越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#69

韓国・釜山~日本・福岡

文と写真・室橋裕和

 大陸から列島へ。玄界灘を越えて、船で帰国しようと思い立った。その出発点である国際港・釜山は、駅前からしてインターナショナル&カオスなのであった。

 

 

格安の連れ込み宿に泊まる

「オニサン、オニイサン」
 さんざめく繁華街を歩く僕に、いつの間にか寄り添うチリチリパーマ。流暢な日本語はさすが国際港湾都市・釜山であろう。
「いいコいるよ。安くしとくよ。サービスすごいね」
 ささやきながら、おばちゃんは僕の左腕をガッチリとフックする。振り払おうとしても関節技のごとく極まっている。なかなかの腕っぷしである。
「韓国いいか。中国いいか。ロシアもいるよ」
 極東女子のラインナップを並べ立ててくるが、あいにく僕は肉食男子ではない。しつこく買春を勧めてくるおばちゃんをなんとかあしらい、宿にたどりついた。
 とはいえ、泊まっているこの宿からして連れ込み系なのであった。内部はほとんど廃屋である。ギシギシの階段を上がって2階に行くと、廊下はくすんだピンク色に塗り込められている。不意に左手のドアが開き、韓国人のおじさんと、どこの国かは知らないがアジア系のお姉ちゃんとが手に手を取って出てきた。一戦カマしたあとなのだろう。目が合ってしまう。気まずい。さっきのおばちゃんの誘いに応じたら、この手の宿にまず押し込められるのかもしれない。
 僕の部屋はさらに進んだ奥のほうだ。淫靡な、生臭い匂いのする廊下を歩き、ドアを開ける。ふう、とひと息つくが、部屋の中央に鎮座しているのはズバリ、昔懐かしい回転ベッドなのであった。
 昭和のラブホテルでは定番であったと聞く。ベッドのめくるめく動きと、天井に設えられたワイセツな鏡とのコンビネーションは、多くのアベックをトリコにしたという。だが僕はその時代を知らないので、レトロな昭和テーマパークのように映る。残念ながらいまでは、回転装置は外されており、動くことはない。
 枕もとにはコンドームとローションが置かれているが、掃除は行き届いていたし、wifiはビンビンで、シャワーの湯量もたっぷりで、しかも安かった。日本円で3000円くらいだったと思うが、釜山最安クラスではないだろうか。

 

01
バスルームもついてこれで3000円ほど。部屋の造作と客層を気にしなければコスパは良い

 

 

インターナショナル歓楽街・草梁洞

 釜山駅のまん前である。駅から通りを渡ればそこは、草梁洞というエリアが広がっている。釜山で安宿を求めるならココだ、と聞いてやってきたのだ。
 なかなかに怪しい界隈であった。もともとは船乗りたちの遊び場であったらしい。極東のハブ港湾なのである。とくにロシア人の船員が集まってくる場所のようで、キリル文字の踊るパブやレストランが軒を連ねる。泥酔して荒くれた白熊たちが路上で大騒ぎする。そして辻々にスラブ系の女たちが立ち、韓国人のおじさんに流し目を送っているのである。ロシア人というが、ベラルーシとかウクライナとか、あのへんであろうと思う。ときどきハッとするような白磁の美人と、おじさんがなにやら値段交渉をしていたりする。まさしく国境の街、いろいろな意味で文化の衝突点なのであった。
 加えて草梁洞にはどういうことか、フィリピンパブだのインドネシアパブだの、下品なネオンがダーッと並び、陽気な女たちが客を呼ばわっているのであった。南国の太陽が恋しいロシア男たちが求めたのであろうか。
 こんな草梁洞の一角が、ラブホ仕様の部屋の窓からはよく見下ろせた。なかなかに楽しい場所だったのだ。

 

02
心躍るネオンが続く、釜山駅前の草梁洞

 

