旅とメイハネと音楽と

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#68

ギリシャ・ナクソス島の料理教室〈1〉

文と写真・サラーム海上

 

ナクソス島の小さな村で家庭料理を習う

 2018年6月23日、僕はサントリーニ島発午後3時半のフェリーに乗りこみ、群青色のエーゲ海を二時間北上し、次なる目的地ナクソス島に向かった。

 ナクソス島はキクラデス諸島中もっとも大きな島。面積は屋久島より若干小さく、人口は約1万3千人。この島も観光地ではあるが、カルデラ地形の特別な景観により、島のどこにいても絶壁にへばりつく集落と眼下の海が見わたせ、祝祭的な気分になれるサントリーニ島と比べると、ごくごく普通の田舎の島である。しかし、それだけにサントリーニ島のように全ての物価が観光地仕様ではなく、ギリシャの平均的な物価で、地元の人々の地に足の付いた生活を見ることが出来る。

 

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サントリーニ島から高速フェリーに乗って2時間のエーゲ海クルーズ

 

 この島で僕は観光名所であるアポロン神殿に用事があった。というのも、2018年1月にインドの映画館で観たボリウッドのスパイアクション映画「Tiger Zinda Hai(タイガーは生きている)」のテーマ曲「Swag Se Swagat」のミュージカルシーンがアポロン神殿で撮影されていたのだ。

 主演のサルマーン・カーンとカトリーナ・カイフがアポロン神殿をバックに沢山のダンサーたちとヒップホップ・ダンスを踊り、歌のサビの部分でチョキに握った両手を両目の前に止めるポーズをキメる。ナクソス島に行くなら、僕もアポロン神殿を背にしてこのポーズをキメないとボリウッド好きとしては失格だ!

 

 

tabilistavioma1ナクソス島上陸直前にアポロン神殿が見えてきた!

 

 夕方5時半にナクソス島に到着し、埠頭前のレンタカーオフィスで予約していた小型車を一台借りた。そして、繁華街から車で40分ほど島を南西に下った郊外のビーチ沿いにあるリゾートホテルにチェックインした。小さな島だけに繁華街から一歩外れると、山の斜面に農地が広がり、人の姿はほとんど見ない。走っている自動車も少ない。夜になると、ホテルの部屋からも空の星がくっきりと浮かんで見えた。

 

tabilistavioma1滞在したホテルの正面のビーチ。誰もいない……

 

 翌日の午後は内陸の小さな村にある料理教室『ヴィオマ(VIOMA)』を訪れた。サントリーニ島で訪れたSeleneの料理教室が高級レストランのメニューだったので、二度目はもっと日常的な家庭料理を習いたかった。ネット検索すると、ナクソス島にもいくつかの料理教室を見つけたが、地元食材や家庭料理に特化していたヴィオマを事前予約した。

 

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ヴィオマ目指して内陸へと車を飛ばす

 

 村の入り口の道に車を停めていると、大きなメガネをかけた色白の若い女性から話しかけられた。

「日本からのお客さんね。私はカテリーナ。ヴィオマにようこそ!」

 車を降り、カテリーナに案内され、瀟洒な邸宅が並ぶ細い石畳の道を歩く。人気のない道に痩せた猫たちが顔を出し、こちらに興味なさそうにゆっくり歩いていく。

「この村は今はたった40人しか住んでいないの。人間よりも猫の数のほうが多いくらいよ。さて、着いたわよ」

 薄い水色の扉をくぐり、階段を登ると、2階は右側にサンルームがあり、左の扉を開けるとキッチンとリビングが広がっていた。キッチンではニコニコ顔のおばちゃんが待っていてくれた。

 

tabilistavioma1人口40人の集落

 

tabilistavioma1メガネを外したカテリーナとヴィオマの入り口

 

tabilistavioma1二階右側のサンルーム

 

「母のマリアよ。ヴィオマとはギリシャ語で『人生の体験』という意味で、母と一緒に島に伝わる料理の教室や美食ツアーを開催しているの。今日はリクエストに応えて、タコの料理をメインにサラダや前菜、粉物やデザートまで作るわ」

