ブーツの国の街角で

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#71

チヴィタ・ディ・バーニョレージョ:〝天空の城〟にはいったい何があるのか

文と写真・田島麻美

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 観光名所がいたるところにあふれているイタリアには、イタリア人でさえ「知らない」、「聞いたことはあるけど行ったことはない」というスポットがたくさんある。その中には、外国人観光客が押し寄せるようになってにわかにイタリアでも脚光を浴びるようになった「逆輸入観光スポット」のような場所もいくつかある。ヴィテルボ県に属する「チヴィタ・ディ・バーニョレージョ」はその代表格で、もともとは「Il paese che muore (死にゆく村)」と呼ばれていたこの丘上の過疎の村は、今ではアジアを中心とする観光客が一年を通じて訪れる人気の観光スポットとなった。きっかけとなったのは宮崎駿監督のアニメ映画『天空の城ラピュタ』。この映画のモデルとなった場所(実際には宮崎監督がロケハンとして訪れ、着想を得た場所の一つらしい)として紹介され、世界中にその名が知れ渡るようになった。

 日本の雑誌やテレビ、インターネットでも、荒々しい渓谷にポツンと佇む遠景写真とともに盛んに紹介されている。確かに絶景と呼ぶに相応しい写真なのだが、「ではいったい村の中はどうなっているのか?」という私の疑問を解決してくれる情報がなかなか見つからない。心に疑問が芽生えるとこの目で確かめずにはいられない性分なので、秋の遠足がてらチヴィタ・ディ・バーニョレージョへ行ってみることにした。天空の城の内側では、いったい何が見つかるのだろうか。

 

一本の橋だけで繋がれた孤高の村
 

 

 ボルセナ湖とテヴェレ渓谷に挟まれた凝灰岩の谷の中にあるチヴィタ・ディ・バーニョレージョは、今からおよそ2500年前にエトルリア人によって築かれた村である。ウンブリアとラツィオの境には、建築素材として重用されている「トゥーフォ(凝灰岩)」の産地が広がっているが、チヴィタ・ディ・バーニョレージョもそのエリアにある。渓谷の高台には古来より多くの集落が作られてきたが、この凝灰岩は風雨や地震など自然災害による侵食を受けやすく、長い歴史の中で徐々に崩壊していった。周囲の凝灰岩の大地が侵食と地滑りによって削られた結果、チヴィタ・ディ・バーニョレージョは現在の姿になった。13世紀から18世紀にかけて、村は5回の大きな地震に見舞われ、住民の多くは崩壊を恐れて村を離れていった。特に18世紀に起こった大地震では、隣接するバーニョレージョの村とチヴィタを結んでいた道が断絶したことからほとんどの住民が離村し、村は廃墟となってしまう。それ以来、チヴィタ・ディ・バーニョレージョは「死にゆく村」と呼ばれるようになった。現在の住民の数は16名ほどと記録されている。

 

 凝灰岩の渓谷に佇む村へ入るには、バーニョレージョの陸地から伸びた高低差のある300mの橋を渡らなければならない。橋の手前にチケット売り場があり、ここで5ユーロの「入村料」を払って橋に向かう。中世時代には橋を渡る通行者は「渡橋料金」を払う義務があったが、チヴィタに向かう橋の入り口でチケットを買いながら、なんだか中世の旅人になったような気がしてきた。

 

 

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バス停があるバーニョレージョ市街を抜け、旧フランチェスコ派修道院があるリッチ広場まで歩く。チヴィタへはこの修道院横を入って行く(上)。門を入るとすぐ、大人気撮影ポイントの展望テラスに出る(中)。お馴染みの遠景ショットはこの展望テラスで撮影可(下)

 

 

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中庭を抜け、階段を降りて公道を下るとチケット売り場がある(上)。橋の入り口でチケットを見せ、いざ「天空の城」へ(下)。

 

 

 

城門の内側はさながら歴史のテーマパーク

 

 

 チヴィタ・ディ・バーニョレージョに架けられた橋は想像していたよりもかなり近代的で、ちょっと拍子抜けした。後で地元の人に聞いたところによると、この鉄筋の橋は60年代に作られたもので、つい数ヶ月前に改修工事が終わったばかりとのことだった。正面にそびえる天空の城とその周囲に広がる荒々しい凝灰岩の谷の風景を眺めながら歩を進める。橋の真ん中まで来ると、どこか非現実的な世界に足を踏み入れようとしているような錯覚に陥ってきた。前後で大騒ぎしながら激しくシャッターを切りまくる中国人観光客グループのお陰で、かろうじて現実世界につなぎ止めてもらうことができた。橋の最後にある急な坂を登り切ると、村の入り口サンタ・マリア門が見えてくる。エトルリア人が凝灰岩を掘り出して建造したと言われるサンタ・マリア門をくぐると、その先に中世時代そのままの街並みが現れた。チケット売り場でもらった地図を見ると、この門からまっすぐ伸びた大通りを中心に、魚の骨のように路地が伸びている。規模はとても小さく、ぐるっと歩くだけならきっと1時間もかからないだろう。道の数は限られているので迷う必要もなく、通りに沿って歩いていくと村の中心サン・ドナート広場に出た。中央には立派な鐘楼を持つサン・ドナート教会が見える。

