ブーツの国の街角で

ブーツの国の街角で

#70

アオスタ:『アルプスのローマ』の異名をとるヴァッレ・ダオスタの州都

文と写真・田島麻美

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

 

フランス、スイスと国境を接する北イタリアのヴァッレ・ダオスタ州は、イタリア国内に5つある特別自治州の一つである。特別自治州とは、通常の州よりも強い地方自治権を有し、一定の分野において独立的な立法権も認められている自治体を意味する。他国との国境があるトレンティーノ=アルト・アディジェ州、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州、歴史的に様々な他国の支配を受けてきたシチリア州、サルデーニャ州が特別自治州に定められている。イタリア国内で最も小さな州であるヴァッレ・ダオスタ州はスイスとフランスの国境に挟まれた位置にあり、言語もイタリア語とフランス語の両方が公用語として日常的に使われている。

アルプスの麓に広がるヴァッレ・ダオスタの州都アオスタは、先史時代からの長い歴史を持っている。「アオスタ」という街の名は、紀元前25年、この地に「アウグスタ・プレトリア」という町を建設した古代ローマ皇帝アウグストゥスに由来している。遠くローマから進軍してきた古代ローマの兵士達が街を建設するためこの地に移り住んで以来、現在までほぼ変わらない状態で残されているアオスタは、『アルプスのローマ』という別名でも知られている。雄大なアルプスの山々に囲まれた古代ローマの街の見どころをご紹介しよう。

 

4つの古代ローマ遺跡に入場できる共通券
 

 

トリノからイヴレア経由で約2時間、各駅電車を乗り継いでFSアオスタ駅に着いた。タクシーや市バスが巡回する駅前広場はイタリアの他の街と変わらぬ都会的な雰囲気で、アルプスの山間の村をイメージしていた私はちょっと拍子抜けした。初めて訪れる街で最初にすることといえば、「i」マークのインフォメーション・オフィスを目指すこと。アオスタの駅前広場からまっすぐ伸びている大通りを歩き始めて5分と経たないうちに、中央に華麗なトリノ風の宮殿がある広場が見えてきた。旧市街の中心にあるこのエミール・シャノー広場の一角で見つけた看板によると、ツーリスト・オフィスはローマ遺跡があるプレトリア門にあることがわかった。

広場から放射線状に伸びた通りの一つ、ポルタ・プレトリア通りはローマの旧市街の通りと同じようにお店やレストラン、バールがにぎやかに軒を連ねている。狭い通りにあふれるツーリストをかき分けながら進んで行くと、突き当たりに堂々とした二重の石のアーチが見えた。旧市街の東側に位置するこの城門は、紀元前1世紀に造られた古代ローマの城壁の一部で、保存状態が極めて良いローマ遺跡として名高い。街の中から外へと渡された橋の上を歩いて、ポルティコの一角にあるツーリスト・オフィスに入った。Mapをもらいがてら情報収集すると、旧市街の4つの主要な遺跡を回れる共通チケットがあるということだった。「チケットは隣のローマ劇場の入り口で買えますよ」と言われたので、まずは古代ローマ劇場から遺跡巡りをスタートすることにした。

 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERAOLYMPUS DIGITAL CAMERA
旧市街の中心シャノー広場/ Piazza Chanoux。通りの名前や標識、店名など、街にはフランス語があふれている(上)。広場で見つけたツーリスト用看板。ここから放射線状に通りが伸びているので、矢印を頼りに進む(下)。

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
旧市街への東側の入り口プレトリア門/ Porta pretoriaは堅固な二重構造の城門(上)。2000年前と変わらぬ姿を維持しているプレトリア門。ツーリスト・オフィスを始め、建物内は現役のオフィスとして活用されている(中)。この門の外に出ると、アオスタのシンボルともなっている紀元前25世紀のアウグストゥス帝の凱旋門がある(下)。

 

 

 

アルプス山脈を背景にした
ドラマティックな古代ローマ劇場

 

 

プレトリア門のインフォメーション・オフィスを出て右手に折れるとすぐ、古代ローマ劇場の入口があった。チケット売り場で共通券について尋ねると、「ローマ劇場、考古学博物館、クリプトポルティコ、サン・ロレンツォ教会の4つの施設に入れるよ」と言われた。7ユーロでアオスタの目玉スポットの半分を見ることができるのだから、これはお得である。

