ブーツの国の街角で

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#68

シャモワ:アルプスのプロが惚れ込んだ秘密の避暑地

文と写真・田島麻美

 

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もはや毎夏の恒例となったヴァッレ・ダオスタの山歩き。モンブラン、グラン・パラディーゾ周辺は歩き尽くし、今年はいよいよ念願のマッターホルン(伊語でチェルヴィーノ)を目指すことにした。目標が定まったら、まず最初にぶち当たるのが「何処を拠点にするか」という問題。今回はレンタカーも借りない計画だったので、ベースとなる宿はバスでアクセスできる場所になくてはならないのだが、マッターホルン周辺は私と相棒にとって未知のエリアで何を基準に選べばいいのか見当がつかない。困った末に駆け込んだのが、オーナーもスタッフもプロの登山家が揃っている近所の登山専門店。イタリア国内の山という山を歩き尽くしている彼らなら、きっと良いアドバイスをくれるに違いないと思ってドアを叩いた。「マッターホルン周辺でバスでアクセスできて、登山道が豊富で静かなところはあるか」とわがままな要求をぶつけてみると、彼らは「本当は秘密にしておきたいんだけど、とっておきの場所があるよ」と言って「シャモワ」という村を教えてくれた。初めて聞く地名でどんな環境なのか想像もつかなかったが、アルプスを歩きつくしたプロ達が惚れ込んだところだからきっと素晴らしいに違いない。そう信じて列車に乗り込んだ。
 

 

ロープウェイの終点が村の入り口
 

  車なしでヴァッレ・ダオスタ州の各街へアクセスするには、トリノかミラノからバスを利用するのが一番便利である。我々もトリノのポルタ・スーザ駅前から高速バスに乗り込み、シャティヨンを経由して約2時間半で目的の停留所ブイッソンに到着した。「シャモワの村にはロープウェイか徒歩でしか入れない」と聞いていたのでバスの運転手に確認すると、「停留所からまっすぐ1分歩けばシャモワ行きロープウェイの乗り場に着くよ」と教えてくれた。ブイッソンとシャモワを繋ぐ唯一の公共交通機関であるロープウェイに乗り込むと、10分足らずの時間で700mの高低差を一気に登って行った。まるで天空の村のようなシャモワの駅に降り立つと、下界とは全く違う新鮮な空気と爽やかなそよ風が歓迎してくれた。
  シャモワは人口100人に満たない小さな山間の村と聞いてはいたが、実際に村を歩いてみるとその素朴さに改めて感激する。ロープウェイの駅前広場に集中している主な施設は古いアパートのような3階建ての市庁舎と真っ白な教会、バールが一軒、食材から医薬品、衣類、お土産物まで取り揃えた「なんでも屋」のショップが一軒。あとはレストランが2軒あるのみという文字通り「小さな村」である。この村で恐らく一番重要だと思われる施設はスキー用の二人乗りリフトで、このリフトを乗り継いで行くと、キャンプ場やバーベキュー施設も備えたロド湖から、マッターホルンの大パノラマが見渡せる標高2500mのフォンタナ・フレッダの丘まで登ることができる。冬はスキーのメッカでこの小さな村に世界中からスキー・マニアが集結するそうだが、夏の間は家族連れや単身ハイカーがほとんどで、周囲はいたってのどかな雰囲気に満ちている。
 

 

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イタリア国内で唯一の「車でアクセスできないコムーネ(基礎自治体)」であるシャモワ(上)。ブイッソンとシャモワを結ぶロープウェイは一年を通じて朝7時から夜9時まで運行している(中上)。村の広場から見た教会と左に隣接するロープウェイの駅(中下)。広場に面したバールと山小屋風の可愛い市庁舎(下)。
 

 

 