 

 教会の中をさらりと見学してから、再び中世の村をぶらぶら散歩。映画のセットとしてもよく使われているらしいが、綺麗に整備された石畳の道、街角のあちこちに美しく飾られた色とりどりの花、凝灰岩の薄茶色で統一された街並みの中を歩いていると、なるほど歴史のテーマパークにいるような気がしてくる。

 

 

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渓谷の中の一本道である橋を渡って村へ。約300mの長さがある(上)。橋を渡りきっても登り坂は続く。専用車両以外の車は入れないので、移動手段は徒歩のみ(中)。エトルリア人が造ったサンタ・マリア門が村の玄関(下)

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA OLYMPUS DIGITAL CAMERAこの地方独特の建築素材「トゥーフォ」で造られた中世の建物が並ぶ村のメインストリート。土産物屋やレストラン、ホテルなどの宿泊施設も充実している(上)。起源は7世紀、16世紀に改築されたサン・ドナート教会。もとはロマネスク様式の建築だが、ファサードはルネサンス期に改築されたもの。内部にはペルジーノ派のフレスコ画などが残る(下)

 


 

 

エトルリア遺跡の中に残る農民の住居跡

 

 

 路地の先に広がる渓谷の風景を見るのが楽しくて、細い脇道に出くわすたびに覗き込みながら歩いていると、目の前に突然、『洞穴』と漢字で書かれた看板が見えた。興味をそそられて路地を入って行くと、『Antica Civitas/アンティカ・チヴィタス』という小さな博物館があり、エトルリア人の洞窟遺跡が見学できるようになっていた。入り口のおじいさんに2ユーロの入場料を払いつつ、村の歴史について尋ねてみた。おじいさんはチヴィタの出身だというので、「この村には今どのくらい人が住んでるの?」と訊くと、「公称16人。ということになっているけど、実際にここで暮らしている人間はもっと少ないよ。わしを含めて10人もいないんじゃないかな」とのことだった。おじいさんの話では、この住居は古代エトルリア人の洞窟住居を改装し、1930年代に農民のための宿泊施設として利用していたものだそうだ。内部にはオイルやワイン造りのためのプレス機や農耕具、古代の陶器の破片などが残された作業部屋と保存室、当時の農民の寝室などがあり、規模は極小ながらとても興味深い展示が並んでいる。窓から眺める凝灰岩の渓谷のパノラマも素晴らしく、とても有意義な体験ができた。

 

 

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映画の撮影にもしばしば利用される保存状態の良い街並み(上)。大通りにある各国語で書かれたエトルリア遺跡の看板(中上)。「アンティカ・チヴィタス」の中にある農作業の部屋(中下)。橋の工事現場と農民達の様子がわかる1930年代の写真(下)

 

 

死にゆく村の再生を担う若者たち

 

 

「天空の城」の中には何があるのか知りたくてここまで足を運んだ私は、あちこちの路地に首を突っ込み、お店やレストランには鼻を突っ込んで詮索を続けた。その結果、数少ないチヴィタの住民たちと知り合うことができた。中でもこの「死にゆく村」を再生する活力源とも言える二人の若者とのおしゃべりは、特に印象深かった。

 

 一人はサン・ドナート広場に店を構える『Acqua di Civita/アクア・ディ・チヴィタ』のアンドレアさん。彼は、チヴィタを取り囲む周囲の自然環境、特産物などを原材料に、化粧品や香水、ルームフレグランスなど、美容と健康に効果抜群のナチュラル製品を製造販売している。自然界が持つ生命のエネルギーを美容と健康に取り入れたいというアイデアを、シルヴィア、ダニエラという二人のお姉さんと3人で力を合わせて実現化したのがこの「アクア・ディ・チヴィタ」の製品群なのだそうだ。「僕ら3人は〝チヴィタは生命の源〟だと信じている。この土地に生まれて幸運だった」と言うアンドレアさん。二人のお姉さんと共に、この村に生まれた誇りを持って自分達のブランド名を『アクア・ディ・チヴィタ(チヴィタの水)』と名付けた。彼らのお店は日本の国営放送の番組でも紹介されたそうで、アジアはもとより世界中に顧客を持っているのだそうだ。全て手作りのBIO製品はどれも自然の治癒力を最大限に利用したもの。中でも売れ筋は、アトピー肌でも安心して使える「ロバのミルク」を原料としたハンドクリームやコスメ、ヘアケア製品と、アンチエイジングに抜群の効果がある「カタツムリエキス」を使用した美容液などのコスメシリーズ。また、自然の香りがほのかに漂うルームフレグランス、オードトワレも定番の人気商品だとか。「気に入っていただけたら、日本に帰国された後もオンラインで購入できます。世界中どこへでも発送しますよ!」と請け負ってくれた。