早速チケットを購入し、パンフレットをもらって敷地内へ足を踏み入れる。その途端、目に飛び込んできた巨大な石のファサードに圧倒された。大小さまざまなアーチ型の窓が並ぶ3段構造の壁を5本の柱が支えている。正面に立って見上げると、その高さ、大きさに感嘆のため息が漏れる。手元のパンフレットを読むと、ファサードの高さは22mとある。面積は幅81m、長さ64mを占め、最大3500〜4000名の観客を収容できたと推測されている。建設が始まったのはアウグストゥス帝が街を築いた紀元前25世紀から数十年後と言われているが、その時代の建築物としてはとても保存状態がいい。規模こそローマのコロッセオに及ばないものの、古代ローマ時代の巨大建築遺産としては非常に重要なものであることは一目でわかる。ファサードを回り込んで裏側へ歩いて行くと、劇場と隣り合っていたとされる発掘中の闘技場跡、観客席の石段などが見えた。半円形の観客席側に立つと、先ほどのファサードがステージの背景になっていることがわかる。恐らく石の反射を利用した音響効果の装置も兼ねていたのではないだろうか。四方を雄大なアルプス山脈の大自然に囲まれたステージは、それだけでもかなりドラマティックな印象を与える。この日は生憎の天気だったが、晴れていればここから西側にモンブラン、北にマッターホルンの姿も見えるという。自然環境を効果的に利用したダイナミックな古代建築に感服した。

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
ローマ劇場のチケット売り場から続くエントランス(上)。劇場内で唯一しっかりと原型が残っている高さ22mのファサード。アーチ型の窓の中には大理石の彫像などが置かれていた(中上)。ファサードの裏側に回り込むと、観客席や地下の構造がわかる。ステージの背後にはアルプス山脈のパノラマが広がり、とてもドラマティック(中下)。客席への入場口跡。この隣には、現在発掘調査が進んでいる円形劇場もある(下)

 


 

 

 

初期キリスト教の歴史が息づく2つの教会

 

 

 

ローマ劇場を後にし、アウグストゥス帝の凱旋門に向かってサンタンセルモ通りを進む。地図によれば、この道の途中で右折してサントルソ通りを抜ければ次なる目的地のサン・ロレンツォ教会にたどり着ける。広場に出ると、煉瓦造りの高い塔と山小屋をイメージさせるファサードが特徴的なサントルソ(聖オルソ)教会が見えた。目的のサン・ロレンツォ教会はこの正面にあるのだが、ユニークな建築に興味をそそられ、まずはサントルソ教会を見学することにした。

10世紀から11世紀にかけて建てられたという中世の教会は、その後何度も改築されたそうだが、主祭壇の周囲は後期ゴシック様式の見事な木造彫刻で飾られている。床には近年の発掘調査によって発見されたローマ時代のモザイク画も見られ、何世紀にも渡ってこの街の信仰の中心であったことがうかがえる。教会に併設された修道院にはロマネスク様式の美しい回廊があり、サントルソ教会のシンボルともなっているそうだが、残念ながら見逃してしまった。ここは次回のお楽しみにとっておくことにして、いよいよ目的のサン・ロレンツォ教会に向かった。

 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
サントルソ教会の特徴あるファサード(上)。シンプルなファサードと対照的に、ゴシック、ロマネスク様式の芸術が溢れる教会内(中上)。近年の発掘調査で発見された床下のローマ時代のモザイク画(中下)。サントルソ教会の回廊の入り口(下)

 

 

サントルソ教会の正面に位置するサン・ロレンツォ教会に入ると、中では州内在住の木造彫刻家と写真家による共同の展覧会が行われていた。ヴァッレ・ダオスタの大自然の中での日常が見られるとても興味深い展覧会だったが、共通チケットで入るローマ遺跡はどこにあるのかわからない。もう一度教会の前に出てみると、看板にしっかり矢印で「Sito Archeologico/ 遺跡」という表示が出ていた。矢印に従って遺跡に入ると、ちょうどさっきまでいた展覧会場の真下に古い教会の名残がしっかり残っていた。向かいのサントルソ教会を含むこのエリアはもともと古代ローマ時代のネクロポリ(死者の町)があった場所で、この遺跡は紀元5世紀頃にあった初期キリスト教の教会跡だという。非常に興味深かったのは、教会の形が現在のような長い十字形ではなく、ラテン十字の形に作られていたこと。さらに、アオスタの初期キリスト教の司教であった「アニェッロ/ Agnello」「ガッロ/Gallo」「グラート/Grato」の墓跡が残っていることにも驚いた。解説書によると、初期キリスト教の司教たちは一般信者と共に共同墓地に埋葬されたのだそうだ。2つの教会を訪ね歩き、古代から中世、そして現代へ脈々と受け継がれるこの街の信仰の歴史を垣間見ることができた。

