ブーツの国の街角で

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#67

バニャイア:中世の街並みとルネサンスの噴水庭園

文と写真・田島麻美

 

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ローマの自宅で暑さに耐える毎日にうんざりしながらネット・サーフィンをしていた時、画面にふと涼し気な緑と噴水の画像が現れた。噴水庭園といえばティヴォリのヴィッラ・デステが有名だが、写真を観るとそれに勝るとも劣らない美しい庭園のようだ。気になって調べてみると、この庭園「ヴィッラ・ランテ」はヴィテルボ近郊のバニャイアという小さな村にあるらしい。ヴィテルボならローマから鉄道とバスでアクセスできるし、車があれば更に近い。ちょっと涼をとりに出かけるのも悪くないなと思い立ち、同じように暑さにうんざりしていたローマ人の親友を誘ってみたところ、喜んで車を出してくれることになった。束の間の涼を求めて、早朝から日帰りドライヴに出かけることにした。
 

 

イタリア庭園の最高傑作と謳われる噴水庭園
 

   バニャイアの駐車場に車を停め、「Villa Lante / ヴィッラ・ランテ」の標識を目印にコンクリートの階段を登っていくと、目の前に突然、中世時代の衣装を身につけた人々の壁画があわられた。真っ赤なドレスの女性が、誘うように隣の入り口を指差している。どうやらこの通路が街の入口らしいが、テーマパークのアトラクションの入口のような仕掛けになんだかドキドキしてきた。中世の村人達の日常風景が描かれた通路を抜けると、バニャイアの中心9月20日広場に出た。右を向くと遠くにヴィッラ・ランテの門が、左を向くと古めかしい時計塔が見える。広場のバールで尋ねると、塔の先には中世の街並みがそのまま残る集落があることがわかった。これは見逃せないと思ったが、バニャイアは小さな村なので散策する時間はたっぷりある。太陽が本気を出す前に、まずはヴィッラ・ランテを見学してから集落を散策しようと決めて歩き出した。
   ヴィッラ・ランテで入場チケットを購入すると、窓口のシニョーラが「今日は館内の特別公開もしているから良かったら予約する?」と尋ねてきた。普段は一般公開されていない二つの館をガイド付きで見学できるという。人数限定だが、ツアー代は入場券に含まれているので追加料金は不要。思いがけずラッキーな展開に喜んだ私達は早速予約リストに名前を書き、ツアーが始まるまでの時間を噴水庭園散策で過ごすことにした。
 

 

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バニャイアの駐車場から旧市街へと通じる通路の入口。迷路のような通路の壁面には中世の人々が描かれている(上)。広場右手のバロッツィ通りの再奥にヴィッラ・ランテの門が見える(中上)。庭園のエントランスにある見事な彫刻が並んだ「ペガサスの噴水」(中下)。美しい幾何学模様の緑が様々な噴水を取り囲むヴィッラ・ランテの庭園(下)。
 

 

   バニャイアの街を見下ろすチミーニ連山の斜面に作られたヴィッラ・ランテは、16世紀にヴィテルボの司教であったランチェスコ・デ・ガンバラ枢機卿の別荘として建設された。幾何学模様の迷路のような緑、高低差のある地形を活かした回遊式噴水、左右対称に建てられた二つの館など、この土地の自然環境を最大限に利用しつつ当時の建築技術と芸術の粋を集めて造られたこの別荘はイタリア式庭園の最高傑作として名高く、2011年には「イタリアの最も美しい庭園」で堂々一位に輝いたそうだ。朝の風に吹かれ、涼やかな水音をBGMに美しい庭内を散策していると、ルネサンスの貴婦人にでもなったような気分。更に面白かったのが、庭園の至る所に潜んでいる「海老」探し。イタリア語で「ガンベロ」は海老を意味するが、ヴィッラの所有者であったガンバラ枢機卿は自身の家名「ガンバラ」から連想される海老のモチーフの彫刻や壁画などを庭園内の各所に散りばめた。いかにも貴族的な遊び心たっぷりの仕掛けが、優雅な庭内散策をより一層楽しくしてくれる。
 