いざ玄界灘へ出航

 草梁洞から大通りを渡って釜山駅に入り、裏手の出口から抜ける。そこから左手に10分も歩けば、もう国際フェリーターミナルなのである。釜山を拠点とする極東航路のひとつをたどり、日本へ帰国する。それは九州の人々にとってはもはや生活路線といえるかもしれない。我ら越境マニアにしてみれば当然クリアしておくべき初歩的ルートであるのだが、恥ずかしながら僕は未体験であった。
 ターミナルは平日ということもあってか乗客はまばらだった。その大半が若い女子である。福岡に遊びに行く様子だ。あとはぽつぽつと両国のビジネスマンらしき人々。広大で立派な現代的ターミナルにいるのはその程度のもので、事前の予約もしていなかったがチケットもすぐに買うことができた。
 イミグレーションに出向いてみれば、悲しいことに出国スタンプは廃止されているのであった。データだけ読み取られたパスポートが手元に返ってくる。時代の流れとはいえ実にさみしい。本当に僕は、韓国を出国したのだろうか。
 搭乗するのはもちろんJR九州の誇る高速船・ビートル号である。やや空しさを覚えつつ船内に入ってみれば、定員は200人ほどだというが乗客は20人ばかりであった。静かだ。そして定刻通り、滑るようにビートル号は出航した。見逃してはなるまい。釜山港の雄姿を写真に収めるべく船窓にベタ張りとなったのだが、あいにくの曇天で港の姿はすぐ霧に包まれてしまった。

 

03
釜山の国際フェリーターミナルにて。こんな案内板ひとつに、いつだって昂揚してしまうのだ

 

04
我らがビートル号の雄姿。僕の船旅はいつも、重い曇天のような気がする……

 

 

日本でも国境越えはできるのだ

 玄界灘の航海はやはりヒマであった。外を見たって霧なのである。船内の探検も3まわり目となれば乗務員の視線も痛い。まばらな乗客も寝込んでいる。ハングルの新聞と『アサ芸』を同時読みしているマルチなおじさんがいたのは、さすが国際航路といったところか。
 うたた寝をしているうちにビートル号は博多港へと入り込んでいた。所要3時間。船を降り、釜山側とほとんど同じようなイミグレーションに入る。今度は、本当にここは日本だろうか、と思う。しかしパスポートにばっちり押された入国スタンプと、そこに刻まれた「FUKUOKA」の文字に、喜びが込み上げる。やはり出入国スタンプは旅のスパイスとして必要なのだ。
 博多のターミナルもやはり釜山側と同様に整然としていて清潔で立派で、どちらの国にいるのかわからなくなる。しかし空気感が微妙に違うのだ。韓国より日本は静かで、落ち着いている感じがした。活気という意味では釜山のほうがあるが、日本は柔和な印象を受けた。
 ターミナルを出てみる。
「おお~」
 つい、声が出た。日本じゃないか。あふれる日本語の案内や看板、自販機、日本語を話すたくさんの人々。本当に、船で国境を越えられるんだ。当たり前の事実を再確認して、うれしくなる。ついさっきまで草梁洞でロシア人に囲まれていたことがなんだか信じがたい。
 この航路、飛行機よりもずっと手軽で身近で、まるでバスに乗って降りたら母国だった、というような感覚だ。これはいい。島国だってしっかり国境越えの楽しさがあるじゃないか。
 さあて、博多ラーメンでも食べに行くか。

 

05
博多側の国際フェリーターミナル。福岡と釜山の密接なつながりを実感する

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

*好評発売中!

『最新改訂版 バックパッカーズ読本』

発行:双葉社 定価:本体1600円+税

 

cover

 

 

 

BorderAsia00_writer01

室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

紀行エッセイガイド好評発売中!!

ISBN978-4-575-31280-5

最新改訂版 バックパッカーズ読本

     

越えて国境、迷ってアジア
バックナンバー

その他の辺境・秘境の旅

ページトップアンカー