 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
サントルソ教会の真向かいにあるサン・ロレンツォ教会。遺跡の入り口は向かって左側にある(上)。サン・ロレンツォ教会は二重構造になっていて、地下に初期キリスト教の教会跡の遺跡がある(下)

 

 

地下に広がる壮大な古代ローマの公共広場跡

 

 

アオスタの遺跡巡りは予想外に興味深く、見所は少ないだろうから半日で十分、と侮っていた自分を大いに恥じることになった。見たいところがまだまだ残っているのだが、時間が足りない。事前にしっかり調査しなかったことを後悔したが、時すでに遅し。共通券で入れる博物館は時間が余ったら行くことにして、古代ローマの街の原型が残っているという遺跡へ向かった。

地図を見ながら歩いていくと、真っ白で荘厳な雰囲気を湛えたアオスタ大聖堂にたどり着いた。ファサードだけ見るとそれほど古くないように感じるが、最初にこの聖堂が建設されたのはなんと4世紀。つまり、ローマ帝国が宗教の自由を認めるようになった直後に創建されたキリスト教会ということになる。その後時代が変わるごとに増改築が繰り返され、現在の姿になった。サントルソ教会と並び、この大聖堂もまた、アオスタ及びアルプスの住民たちの信仰の中心として、一千年以上もの間大切に守られてきた神聖な場所なのだ。ファサードの扉の周りを囲む色鮮やかなフレスコ画、彩色されたテラコッタの聖人像など豪華な装飾に見惚れながら、この大聖堂が辿ってきた長い歴史に思いを馳せた。

 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
11世紀のロマネスク様式の鐘楼(上)。4世紀からの歴史を持つアオスタのサンタ・マリア・アッスンタ大聖堂。仏語ではノートル・ダム大聖堂と表記されている。現在のファサードは19世紀に改装された(中)。ファサードの中央にあるフレスコ画やテラコッタの像は16世紀のファサードの一部を残したもの(下)

 

 

アオスタで最後に訪れたのは、古代ローマの街並みが残る「クリプトポルティコ(地下回廊)」。大聖堂の脇にある入り口から地下へ降りて行くと、想像もしていなかった広大な地下空間が現れた。見学ルートの最初にある解説板を読むと、ここはかつて公共広場があった場所で、無数のアーチ型の柱で支えられた2つの通路はその広場を取り囲む回廊であったことがわかる。アーチで支えられた二つの列柱廊は89m×73mの長方形の広場を取り囲む構造になっていて、実際に歩いてみると古代ローマ時代の広場にいるような気がしてくる。広場の建設は2つの時代に分かれており、最初の建設が始まったのはアウグストゥス帝が街を設立した紀元前25世紀。市民のための公共施設を街の中心に据え、綿密な計画の下に建設された都市であることがわかる。2000年以上も前につくられたアオスタの街は、先進的で文化的な都市を建設することに情熱を注いだアウグストゥス帝の理想が実現化したものであったことを体感させてくれた。

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
大聖堂の脇にある「クリプトポルティコ・フォレンセ」の入り口(上)。古代ローマ時代の都市計画に沿って造られたフォロ(公共広場)の模型図(中上)。2000年以上の間地下に埋もれていた回廊。その広さと保存状態の良さに驚かされる(中下)。遺跡はできる限りオリジナルの素材を残し、史実に忠実に修復されている(下)

 

 

★ MAP ★

Map-aostaS

 

 

<アクセス>

電車でトリノからFS各駅電車でイヴレアまで約1時間、イヴレアからアオスタ行きに乗り換え約1時間。

アオスタまではミラノ、トリノからアクセスできるバスも出ている。SAVDA社のバスならトリノから直行で約2時間、ミラノ・ランプニャーノのバスターミナルから直行で約2時間半。終点アオスタのバスターミナルはFS鉄道駅の向かいにある。

 

 

<参考サイト>

アオスタの古代ローマ遺跡群(英語)

https://www.lovevda.it/en/culture/roman-architecture

 

バス・SAVDA社(英語)

http://www.savda.it/en/index.php

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年10月23日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

Exif_JPEG_PICTURE

田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

ブーツの国の街角で
バックナンバー

その他のWORLD CULTURE

ページトップアンカー