 

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庭園の中央に位置する「巨人達の噴水」。上部中央から海老が水を注ぎ込んでいる(上)。高台からバニャイアの街を見下ろすテラスまで一直線に伸びた「鎖の噴水」。巨人達の噴水の海老のちょうど背の部分にあたり、巨大な海老のようにも見える(中上)。ヴィッラの再奥、最も高台に位置しているシダの緑が美しい「洪水の噴水」。ここから流れ落ちる水が園内の各噴水に循環するシステムになっている(中下)。古代ローマをモチーフにしたガゼボにはガンバラ家の家紋である「海老」のシンボルが彫られている(下)

 

 

ルネサンスとバロックの対比が見事な二つの館

   噴水庭園を散策して涼を満喫するうち、予約したガイド付きツアーの開始時間がやってきた。ヴィッラの入口に集合した20名弱の参加者をリストで確認すると、大きな鍵束を持ったガイドのおじさんが、「じゃあ、行きましょうか。私に付いてきて下さいね」と声をかけて歩き出した。
   最初に入ったのは、庭園から見て右手にある館。小さな扉を開けて中に入った途端、参加者のため息が聞こえてきた。ガンバラ枢機卿の館として1568年から1578年の間に建てられた館は、ルネサンス後期の珠玉の芸術で彩られている。特に各部屋の壁面から天井までを装飾するフレスコ画と彫刻が見事で、保存状態も素晴らしい。館の規模はこじんまりしているものの、聖職者の別荘らしく聖書の一節をモチーフとしたフレスコ画と白・金・黄色を基調とした華麗な室内装飾は気品に溢れている。窓辺には幾何学模様の噴水庭園と旧市街の塔のパノラマが広がり、心憎い演出が細部にまで行き届いている。ルネサンス期イタリアの建築技術は世界最高水準だったと言われているが、まさにその実力が感じられる館である。
 

 

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バージョン 2

 

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ヴィッラ入口のポーチに描かれた建築家ヤコポ・バロッツィの設計図のフレスコ画(上)。ガンバラ枢機卿の館のエントランス。名前の周囲に家紋の海老のシンボルも見える(中上)。後期ルネサンスの芸術・建築技術が凝縮された室内(中下)。ルネサンスらしい華やかで優雅な装飾。ところどころ修復されてはいるものの、大部分はオリジナル。400年以上も経っているとは思えないほど保存状態が良い(下)
 

 

   ガンバラ枢機卿の館見学が終わると、一行は左手にあるもう一つの館へ移動。左右対称に造られた建物は双子のようにそっくり同じだが、室内の装飾は全く異なる。こちらもエントランスに入った途端、参加者から歓声が上がった。先ほどの館が優雅で女性的なルネサンス芸術の宝庫であるのに対し、こちらは打って変わって豪快で男性的なバロック芸術の宝庫。というのも、こちらの館の主人はガンバラ枢機卿の後を継いで司教となったモンタルト・ぺレッティ枢機卿で、彼は1590年から1612年にかけて館の室内をバロック全盛期の芸術で装飾した。各部屋の随所に初期キリスト教徒にとって重要なシンボルである数字の8を意味する八角形の星を散りばめたフレスコ画やだまし絵などが施され、ミステリアスな雰囲気と遊び心がミックスした面白さがある。外観はそっくり同じでも内部はまるっきり趣が異なる二つの館を一度に見比べることができたのも興味深い体験だった。どちらの館も、室内に一歩入ればきらびやかな芸術が心を潤してくれる。さらに、戸外に出れば穏やかな樹々や植物、楽しい噴水庭園が疲れを癒してくれる。このヴィッラがなぜ「イタリア式庭園の最高傑作」と呼ばれているのか、その理由がわかった気がした。


 

