東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#69

べトナム・サパの登山鉄道〈2〉

文・写真  下川裕治

観光客で賑わうムオンホア登山鉄道

 ベトナム北部のサパに着いた。ラオカイ駅を発った乗り合いバンが到着したのは、サパの教会前の広場だった。すぐ下にイベント広場のようなスペースがあり、青いTシャツ姿の人々が集まっていた。

 入口に「START」と書かれた横断幕が掲げてあった。マラソン大会が開かれるようだった。

 その日は日曜日だった。標高1600メートルほどのサパ。空気はひんやりとしている。ここを走ったら……とベトナムのランニング愛好者は考えたのだろうが、僕がイメージしていた少数民族のサパとはだいぶ違った。どこか高原リゾートのような空気すら伝わってくるのだ。

 ここの登山鉄道に乗らなくてはならなかった。今年の3月に開通したばかりの鉄道だった。

 鉄道なのだから、どこかに駅があるはずだった。近くにいたベトナム人観光客やバイクタクシーの運転手に訊いてみた。しかし皆、きょとんとした顔をする。英語が通じないのだろうか。­道路沿いにあるカフェで訊いてみた。すると店員が、イベント広場の先にあるショッピングセンターを指さした。

「あのビル……?」

「そう、あのなかに駅があります」

 不安を消せないまま歩きはじめた。間違っていてもたいした距離ではない。1分ほど歩くと、ビルの前に出た。見あげると、そこに「SAPA STATION」と書かれていた。しかしその表示にまた戸惑う。

 どこかヨーロッパの駅のような外観なのだ。なかに入ると、何本もの線路があり、10両以上の車両がつながった列車が停まっている。いや違う。僕が乗ろうとしているのは登山鉄道なのだ。

 建物なかに入ってみた。そこには観光客が集まっていた。その先に発券オフィスがあった。そこにも列ができている。

 乗ろうとしていたのは、ムオンホア登山鉄道だった。もともとサパには、標高が3000メートルを超えるファンシーパン山に架けられたロープウェイがあった。サパからロープウェイの乗り口までは車で向かわなくてはならなかった。その間をつなぐ鉄道だった。

 窓口には何種類もの運賃が掲げてあった。しかしそのなかに登山鉄道だけに乗る料金がない。

「あの……。登山鉄道の往復切符を買いたいんですけど」

「は? ロープウェイは乗らないんですか?」

「ええ。鉄道だけ」

 パソコンになにやら打ち込んで、料金がわかったようだった。運賃は往復で5万ドン、約235円だった。せっかくここまできたのだから、ロープウェイに乗ってみてもいい気がした。試しに運賃を訊いてみた。

「登山鉄道とロープウェイがセットになって70万ドンです」

「そ、そうですか。登山鉄道だけで」

 ロープウェイまで乗ると、日本円で約3290円もした。ベトナム人観光客は、そのチケットを次々に買っていく。

 高度経済成長の勢いとはこういうことか……。切符売り場でベトナム人たちをつい見つめてしまった。

 列車はビルの2階から発車した。普通の駅の雰囲気ではない。まあ、登山鉄道だからしかたない。ゆっくりと発車した列車は、短いトンネルを抜けた。すると、棚田が広がるサパの高度感のある光景が広がった。つい見とれてしまった。

 列車は7分ほどで終点に着いてしまった。全長が2キロほどだから当然なのだが。この7分のために、飛行機と夜行列車を乗り継いできたかと思うと、やはり虚しくなる。この企画では何度となく味わっている徒労感でもあった。

 乗客は皆、ロープウェイに向かっていく。僕はすることもないから、駅の周りを歩いてみるしかない。30分ほど時間をつぶし、くだる登山電車に乗った。乗客は僕ひとりだった。まだ午前中である。皆、ファンシーパン山に向かっているのだ。

 

山をくだる登山鉄道からの眺めを車両の先頭から。高度感味わえるでしょうか

 

 サパ駅に着くと、ショッピング街のなかを通って外に出る構造になっていた。ここで土産物などを買わせる作戦らしい。

 このビルの上階はエムギャラリーという高級ホテルになるのだという。登山鉄道はベトナム国鉄に流れる空気はひとつもなかった。別世界だった。乗る必要はなかったのかもしれない。

 

DSCN1130サパ駅。このなかに駅がある。これがいまのベトナムです

 

DSCN1148棚田が広がるサパ。鉄道に乗るより、農村地帯を歩きたくなる

 

 サパのバスターミナルに行くと、ハノイ行きのバスがあった。夕方にはハノイに着くという。ネットでホーチミンシティに向かう飛行機を調べてみた。午前零時近くの便が最終だった。ホーチミンシティ近郊に、未乗車の路線がひとつ残っていた。

 

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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