楽々リフトでマッターホルンを眺めに行く

  必要最低限の施設以外は何もないシャモワの村には、夜が賑やかな海辺のバカンス地とは180度異なる自然のリズムに沿った暮らしが息づいている。人混みを極力避けて静かな環境で大自然と触れ合いたい我々にとってこれ以上のバカンス地はないのだが、イタリアの友人や家族からはあまり評価されない。真っ青に輝く海を眺めながらビーチで肌を焼き、新鮮なシーフードをたっぷり味わい、何も考えずにひたすらリラックスするというのがイタリアでは一般的なバカンスの過ごし方である。それに対し我々のバカンスは、「朝6時半起床、朝食を済ませて8時には登山道に入り、毎日6〜8時間ひたすら歩く。夕方宿に戻って爆睡し、夕食を食べ、夜は天気予報とにらめっこしながら翌日の登山ルートを調べる」というもの。周りからは、「それってバカンスじゃなくて山岳部の強化合宿じゃない」と言われる。しかしながらリラックスの定義は人それぞれで、山を愛する我々にとっては、太陽とともに寝起きし、新鮮で涼しい空気に包まれながら体を動かし、息を呑むような絶景をこの目に焼き付けるというのが何よりの喜びなのだ。
  シャモワに滞在中も私が期待した以上の素晴らしい風景と出会うことができた。その一つが標高2500mのフォンタナ・フレッダで体験した大パノラマ。山頂までは歩いて登らなければ行けないが、3つのリフトを乗り継いだ終点にも周囲の山々を360度見渡せる展望スポットがあり、小さな子どもからお年寄りまで楽にアクセスすることができる。私たちもこの日は本格登山を一休みし、早朝から童心に返って大はしゃぎしながらリフトに乗った。徐々に高度を上げて行く周囲の風景を楽しみながら3つのリフトを乗り継ぎ、最後のリフトを降りると目の前にマッターホルンの尖った山頂がどんとそびえていた。思わず言葉を失うほど雄大な眺めである。そこからぐるりと見渡して背後を見ると、右手に真っ白な雪を頂いたモンブラン、左手にはグラン・パラディーゾの山頂のパノラマが広がっていた。雄大な山々と下界を一度に見渡すと、人も車もまるで小さなアリのようにしか見えない。私たちが日々感じているストレスも不安も、頭を悩ます問題も、この壮大な大自然の景色の前では取るに足らない些細なことに思えてくる。
 

 

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標高1815mのシャモワの村から第一リフトに乗り込む(上)。最初の乗り継ぎ地点・Lago Lod/ロド湖。周辺にはバーベキュー施設やハイキングコース、パラグライダー場、バール兼トラットリアなどが揃っている(下)
 

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第二リフトから第三リフトの乗り場へと向かう途中の風景。既に標高2200m超、周囲の景色がどんどん変わって行く(上)。リフトの終点は大展望スポット。マッターホルン山頂と周囲の山脈のパノラマが360℃楽しめる(中)。反対側には4000mを超える雪を頂いたアルプスの名山が広がる。右手がモンブラン、左手はグラン・パラディーゾの山頂(下)
 

 

 

絶景テラスでバーベキュー・ランチ

 

  早朝からアルプスの大パノラマを存分に満喫し、近くの山の頂上まで軽いトレッキングで体を動かした後、第一リフトの乗り換えポイントまで降りてロド湖周辺を散歩。そろそろお腹も空いてきたところで向かったのは、湖畔にあるバール兼トラットリア。ロド湖畔には食事も楽しめるバールが数軒あり、リフトが動いている時間帯ならいつでも利用できる。その中の一軒が、「今日は週に一度の〝バーベキュー・ランチ・デイ!〟」という看板を掲げていたので早速席を取った。アルプス山脈の眺望が素晴らしいテラス席に座り、冷たいビールでまずは喉を潤す。軽い運動の後、爽やかな風に吹かれながら味わうビールは言葉に尽くせない美味しさ。まるで雲の上にいるかのような雄大な景色が目の前にあれば、その味はさらに格別である。極楽のひと時を過ごしながら食べる準備が整ったところで、いよいよお目当のミックス・グリルが運ばれてきた。店の看板の横に「当店の料理はボリューム満点です」とわざわざ注意書きが出ていたが、目の前の皿はまさに山盛り。でも朝から動いてお腹はペコペコだったので、難なく平らげる自信があった。肉も野菜も屋外のバーベキュー・グリルで焼き上げたばかりでとても香ばしく、噛み締めるほどに味が深まっていく。野趣たっぷりのランチはお腹も心もしっかり満たしてくれた。
 

 