 うぉ~、それは嬉しい! 今回僕は事前にタコ料理のリクエストを出しておいた。サントリーニ編の第一回目#62に書いたとおり、僕はこれまでトルコのメイハネやイスラエルのレストランでタコの料理を楽しんできたが、実際に中東でタコを調理する場面を見たことがなかった。タコを調理したことのある友人もいなかった。ギリシャのタコ料理を知れば、中東のタコ料理を知る突破口が開くはず。そんな藁をもつかむ思いでタコ料理のリクエストを送っておいたのだ。

 

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ヴィオマのキッチン

 

「まずギリシャのパイ『ピッタ』の生地から作りましょう」

 ピッタはトルコのピデ、イタリアのピッツァと同種の、薄い生地に具材をのせて焼いたパン。マリアさんがキッチンの丸テーブルの上に生地の材料を並べ始めた。

 若干色の付いた小麦粉、オリーブオイル、塩、ワインビネガー、そしてお湯。小麦粉はヨーロッパなどで主流の、ベーキングパウダーを加えたセルフレイジングフラワーを使っていた。しかも少々全粒粉入りのものだった。日本で作る場合は自分で薄力粉と全粒粉とベーキングパウダーを混ぜれば良い。

 大きなボウルに材料を全て入れて、両手でよくこねていく。なるほど、ピデやピッツァと違い、イーストを入れないのがピッタの特徴のようだ。

 

tabilistavioma1ピッタの生地の材料をテーブルに並べて。オリーブオイルはなんと自家製!

 

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生地の材料をボウルに入れて

 

「生地をよくこねたら、ラップしてしばらく寝かせておきます。その間に具を三種類作ります。一つ目は黒オリーブのペースト、二つ目はフェタ・チーズ、そして三つ目はズッキーニとフェタ・チーズとディルと卵です」

 フェタ・チーズはトルコの白チーズ、ベヤズ・ペイニルと同じものだが、ギリシャはEUだけにPDO(EUの原産地名称保護制度)によって厳格に品質管理され、牛乳、山羊乳、羊乳を一定の割合で混合したギリシャ産のものだけがフェタと認定される。ちょっと酸っぱくてしょっぱい白チーズは中東や東地中海全域で作られているが、その中で、ある定められた方法で作られたギリシャ産のものだけがフェタと呼ばれる。ちょうどスパークリングワインとシャンパンのような関係だ。

 さて具にはズッキーニをチーズおろしでガシガシと摺りおろし、フェタチーズはフォークを使ってポロポロにほぐす。

「おろしたズッキーニはオーブンで焼くと水分がたっぷり出るので、布に入れてギューと絞って水分をしっかり切るのが重要よ」

 と言ってカテリーナが布に包んだズッキーニを両手で雑巾のように固く絞ると、緑色の果汁がジューっとボウルの底にたまった。ズッキーニをすりおろすのも初めてだが、すりおろしたズッキーニを絞るのも初めてだ。

 絞ったズッキーニはほぐした白チーズ、みじん切りにしたディルとわけぎ、更に溶き卵を加えて、よく混ぜて、塩胡椒しておく。

 

tabilistavioma1ズッキーニをチーズおろしですりおろす。初体験!

 

tabilistavioma1すりおろしたズッキーニを布に包んで絞る!

 

tabilistavioma1フェタ・チーズの塊。日本で買うと高いよ~!

 

tabilistavioma1フェタをフォークでポロポロにほぐす

 

tabilistavioma1ディルもたっぷり刻んでおく

 

tabilistavioma1卵も溶いて混ぜ合わせたピッタの具

 

「具の用意が出来たら、ピッタの生地を伸ばします。生地を一つ250gくらいに取り分けてボール状にまるめてから、テーブルの上に打ち粉を打って、麺棒で縦長に伸ばしていくの」

 生地を縦長に伸ばしていくと、長さ40cm、幅20cmほどの楕円形というか舟型になり、トルコのピデと全く同じ形になった。その生地の中央に先程のズッキーニと白チーズの具をたっぷりのせ、これもまたピデと同様に生地の縁を内側に折込んで舟型に仕上げる。

