東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#68

ベトナム・サパの登山鉄道〈1〉

文・写真  下川裕治

東南アジア全鉄道の未乗車区間

 東南アジアのすべての鉄道を乗りつぶすという旅は、『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム編』にまとまった。読んでいただいた方はわかっているのだが、東南アジアの全鉄道を制覇していない。各国に、ぽろぽろと未乗車区間が残っている。

 なぜ乗ることができなかった路線が残ってしまったのか。それは2冊の本のなかで説明している。しかし人によっては、それはいいわけにも映るかもしれない。

 その感覚は書きこんできたつもりだが、東南アジアで全鉄道を乗りつぶすという発想はかなり虚しい。酔狂という話ではなく、彼らの発想が制覇という文字にそぐわないのだ。たとえば東南アジアの鉄道には、廃線という概念がない。「いまは列車を走らせていないが、また運行させるかもしれない」と涼しい顔でいう。ミャンマー国鉄などは、ミャンマー内で運行している路線を正確に把握していない。

 全鉄道を制覇するという試みは、きわめて日本の鉄道に寄り添ったものである。この企画のために費やした3年という年月が教えてくれたことでもあった。

 しかし内心、忸怩たるものはある。

 どこか気持ちが悪い。

 仕事という問題もあった。僕は基本的に本を書いて収入を得てる。しかし乗り残した区間は、東南アジアに散らばっていて収拾もつかない。そして今後、新しい路線が開通したという話が舞い込む可能性もあった。いつ終わるかわからず、本にもならない列車旅。手をつけていいものなのかどうか。そこでも悩んだ。

 しかし収まりがつかないのだ。

 未乗車区間があることがはっきりとわかっているのは、ミャンマー、インドネシア、ベトナム、カンボジアだった。しかしそれ以外の国も、いつ新しい列車が走りはじめるのかわからなかった。運休路線が復活することも考えられた。東南アジアの鉄道から抜け出すことができない不安が募ってくる。どうしてこんなに厄介なものにかかわってしまったのか。

 すべては自業自得であることもわかっている。

 しかし……。

 

ハノイからラオカイ経由でサパへ

 バンコクからハノイに向かった。できるだけ安い便を選んだ。ハノイのノイバイ空港から86番のバスに乗ってハノイ駅に向かう。

 目的地はサパだった。サパに今年の3月末、新しい登山鉄道が開通したという話がベトナムに住む知人が教えてくれた。

 その時期は、『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム編』の原稿に大わらわだった。とてもベトナムまで向かう時間はなかった。

 登山鉄道という点も気になった。ベトナムではダラットの鉄道にも乗っていたが、完全な観光列車だった。生活の足や人を運ぶという目的とはいくぶん違うのだ。しかしやはり気になってしまう。

 ハノイ駅からラオカイ行きの夜行列車に乗ることにした。サパまではハノイ市内からバスも運行されていた。しかしバスでサパに向かい、登山電車に乗って帰ってくるというのも、あまりに鉄道旅と離れていってしまう。やはり列車という気がした。

 ハノイとラオカイを結ぶ路線は、ベトナムの列車に乗りつぶすために、2回も乗っていた。ハノイから朝の列車でラオカイに向かい、夜行列車で戻ってきた。支線と交わらない路線だから、単純に往復するしかなかった。もしあのとき、サパの登山鉄道が開通していたら、足をのばしたはずだった。残った区間をつぶしていくという旅は、これまで以上に効率が悪かった。

 夜の10時にハノイ駅を発車した列車は、早朝の6時にラオカイに着いた。乗客の多くがサパに向かう観光客だった。サパまでの乗り合いバンの運転手たちがホームで待ち構えている。

 サパまでは1時間ほどだという。運賃はひとり30万ドン、約1410円。少し高いな……と思ったが、欧米人や韓国人の観光客がその金額を払って次々に乗り込んでいく。観光地値段ということだろうか。

 乗り合いバンは曲がりくねった道をかなりのスピードでのぼっていく。気圧の変化に耳が痛い。サパは標高1600メートルのところにある。乗り合いバンの終点は、教会前の広場だった。雲が早足で動いていた。山の空が広がっていた。

 

DSCN1127朝の6時にラオカイに着いた。この日は日曜日。客引きも力が入っていた

 

DSCN1128サパの朝。マラソン大会の当日だった。ベトナム中からランナーが集まっていた

 

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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