのに軽やかな足どり。アラスカのムースのようだ。

 柔道史上初の3連覇をめざす野村忠宏の表情は、井上とは対照的で、不機嫌そうに見える。左足と右腰の動きがぎこちなく、右足の裏の内側を地面につけないようにして歩いている。

 山下泰裕(国際柔道連盟教育コーチング理事)が谷亮子に話しかける。

「どう、足の調子は?」

 谷亮子が畳と畳の隙間に左足親指をはさんで転倒、かかとの外側、左腓骨筋の靱帯を部分断裂したのは、約1カ月前、全日本チームの合宿の初日だった。

「だいぶいいです。だいじょうぶです」

 オリンピック柔道女子48キロ級を見るためだけのアテネ3泊5日。それまでのどの旅よりも贅沢な旅の2日目。試合まであと約24時間。

 

0201

 

「調子がいいときは、体が動きすぎたり、いつもは出ない技がぱっと出たりして、それで怪我をしてしまうことがあるんです。逆に調子が悪いときは力を出し切れないから怪我をしにくい。そういう意味で、怪我は調子を計るバロメーターなんですが、あのときは完全なアクシデントでした。畳がずれることが気になってはいたんですけれど」谷亮子がつづける。「ただ、怪我をすると、マイナスをカバーしようとして、相手の仕掛けを予知するセンサーが敏感になるので、悪いことばかりでもないんです」

 ――それにしてもオリンピックを1カ月後に控え、全治2カ月の怪我。

「お医者さんから2週間は絶対に安静と言われましたけど、父親が毎日、状態に合わせてテーピングの方法を変えて、痛みや腫れを取ってくれたので、どんどんよくなっています。このテーピング、ガチガチに固めているんじゃないんですよ」

 ――プロテクトではなく、動かしながら治療していく。

「そうなんです。固めてしまうと治りにくいし、ひざや腰に負担がきてしまいますから」

 ――2001年の世界選手権大会目前のアクシデントもひどかったですね。大会2週間前、乱取りの最中に、倒れこんできた重量級の選手の下敷きになって、右ひざの靱帯を損傷。診断の結果は全治3カ月。

「今回よりも重傷でしたし、時間がなかった。父親がいなかったら5連覇はなかったですね」

 話を聞きながら、福岡の自宅のリビングを思い出す。中央に谷亮子を施術するためのマッサージテーブル。その横の机の上に、さまざまな色の付箋がていねいに貼り付けられたぶ厚い医学書、英和辞典、三国志人物事典、シルベスター・スタローン主演の『ロッキー』のビデオ。

 

0202

 

 畳が敷かれた体育館の片隅に、谷亮子の父親、田村勝美さんと並んで腰を下ろす。

「それ、ちょっと貸してくれんとね」

 ――このノートですか?

「うん。ペンもね」

 勝美さんが、ぼくのB6版の取材ノートにペンを走らす。

〈獅子、欺かざるの力〉

「あとでこれを亮子に伝えようと思ってね」。勝美さんはつづけた。「金メダルを『取りたい』ではなく『取る』練習を積み重ねてきた。昨日やった、今日もする、明日もやる。その明日が試合というだけのこと。唯一の不安材料は不安がないことで、亮子も同じことを考えているんじゃないかと思ってね」

 ――左腓骨筋を痛めたときはどうだったんですか? 気持ちが揺らぐことはなかったんですか?

「まだ1カ月あると思っとったよ。1カ月あれば70パーセントまで回復させられる、70パーセントあれば(金メダルを)取れると。ここまで予定どおりやね」。勝美さんは笑いながらつけ加えた。「あんた、亮子にこれ見せたらあかんよ。価値がのうなるからね」

 

0203

 

 4人のトレーニング・パートナーを相手に、いつものように「ピークに向けて一直線に」練習のリズムを上げていった谷亮子は、若い男性のトレーニング・パートナーを相手に背負い投げを連続。10本目に、この日はじめて「やーっ」という声を上げると、ぴたりと動きを止めた。少し前、大学の研究室が行った計測によると、谷亮子が背負い投げに要する時間は、相手に触れてから仕留めるまで、非日常的な0.3秒。

「最後の10本連続の投げこみはよかった。小太郎が前がかりになる前に投げていたからね。あれで納得したから、パッと練習をやめたんやろうね」。勝美さんがつづける。「投げる瞬間、かかとが浮いていたのが最高やったね。5本の指でしっかり畳をつかんどった。親指や小指に力が片寄ると、また腓骨筋を痛めてしまうかもしれんからね」

 畳に腰を下ろした谷亮子が、腹筋運動を始める。1分間に80回。

 ――あれは予定の行動ですか?

 勝美さんがおだやかな口調で答える。

「やったほうがいいと思ったときは、やった方がいいんよ」

 

0204

 

「こっちに来てから電話を1回かけたきりです。モードに入っていますので、話したくないでしょうから。食事もひとりでしていますし」。谷亮子の母親、和代さんはそう言うと、小さくうなずき、繰り返した。「モードに入っていますから」

 いつも道場の片隅で谷亮子の練習を見守っている和代さんは、かつてこんなことを言っていた。「わたしにはあの人(勝美さん)が考えていることは理解できませんが、亮子には理解できているようで、感心しています。でも、わたしが望むのは、柔道の成功よりも、女性としての幸福。(練習を見ていると)『なにもそこまでやらなくてもいいのに』といつも思います」

 体育館を出て、選手村に帰ろうとする谷亮子に、勝美さんが白いA4サイズの紙を1枚渡す。

 紙の上には大きく、

〈獅子、欺かざるの力〉

 その下に、

〈獅子はウサギをも全力で倒す。一般的にはこう解釈されているが、相手に対してだけではなく、自分に対しても全力をつくすのがほんとうの獅子なのだとぼくは思う〉

 

(アテネ編・つづく)

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

blue-journey00_writer01

時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

ノンフィクション単行本 好評発売中!

blue-journey00_book01

日本ラグビー 凱歌の先へ
編著・日本ラグビー狂会

     

ブルー・ジャーニー
バックナンバー

その他の辺境・秘境の旅

ページトップアンカー