 残りの2つの生地には黒オリーブのペースト、フェタ・チーズと卵をほぐしただけのものを塗った。この2つは舟型ではなく、端から細い筒状にくるくると巻いた。

 

tabilistavioma1ピッタの生地を舟型に伸ばしていく

 

tabilistavioma1伸ばした生地にズッキーニとフェタの具を生地の中央にたっぷりのせる

 

tabilistavioma1トルコのピデと同じ形に外側から巻き込む

 

tabilistavioma1黒オリーブのペーストはまんべんなく塗り、細く棒状に巻く

 

tabilistavioma1棒状に巻いたピッタをとぐろを巻いた形に形成する

 

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表面にオリーブオイルを塗りと白ごまで飾る。「ゴマは島の産物ではなく、アジアからの輸入食材よ。でもナクソスのピッタにはゴマを使わないものはないのよ」とカテリーナ

 

tabilistavioma1三種のピッタ。上右はフェタと卵を具として巻き込んだ

 

 形成した3つのピッタはオーブンシートを敷いた天パンに並べ、生地の表面にたっぷりの自家製オリーブオイルをヘラで塗り込み、上から白胡麻をたっぷり振りかけた。

「あとは180度のオーブンで20~30分、表面がきつね色になるまで焼くだけよ」

 これで一品目は仕上がった。メインのタコ料理は次回をお楽しみに!

 

tabilistavioma1180度に熱したオーブンで焼く

 

tabilistavioma1左が黒オリーブのピッタ、右はフェタと卵のピッタが完成

 

 

黒オリーブのペースト巻きピッタの作り方

 さて、ズッキーニと白チーズのピッタは新刊『MEYHANE TABLE More!』にレシピを掲載したので、今回は黒オリーブのペーストを巻き込んだピッタのレシピを紹介しよう。

 黒オリーブのペーストは、フランス料理でタプナードと呼ばれる。しかし、フランスのタプナードにはアンチョビーが入っているのに対し、ギリシャやトルコのものは完全ベジタリアン仕様なのが特徴だ。種つきの黒オリーブを使うとより濃密な味に仕上がる。

 日本では美味しい黒オリーブは高いので、トルコやギリシャを訪れたらキロ単位で買って帰り、冷凍庫で保存しよう。

 

 

■黒オリーブのペースト巻きピッタ

【材料】

*黒オリーブのペースト:作りやすい分量

黒オリーブ(種つき):300g

EXVオリーブオイル:1/2

レモン汁:1/2個分

にんにく:1/2~1かけ

乾燥タイム:小さじ1/2

スマック:小さじ1/2(省略可)

塩:少々

 

*生地:2枚分

薄力粉:250g

全粒粉:50g

塩:小さじ1

ベーキングパウダー:小さじ2

ぬるま湯:150cc

ワインビネガー:大さじ1

EXVオリーブオイル:大さじ1

 

EXVオリーブオイル:大さじ2

白ごま:大さじ2

 

【作り方】

1.黒オリーブのペーストを作る。ろうとを逆さにしてまな板の上に置き、種つきの黒オリーブをろうとの口に押し付けると、するっと種が取れる。黒オリーブの実だけ、残りの材料を全てフードプロセッサーに入れ、少々食感が残る程度のペースト状になるまで撹拌する。ペーストは熱湯消毒したガラス瓶に入れ、空気に触れないようにオリーブオイル(分量外)で密封し、冷蔵庫で保存する。

2.大きなボウルに生地の材料全てを入れ、生地がまとまるまで10分ほどこねる。またはホームベーカリーのパン生地コースで自動化。生地は2等分し、団子状に丸めてからやすませておく。

3.打ち台に打ち粉(分量外)を振り、生地を置き、指先で縦の楕円状に延ばしてから、麺棒で縦40cm、横25cm程度まで薄く延ばす。

4.3の表面に1の黒オリーブのペーストをまんべんなく塗り、短端から細く丸めていく。巻き上がったら、とぐろを巻いた形に並べ、オーブンシートを敷いた天パンに並べる。

5.生地の表面にハケでEXVオリーブオイルを塗り、白ごまを散らす。

6.天パンに移し、180度に熱したオーブンで20~30分、表面に焼き色が付くまで焼く。

 

 

 

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*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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