東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#71

ベトナム・サイゴンからファンティエットへ〈2〉

文・写真  下川裕治

ムオンマン~ファンティエット間

 ベトナムの鉄道で最後に残っていた未乗車区間。それは南北鉄道のムアオンマンからファンティエットまでだった。その区間に乗るために、サイゴン駅から3時間近く列車に乗らなくてはならなかった。

 ベトナムの列車を制覇しようとしたとき、ハノイを中心にした北部に目が向いてしまっていた。ホーチミンシティを中心にした南部には、ハノイを結ぶ南北鉄道しかないと思っていた。もっと注意深く調べるべきだったのだが、思い込みというものは怖いもので、「北部を乗りつぶせばそれで終わり」という意識に傾いていってしまった。

 そんな僕の足をしっかりと引っ張ってくれたのは、ひとりの読者だった。『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』も読んでくれていて、次はベトナムと聞き、そっと連絡してきてくれたのだ。この連載にも目を通し、ベトナムの列車は乗りつぶした……と肩の荷をおろしている僕にこんなメールをくれた。

──先日、サイゴン駅からファンティエットまで列車に乗りました……。

 まだ未乗車区間があるといった内容ではなかった。ごく控えめに、自分の列車旅を伝えているだけだった。

 サパの登山鉄道が開通したことを、意気揚々と伝えてくれた読者とは違う。しかしこれは応えた。まだ未乗車区間があるのではないかという不安が頭をもたげてくる。ベトナム南部の路線を丹念に調べた。

 残っていたのは、ムアオンマンとファンティエットの間だけだった。

 9時にセットした目覚ましで起きた。列車はドラゴンフルーツの畑のなかを進んでいた。最初、その植物がなんなのかわからなかった。パイナップルのようにも見えるが、葉はサボテンに似ている。気になって眺めていると、肉厚の葉の途中に、なんの脈絡もないかのように実がついていた。その形ですぐにわかった。ドラゴンフルーツだった。

 すでに列車は2時間半以上進んでいたが、まだ南北鉄道路線だった。すでに乗っている路線だから、ドラゴンフルーツに見入る余裕がある。グーグルマップで現在地を確認する。分岐駅のムオンマンはだいぶ先だった。

 うとうととしてしまった。気がつくと10時近い。急いでカメラを出した。

 ムオンマンに着いたのは10時17分だった。ベトナムならどこにもありそうな駅だった。そこから線路が分岐する。右にぐっと曲がるような感じで南北鉄道から離れていった。

 それから15分……。

 列車はファンティエットについてしまった。なんだか拍子抜けしたような面もちで列車を降りた。この15分のために、ハノイから深夜の飛行機に乗り、サイゴン駅の硬いベンチに体を横たえていたかと思うと、何度もいうようだが、ひどく落ち込んでしまう。鉄道の完全制覇という旅の結末の部分は、なんとも収まりがつかないものが残ってしまう。

 

DSCN1165ファンティエットまでこの機関車が牽引。そこそこのパワーがあります

 

 こういうときは食事をするしかない。

 ファンティエット駅前には、20台ほどのタクシーが停まっていた。どれもムイネーまでの送迎用である。盛んに声をかけてくるが、彼らになんと答えていいのかがわからない。

 駅舎の左手に、雑貨屋を兼ねたような食堂が1軒だけあった。そこに入ると、中年の女性がメニューを渡してくれた。彼女の服装はベトナム国鉄の制服だった。

 鶏肉ごはんを注文し、低い椅子に腰をおろす。駅前のタクシーには次々に客が乗り込み、やがてすべてのタクシーが姿を消してしまった。列車は1日1便しかないから、1日1回だけの賑わいである。

 

ムイネーに向かうタクシーも消えた。ホーチミンシティに戻る客がちらほら。静かなファンティエット駅を

 

DSCN1178

ファンティエット駅前の職員経営食堂で鶏肉ごはん。2万8000ドン、約132円

 

 しんとしてしまった駅前広場を眺めていると、駅舎から駅員が次々にやってきた。二言三言で注文が決まる。おそらく毎日、この食堂で昼食をとっているのだろう。この店以外、1軒の食堂も周囲にはない。やがてテーブルは職員で埋まり、まるで国鉄職員の食堂のようになってしまった。

 駅周辺に1軒の食堂もないため、職員の女性が食堂を開いたということだろう。彼女は昼食時間が終わると仕事に戻っていく。露骨なアルバイトだが、この店のおかげで、職員はずいぶん助かる。なんだかベトナムらしい話だった。

 客のなかには乗ってきた列車の車掌もいた。彼はわかっているはずだ。この日本人は、また列車に乗ってホーチミンシティに戻っていくわけがわからない客だ、と……。

 食堂のおばさんが、冷蔵庫からカップに入ったアイスクリームをとり出して、テーブルに置いてくれた。サービスだという。

「ごくろうさん?」

 彼女はそういいたかったのだろうか。理由もわからずに、「ごくろうさん」。ベトナムらしいことだと思った。

 

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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