韓国の旅と酒場とグルメ横丁

韓国の旅と酒場とグルメ横丁

#70

小さな漁村、昼酒、のんびり世間話

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三陟(サムチョク)から小さな漁村へ

 先日、東海岸沿いの三陟の市場を久しぶりに訪れた。

 飲み屋に持ち込んでつまみにしようとしたイカがとても安く買えた。一杯10000ウォン(約1000円)。魚屋の女将さんに安さの理由を聞くと、ここからバスで30分ほど行った荘湖(チャンホ)という小さな漁村に住んでいるから安く手に入るのだという。

 小さな漁村。旅心が刺激される言葉だ。

 私は船旅が好きで、離島の漁村をぶらぶらするのが大好きだ。全羅南道の黒山島(フクサンド)や蓋島(ケド)、全羅北道の仙遊島(ソニュド)など、過去に歩いた漁村の風景が頭に浮かび、居ても立ってもいられらなくなり、翌朝、荘湖行きのバスに乗った。

 

 

まずは地元のマッコリを

 東海岸の秋の風景を楽しみながらバスに揺られ、着いた港はたしかに小さかったが、漁港から沖合100メートルくらいの洋上を横断するケーブルカーがあったり、プラスチックボートで遊べる内湾があったりと、私好みのひなびた漁村とはだいぶイメージが違った。

 

01観光開発が進んだことを示すプラスチックボート乗り場と、ひなびた漁村の象徴である魚の干場

 

 とりあえず、地元のマッコリでも味見しようと、韓国ではシュポ(スーパー)と呼ばれる食料雑貨店に入る。

 

02スイカとネギと地元のマッコリ。邑のシュポ(よろずや)らしいディスプレイ

 

 田舎のシュポらしく、店の前にはプラスチック製のイスがいくつか置いてあった。

「お母さん、ここで飲んでもいいでしょ?」

「いいさ。テーブルをつくってあげよう」

 酒のケースで食卓をしつらえてくれるお母さん。

「杯とキムチを出そうかね」

 うれしいことを言う。

 

03端正な顔立ちからは想像できなかったが、おおらかでやさしかったシュポのお母さん

 

 60代後半くらいのこのお母さん、背が高くて目鼻立ちがはっきりした美人だ。“鄙(ひな)にはまれな”という日本語はこういうときに使うのだろう。国民の母と呼ばれる女優のひとり、キム・ヘジャのような風格がある。日本の読者はピンとこないかもしれないが、映画『母なる証明』でウォンビンのお母さんを演じた女優と言えば、思い浮かぶのでは。韓国ではコンビニ弁当のイメージキャラクターになったことでも知られている。

 

おしゃべりを楽しみながらも、片ときもじっとしていなかった働き者のお母さん

 

 ヨルムキムチ(ダイコンの葉のキムチ)をつまみながら、隣町で醸されているという生マッコリをゆっくり飲んでいると、お母さんが出てきて話相手になってくれた。

 

051500ウォンの生マッコリ1本に、ヨルムキムチが添えられた

 

「お母さんは、ここの生まれですか?」

「そうさ、この村から一度も出たことないよ」

「お母さん、美人ですね。若い頃モテたでしょう?」

「何言ってんのさ、とっくにおばあさんだよ」

「若いときはみんなが振り向く美人だったよ」

 隣で会話を聞いていた近所のおばあさんが言う。

 ちょっとはにかみながら笑うお母さん。照れ隠しなのか、店に並べる野菜の手入れをし始めた。その横で昼間からマッコリを飲んでいる自分が、なんだか恥ずかしくなってきた。

「お母さんも一杯どうですか?」

「あたしは飲めないんだよ」

「残念。でもお母さんの漬けたヨルムキムチ、本当においしいです」

 つまみがもう一品ほしくなり、店で缶入りのエゴマの葉醤油漬けを買う。

「ごはん食べるかい?」

 ためらわず、うなずく私。

  田舎の飲み屋やスーパーでは、マッコリだけ頼んでも、キムチやナムルの一皿、ピーナッツくらいは添えられるのがふつうだ。しかし、無償でごはんを出してくれるところはなかなかない。

 いや、ごはんだけではなかった。海草の醤油味煮まで添えられている。ひと口いただくと、磯の香りとちょうどいい塩加減。マッコリにもごはんにも合う。

 久しぶりに感じる田舎の情だ。

 

06キムチが一皿添えられるのは想定内だったが、ごはんと海草の醤油煮まで!

