ブルー・ジャーニー

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#68

バリゴッティ あの角の向こうへ〈4〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

部屋の中の遊歩

 窓のブラインドが開き、日に焼けて迫力のある体つきの女性が身を乗り出す。おそらく50歳を少し超えたあたり。後ろで束ねた栗毛色の髪はほつれ気味だが、真っ赤な口紅は完璧に引かれていて、窓の淵をつかんでいる指先も同じように真っ赤に塗られている。

 眉間にしわ。なにかを心配しているようにも、だれかを怒っているようにも見える。

 しばらく路地に視線を走らせると、女性は首を横に振りながら窓の向こうに消えていった。

 ぶらぶら歩きの途中で目にする、こうした名もなく、だれかに説明しようのない物語が、なぜか遺跡や大聖堂や絵画よりもつよく記憶に残る。

 

0401

 

 ――ローマやパリを見たという旅行者たちを道すがら笑いながら、ぽつぽつ歩いていくことにしよう。――わたしたちを阻むものは何もない。陽気に、空想に身を任せて、その空想がきままに連れてゆくところへ、どこへでもついてゆくことにしよう。(『わが部屋をめぐる旅』グザヴィエ・ド・メーストル著)

 

0402

 

 ここバリゴッティを含め、イタリアとフランスにまたがる一帯を統治していたサルデーニャ王国のサヴォアに、1763年10月10日、グザヴィエは生まれた。

 ピエモンテ―サルデーニャ軍の青年将校になったグザヴィエは、27歳のとき、トリノで同僚と決闘。禁じられていた行為を行ったことに対する懲罰として、連隊長から42日間の自室謹慎を命じられ、壁沿いを歩いても36歩で1周できてしまう長方形の部屋で書き上げたのが『わが部屋をめぐる旅』。1790年、工場の生産ラインのような人の流れからはずれて路地を歩く“遊歩者”登場の少し前のことだった。

 

0403

 

 ――地獄の底から銀河の彼方の星まで、宇宙の果てまで、混沌の入り口まで。これがわたしが暇にあかせて縦横無尽に散歩する遠大な時空である。空間についてと同様、時間についても、わたしの行けないところはないからだ。

 

 ――告白しよう、わたしはこの楽しいひとときを味わうのが好きだ。ベッドの心地よい温もりの中で瞑想する喜びを、いつもできるだけ長引かそうとする。――ことに自分自身さえ忘れてしまうこのベッドよりも多くの空想や優しい考えを与えてくれる場所が、他にあろうか?

 

0404

 

 部屋の中の遊歩者の影響力は空間と時間を超えた。

 サマセット・モームは短編“ホノルル”で言及した。

 ――賢明な旅行者は想像力だけで旅をする。昔のフランス人(実際はサヴォア人)はかつて『わが部屋をめぐる旅』という本を書いた。

 D・H・ローレンスは長編小説『息子と恋人』の中でこの書に触れた。

 ――彼女は学ぶことを欲した。ポールが読めるといった「コロンバ」か「部屋をめぐっての旅」を読むことができたなら、世界は違った顔と深まった尊敬を見せるだろうと思った。

 “漂流怪人”と呼ばれたきだみのるは、一躍その名を知らしめることになった『気違い部落周游紀行』の着想をこの書から得た。

 ――彼は自分の部屋を旅行し、観察し、数々の未知を発見し、これについてのエキゾチクといってよいほどの記録を残している。

 

0405

 

 1852年6月12日、グザヴィエ・ド・メーストルはサンクト・ペテルブルグで死去。享年、88歳。

 墓碑銘につぎの言葉が刻まれた。

 

 この灰色の石の下に

 グザヴィエは眠る、何にでも驚き

 北風はどこから来るのか

 どうしてユピテルは雷を落とすのかと訊ねる

(※ユピテル=ローマ神話の主神。天空の神、転じて気象現象、とりわけ雷を司る神。古代ラテン語から派生。英語読みはジュピター)

 

0406

 

 “遊歩者”や“わが部屋をめぐる旅”という言葉を前にすると、東京から北へ約400キロ、山形県の金山に住む日本のスキー指導のパイオニア、Kさんのことが思い浮かぶ

 

「お疲れさまです」

「疲れてなんか、ない。今、起きたばかりで、なにしようか考えていたところだ」

 受話器に向かって取材の趣旨をつたえると、82歳のKさんは言った。

「なんだか、死にそうなやつの話を聞いてまわっているっていう話じゃないか」。ちょっと間をあけて「それはまことに正しい」

 正確には「正しい」と「正すぃ」のあいだあたり。冷えきった体にアルコールを流しこんだときのような、ポワンとしたぬくもりが耳に残る。

 

0407

 

 ――険しい尾根を越えて非常に美しい風変わりな盆地に入った。ピラミッド型の杉の林で覆われ、その麓に金山の町がある。ロマンチックな雰囲気の場所である。私は2、3日ここに滞在したいと思う。(明治11年7月)

 

 30年に渡って世界各地を旅して歩き、その功績を称えられて英国地理学会の特別会員となったイザベラ・バード。その著書『日本奥地紀行』で「ロマンチックな雰囲気の場所」と賞賛された風景は、いまなお、当時の趣と美しさを残している。

「世界でいちばん好きな町なんだよ。これから100年かけて町作りをしようって、ゆっくりゆっくりやってんだ。ほら、交通安全とかよけいな看板がないだろ。おれ、みんな取らしたんだ。美しくねぇから。わが国の看板はな、こまかく字を書きすぎてんの。あんなもの、車停めて、5分ぐらいかけないと読めないよ。だいたいからして官庁仕事なんだよ。やりましたっていう実績をのこすだけの。スキー連盟がやっていることも、半分ぐらいはそんなもんだろ」

 

0408

 

 春になると数百匹の錦鯉がすがたを現すという水路を越えて、「親父の別荘だった」築120年、金山杉で建てられた家の玄関をくぐる。

「これ、おれがスキー学校を始めた当時の蔵王のパラダイスゲレンデ。昨日、描いたんだ」

「どれくらい時間がかかるものですか?」

「30分ぐらいかな」

 リビングの壁一面に自らの手による絵が掛けられている。金山町のさまざまな風景。サンアントンを始めとする世界各国のスキーリゾート。フランスの世界遺産、モン・サン=ミシェルなどの建築物や遺跡。すべては金山弁が闊歩した場所だ。

「なぜ絵を描くかっていうと、写真とちがって想像や夢も描けっから。夏になったらこの山どうなるんだろう、そう思いながらスキーを滑るのと同じなんだ。家を描くときは、ここのばばぁ出てこないかな、なんてな。そういう想像をちょこっと入れているから、絵じゃなくて挿絵、物語だな」

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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日本ラグビー 凱歌の先へ
編著・日本ラグビー狂会

     

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