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リフトが通る3つのポイント周辺にはトレッキング・コースも多数。第一リフトから第三リフトの終点まで歩くことももちろんできる。但し、高低差はかなりあるので、足に自信がない人は楽ちんなリフトを利用した方がいい(上)。ロド湖畔にあるバール兼トラットリアのテラス席。絶景を眺めながら美味しいランチが楽しめる(中上)。イタリアの山でビールといえばこの『Forst/フォルスト』が定番。すっきりした喉越しでとても美味しい(中下)。牛肉、豚肉、ソーセージ数種と野菜たっぷりのミックス・グリル(下)
 

 

気まぐれ店主の絶品ジェラート

 

  シャモワで忘れられないものがもう一つの味が、『蜂蜜のジェラート』である。
  滞在していたホテルにとても気のいい若いフロント係のお兄ちゃんがいて、私は毎日朝夕、フロントの前を通る度にこのお兄ちゃんとおしゃべりするのを楽しみにしていた。山で暮らす人々の例に漏れず、彼も相当な登山愛好家であるらしく、初めてシャモワを訪れた私にオススメの登山ルートや周囲の細かい情報をあれこれと伝授してくれた。中でも彼が目を輝かせて熱く語ってくれたのが、隣村までのハイキングコースの終点にある『蜂蜜ジェラートの売店』。なんでも地元の養蜂家が手作りで作っているジェラートで、新鮮な牛乳と砂糖の代わりに蜂蜜をたっぷり使って作るのだという。但し、ここから1時間以上歩かなければ売店にはたどり着けない。一瞬ひるんだが、「シニョーラ、このジェラートはここでしか味わえない絶品なんです。絶対に食べに行く価値がありますよ!」と力説されたので、翌朝トライすることにした。
  シャモワから隣村のラ・マグデレイネまで歩くこと1時間ちょっと、森の中の遊歩道の終わりに目的の売店らしき小屋があった。しかし扉は閉まっている。ドアにはセロテープで貼り付けた殴り書きのメモが一枚。『午後2時開店』。ショックだったが、まあ仕方ない。来た道をとぼとぼとまた1時間歩いて引き返し、午後もう一度トライすることにした。2度目の訪問時はちゃんと開いていた。お兄ちゃんが絶賛した通り、なめらかな口どけ、ほんのり甘い蜂蜜の風味、ミルクも果物も新鮮そのもののジェラートは今まで食べた事がないほどデリケートな美味しさで、目が覚めるような思いがした。シャモワを発つ前日、もう一度だけこのジェラートを食べておきたいと、今度はちゃんと午後2時過ぎに着くよう計算し、また1時間かけて歩いて行った。売店は閉まっている。ドアには又しても殴り書きで『今日は休み』というメモが貼ってあった。当たれば天国、外れたら地獄…。ドアの殴り書きが恨めしい。本気で涙目になっている自分をなだめ、あの繊細な絶品ジェラートの味を舌の上で再現しながら、渋々とまた1時間の道のりを歩いて帰った。
 

 

 

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シャモワの村外れにあるトレッキングコースの入り口から歩いて行く。ルート107は別名「グランデ・バルコナータ・ディ・チェルヴィーノ(マッターホルンの大バルコニー)」と呼ばれている登山道(上)。二つの村を結ぶ道のりは誰でも難なく歩けるハイキングコースになっている(中)。森林浴を楽しみながら、道中マッターホルンの雄姿も望める(下)
 

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ラ・マグデレイネの村の入り口にあるジェラートの売店。電話がないので、ここまで歩いて来ないと開いているかどうかわからない。危ない賭けではあるが、ジェラートを食べてみればトライする価値があることはわかる(上)。売店の隣には蜂の巣箱もある(中)。これが絶品『蜂蜜ジェラート』。今まで食べた中でダントツ1位の美味しさだった(下)。
 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマから高速鉄道でトリノ・ポルタスーザ駅まで約4時間。ポルタスーザ駅前のバス・ターミナルからSavda社のバスでシャティヨン/Chatillonまで1時間25分、シャティヨンでチェルヴィニア/Cerivinia行きに乗り換え25分、ブイッソン-シャモア/Buisson-Chamoisで下車。そこからロープウェイ/Funivaで10分足らずでシャモア村に着く。ロープウェイは通年で毎朝7時から9時まで30分間隔で運行している。6月中旬から9月上旬までは運行本数が増える。
 

 

<参考サイト>

シャモワ観光情報全般(英語)

http://www.lovechamois.it/en/

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年9月25日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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