越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#68

カンボジア・ポイペト(鉄道建設編)

文と写真・室橋裕和

 たびたび訪れてきたポイペト国境に、大きな変化が現れた。ついに鉄道が開通したのだ。そしていずれは国境を越えて、タイ側の鉄路と接続され、国際列車も走るのだという。国境の鉄道旅を満喫すべく、僕はバンコクを出た。

 

下川御大もまだ乗っていない路線

 いったい何度目、いや何十度目だろうか。僕はまたしてもタイ=カンボジア国境の街ポイペトを目指していた。この国境をくぐりぬけた回数では、僕は日本人トップではないだろうか。本連載#01や、つい最近では#65でも紹介してきた国境をわざわざ再訪したのはもちろん理由がある。ポイペトにとうとう鉄道が開通したと聞いたのだ。
 感慨深いものがある。
 カンボジアの鉄道はフランス植民地時代に建設されたものだ。しかし内戦によって運行は停止し、駅も線路も大半が破壊されてしまった。ポイペトはポル・ポト派の手に落ち、街は荒廃し、ヤクがあふれ、暴力の支配するガチ「北斗の拳」シティーとして名を馳せた。内戦が終わり、国境が開放されてからもしばらくは治安劣悪で、浮浪児が這い回り、あやしい連中が次々に声をかけてくる荒んだ国境として知られていたのだ。
 それがとうとう鉄道復旧なのである。20年間に渡ってポイペト国境の変化を見続けてきた僕としても嬉しい。そこで今回は、東南アジア全鉄道走破を目論んでいる下川御大もまだ乗っていないこの鉄道を目当てにやってきたのだ。

 

01
タイ側のイミグレーションも改修されていた。エスカレーターなんてなかったような?

 

国境は各所で工事が進んでいた

 変化はすでにタイ側にも現れていた。
 バンコクを出たロットゥー(乗り合いバン)は、3時間ほどでポイペト目前までやってきたのだが、国境のだいぶ手前で停車してしまうのだ。
「こんなものができてる……」
 そこはいわばロットゥー・ターミナルとでもいおうか。スワンナプーム空港やチョンブリーなど各地からやってきたロットゥーが集まる場所になっていたのだ。ちょっとした屋台街まで併設されている。ここから国境まではソンテウに乗り換えて60バーツ(約205円)だという。いままではイミグレーションのすぐそばまで乗り入れてくれたのに……。ソンテウの客引きの声に利権の匂いを感じる。だがなめるなよ。そこらの一見ではないのだ。ここからイミグレまで歩いたって15分ほどの距離だってことはわかっている。客引きどもをけちらして僕は歩き出した。
 炎天下である。
 厳しい直射日光に射抜かれ、ソンテウに乗らなかったことをやや後悔するが、それ以上に驚いたのはあちこちで行われている工事だった。道路を拡張し、大規模なラウンドアバウトを整備している。国境の目の前には大きな市場が広がっているのだが、これも拡大しようとしている。新しいホテルもある。そして国境市場に隣接して、大きなショッピングモールが建設されているではないか。KFCまで入っている。北斗の拳時代がウソのようだ。
 イミグレーションのわきには、建設されて間もない鉄道駅の雄姿が認められた。「BAN KLONG LUK BORDER STATION」とある。カンボジア鉄道はここでタイ側と接続する計画なのだ。その前段階としてまずカンボジア側で運行がはじまったというわけだ。
 ポイペト国境は鉄道によってずいぶんと様変わりしていきそうだ。経済効果はけっこうなものなのかもしれない。

 

02
タイ側も線路の整備は完了しており、あとは接続を待つばかり。線路に立ち入っても別に怒られない

 

03
タイ国境側の新駅。取材時はまだ入ることができなかった

 

新しい国境ゲートに込められた夢

 工事は国境をまたいであちこちで進められている。名物のカジノもさらに増設中だ。そして……ポイペト国境の象徴だったゲートがなくなっているではないか! クメール遺跡を模した堂々たる国境ゲートの下を、僕は何度もくぐり抜け、来るたびにいちいち写真に収めてきたものだ。カンボジアビザ発給の係官に聞いてみると、
「いま新しいゲートを建設中さ。列車も通過できる、でっかいやつなんだ」
 と胸を張る。カジノエリアを抜けたあたりでも大規模な工事が進められており、そのあたりに新ゲートは建てられるらしい。まさにタイ側カンボジア側あげて、国境の大改造が行われているのだ。

 

04
国際列車はカジノの目の前を走る予定のようだ

 

05
新しい国境ゲートの完成予想図。けっこうでかいものになるらしい

 

 

鉄道駅までやってきたのだが……

 国境から500メートルほどだろうか。国道5号線に沿った南側に、真新しい駅が誕生していた。クリーム色の駅舎はコロニアル様式を意識したものだろうか。
 調べたところポイペト駅からはいまのところ、およそ50キロ先の街シソポンまで列車が運行されているらしい。わずか50キロだが、カンボジアにとっては大いなる一歩、といったところだろう。さあ、その記念すべき路線にいざ……と思い駅に入ってみるのだが、あ、あれ?
 がらーんとした構内は無人であった。時刻表の類もなにもない。ホームへの出入口はシャッターでふさがれ、とても列車が発着している様子はない。立ち尽くしてしまった。
 よく見れば、窓口の隅っこに係員らしき女性が座ってスマホに夢中になっているではないか。とはいえ制服を着ているわけでもないのだが、窓口にいるからには関係者だろう。
「あ、あの、シソポン行きなんですが……」
「のーはぶ」
 英語がわかるのは助かったが、列車はないと首を振るばかりなのである。
「ポイペトからシソポンに1日3本、走っていると聞いたのですが」
「年内はもう走りません」
 きっぱりと宣告されてしまう。このとき2018年12月25日、クリスマスであった。いかなる理由で運行が中止になっているのか、彼女もよく知らないのだという。カンボジア国鉄はとってもアバウトなのであった。
 さすがに1週間も待ってはいられない。なんのために国境を越えてきたのか無力感に襲われるが、旅はこういうこともある。
「そのかわり、新年から」
 がっかりする僕をなぐさめるように、係員が続けた。
「2019年の1月1日からは、プノンペンからここに鉄道がつながるんです。シソポンまでじゃなくって、プノンペンまで」
 おお、ついにカンボジア横断鉄道が開通するのか。新時代の幕開けのように誇らしく告げる彼女にお礼を言って、駅を出た。仕方ない、次はプノンペン行きに乗ろうではないか……。

 

06
いたってシンプルなポイペト駅だが、いずれ国際列車も走るのだ

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

*好評発売中!

『最新改訂版 バックパッカーズ読本』

発行:双葉社 定価:本体1600円+税

 

cover

 

 

 

BorderAsia00_writer01

室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

紀行エッセイガイド好評発売中!!

ISBN978-4-575-31280-5

最新改訂版 バックパッカーズ読本

     

越えて国境、迷ってアジア
バックナンバー

その他の辺境・秘境の旅

ページトップアンカー