 

07お母さんが出してくれたごはんを、エゴマの葉醤油漬けで巻いていただく

 

 

写真館の主だったお父さん

 隣の席に見知らぬ男性が座った。近所のおなじみかと思ったが、世間話をしているうちに、ご主人だとわかった。

「きれいなお嫁さんをもらって、お父さんは幸せですね」

 お父さんは荘湖からバスで2、3時間内陸に入った栄州(慶尚北道)の出身だという。十代の頃から大邱に出て写真学校で下働きをしながら、撮影技術や機材について学んだという。

「田舎ではまだ写真館が珍しかった時代だよ。この荘湖に住んでいる人の家に飾ってある家族写真のなかにも、私が若い頃撮ったものがあるはずだよ」

 写真館と聞いて思い出したのは、1997年に撮影された映画『八月のクリスマス』だ。劇中の写真館の主人(ハン・ソッキュ)と、若い頃のお父さんの姿が重なる。

 

08世間話は続く。栄州(ヨンジュ)出身のお父さんはコーヒーを、私はマッコリを飲みながら

 

「田舎だから出張撮影が多くてね。重い機材をかついで山道やあぜ道を歩いたよ。昔は撮影するだけでなく、顔立ちの修正も大事な仕事だった。90年代になると、ポラロイドカメラが普及したり、デジタル化が進んだりして、だんだん仕事がなくなって、この店を始めたんだ」

 顔立ちの修正というのは、お見合い写真などで目を大きく見せたり、陰影をつけて彫を深く見せたりすることだろう。

「秋夕(中秋節)の連休明けなのに、けっこう観光客がいますね」

「荘湖の観光開発が始まったのは十年ちょっと前だね。町の雰囲気もずいぶん変わったよ。夏は海水浴のお客さんで賑やかだよ。うちの商売にはあんまり関係ないけど、ジュースやアイスがよく売れるよ。その時期は家内が忙しくてね。私はのんびりさせてもらってるけど、たまにトラックを運転して、三陟や江陵(カンヌン)まで海産物の仕入れに行くんだ。今日も昼過ぎに三陟に出かけるから、方向が同じなら乗せて行ってあげよう」

 七十歳を過ぎても、お父さんは働き者だ。

 いつのまにかお母さんの姿が見えなくなった。近所の友達と店の奥にある居間で歌番組を観ているのだという。興が乗ればテレビに合わせて歌ったりする。その声が店先にまで聞こえてくる。

 

09おしゃべりの途中、三陟から食材の行商に来たお兄さんがセールスを始めた

 

 小さな漁村。シュポの店先での楽しいひととき。

 景色を愛で、名物料理に舌鼓を打つのもよいが、こうした市井の人たちとの出逢いこそ、旅の醍醐味だと再認識した。


 

*【お知らせ】11月10日(土)、東京・大塚のホテル『星野リゾート OMO5 東京大塚』で、筆者の『TABILISTA』トークイベント supported by『星野リゾート OMO5 東京大塚』~鄭銀淑(チョン・ウンスク/紀行作家)『韓国の旅と酒場とグルメ横丁』​~が開催されます。 

SOLD OUT!

本当にたくさんの方からのお申し込みをいただき、ありがとうございました。
おかげさまで定員に達しましたので申込みは締め切らせていただきます。
イベントの模様は、本連載の中でお届けする予定です。

 

 

イベント用プロフィール

 

●日時:11月10日(土) 
●会場:星野リゾート OMO5 東京大塚『OMOカフェ』
●概要:チョン・ウンスクさんによるトークショー(1ドリンク付き)
    テーマ:「ソウル鍾路3街の街歩き」  


*会場の都合により先着30名様限定とさせていただきます(完全予約制)。
*当日、会場受付にて現金でのお支払をお願いいたします。
※定員になり次第、締め切らせていただきます。

 

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*本連載は月2回配信(第2週&第4週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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