 

 

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サン・ドナート広場の一角にある「Acqua di Civita/アクア・ディ・チヴィタ」の店舗(上)。土地の自然の恵みを美容と健康のために生かす製品作りを実現したアンドレアさん(中上)。人気商品の一つ「ロバのミルクのハンドクリーム」(中下)。バーニョレージョの展望テラス横の売店でも彼らの製品が売られていた(下)

 

 

 村散策の最後に出会ったもう一人の若者が、「自称・チヴィタ最年少の住民」マティアさん。村の突き当たりまで歩いたところで「Il Giardino del Poeta(詩人の庭)」という看板を目にし、興味を惹かれて入ったのがマティアさんの有機農業のお店「カンポモーロ」だった。地元で収穫されるひよこ豆やレンズ豆、オリーヴオイル、蜂蜜やパスタ用ソース、ジャムなど、どれも有機栽培で育てた特産品を販売している。お店がある場所はチヴィタ随一の展望スポットで、マティアさんが毎日、丹精込めて手入れをしている美しい庭を散策しつつ、渓谷の大パノラマも楽しむことができる。この自然美を十分堪能したら、お店のBIO製品を購入するか、あるいは庭を維持するための心づけを少し置いて出るのが決まりとなっている。花々が咲き乱れる庭はとても美しく、渓谷から吹き上げてくる風は涼しく、ところどころに書かれたジョークの看板には大いに笑わせてもらった。その上、最高品質の特産品を買えるのだから私は大喜びだったのだが、マティアさんはちょっと哀しそうな顔をして言った。「最初は誰にでも無料で庭を開放していたんだけど、マナーが悪い人が多くてね。いくら手入れをしてもどんどん荒らされるから、僕の方は大赤字。だから仕方なく〝環境維持のために心付けをお願いします〟って看板に書いたんだよ」。

 

 そもそも私有地なのだから、勝手に入り込んで庭を荒らしていく方がどうかしている‼︎と私が憤慨すると、マティアさんは、「そう言ってくれるとありがたい。でも〝眺めがいい場所はみんな自分達のもの〟と思い込んで好き勝手をする観光客が後を絶たないんだよ」とため息をついた。チヴィタ最年少の住民であるマティアさんは、それでも地元の農業と自然環境を守ろうと一生懸命に働いている。彼がオススメしてくれた「ナスとオリーブのペースト」を使って作ったパスタは、目が覚めるほど美味しかった。

 

 一本の橋で世界とつながっているチヴィタ・ディ・バーニョレージョの村には、その歴史と自然環境を大切に守りながら、土地の魅力を世界に発信していこうと活動している若者たちがいる。彼らの存在は「死にゆく村」を再び蘇らせるための大きな原動力となっているに違いない。

 

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村はずれにある有機農業製品の販売所『Campomoro/カンポモーロ』の入り口。私有地だということを忘れずに、マナーを守って見学したい(上)。この店の若きオーナー、マティアさん(中上)。大笑いした「タイタニック」の看板。映画『タイタニック』のあの有名なシーンを再現できる高台に細く迫り出した撮影ポイント。マティアさん曰く、「霧が出ると渓谷が全部真っ白になって、本当にあの映画のシーンみたいな写真が撮れるよ」とのこと。私も後ろにいたカップルのためにシャッターを切った(中下)。2段構造になっている庭からは、荒々しいトゥーフォの渓谷のパノラマが一望できる(下)

 

 

★ MAP ★

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<アクセス>

ローマから各駅列車でオルヴィエートまで約1時間。オルヴィエートからCotral(コトラル)社のバスで終点のバーニョレージョまで約40分。バスは1日の本数が少ないので、事前に時刻表をチェックしてから出かけたい。バーニョレージョのバス停からは徒歩でチヴィタの入り口があるリッチ広場まで15分ほど歩く。詳しくは以下のサイト(英語)で。

https://moovitapp.com/index/en/public_transit-line-COTRAL-Roma_e_Lazio-61-870562-479074-0

 

<参考サイト>

 チヴィタ・ディ・バーニョレージョ ツーリストオフィス(英語)

https://www.promotuscia.it/civita-di-bagnoregio/?lang=en

 

イタリア政府観光局 チヴィタ・ディ・バーニョレージョ情報(日本語)

http://visitaly.jp/recommend/civita-di-bagnoregio#

 

エトルリア洞窟「Antica Civita /アンティカ・チヴィタ」(伊語)

https://www.facebook.com/pages/category/Civilization-Museum/Antica-Civitas-1707473562649982/

 

「Acqua di Civita / アクア・ディ・チヴィタ」HP (英語あり)

https://www.acquadicivita.com/

 

「Campomoro/カンポモーロ」HP(伊語)

http://www.campomoro.biz/index.htm

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年11月14日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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