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ルネサンスのガンバラ館とはガラッと雰囲気が変わるバロックのモンタルト館のエントランス(上)。立体的な彫刻のように見えて実は平面に描かれた3Dのフレスコ画。8角形の星やライオンなど、大胆な構図がいかにもバロックらしい(中上)。大広間の天井に描かれただまし絵。室内のどの方向へ動いても、女性が見上げる人を見つめているように描かれている(中下)。庭園内にたくさん植えられているスズカケノキは、1500年代から生き続ける貴重な自然の遺産(下)。
 

 

 

中世にタイムスリップできる旧市街

 

  朝の庭園散策を大満足のうちに終えた私達は、ランチまでの小一時間を利用して塔の向こうの古い集落を見に行くことにした。ヴィテルボ周辺の「トゥーシア」と呼ばれる地域は古代エトルリア人が支配していたという長い歴史を持っていて、このエリアには歴史の重みが感じられる古い小さな村がいくつも点在している。バニャイアもそうした村の一つで、中世時代にはイギリスのカンタベリーとローマを結ぶ巡礼路フランチジェナ街道の宿場町として多くの人々が行き交った。
  時計塔の脇にある小さなトンネルを抜けると、目の前には中世時代のままの風景が広がっていた。薄暗い小さなトンネルが劇的な効果をもたらし、現代から中世へと一瞬でタイムスリップしたような錯覚に襲われる。城壁で囲まれた旧市街には、この地域特有の「ぺぺリーノ」と呼ばれるグレーの火山砕屑岩で造られた建物がひしめき合っている。中心のカステッロ広場には城壁の建物と一体となったドゥカーレ宮殿、サンタ・マリア・デッラ・ポルタ教会、ボルゴ・デントロ(ボルゴの中の)噴水など、これまで見たことがなかったような興味深い建築があふれていて驚いた。迷路のような狭い道をあてもなく彷徨って行くと、突き当たりに古いフレスコ画が残る貴族の館が現れたり、かと思えば道端の家々の軒先にはカラフルなTシャツやジーンズが干してあったり。時代を超越した光景が次から次へと目に入り、自分がどの時代にいるのかわからなくなってくる。中世時代の街並みがそっくり残っている路地を歩きながら、ここが観光地ではく、現在も日常生活が営まれている住宅街であることを実感し、驚きはさらに大きくなった。
 

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村の中心9月20日広場にある時計塔の右下に、中世への入口であるトンネルが見える(上)。トンネルを通り抜けた時計塔の裏側にある旧市街のカステッロ広場。おしゃべりに熱中するおばあちゃん達の衣装が違えば、本当にタイムスリップしたかと錯覚するだろう(中)。中世の住居の軒先にはためくジーンズとH&MのTシャツ。時代を超越した風景(下)。
 

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路地の突き当たりで出くわした貴族の館パラッツォ・ガッロ。壁画は修復中らしく、若い修復師の女の子達が喧々諤々の議論を交わしていた(上)。誰かの家の入口かと思いきや、右手のドアはなんと古い教会(サント・ステファノ教会)の扉だった(下)。
 

 

素朴な美味しさが詰まった郷土料理と特産品
 

 

  焼け付くような陽射しが襲いかかってきた正午過ぎ、日陰を求めて広場のバール兼トラットリアに駆け込み、そこでゆっくりランチを取ることにした。テラス席について冷たい水を飲み干し、まずはほっと一息。ウエイターのお兄ちゃんオススメの郷土料理は私の大好物のイノシシのパスタということで、迷わずそれをオーダーした。運ばれてきた「パッパルデッレ・アル・チンギアーレ」はハーブをふんだんに使って煮込んだソースで、文句のつけようがない美味しさ。このエリアにはイノシシがたくさん生息しているらしく、イノシシがいる所には美味しいキノコやトリュフがあるので、トリュフ料理なども村の伝統の味として親しまれているとのことだった。イノシシのパスタで満腹になり、消化促進を兼ねたデザートのレモンシャーベットを平らげると、知らず知らずのうちに眠気が襲ってきた。このまま座っていると、夕方まで気持ち良く寝てしまう事態は避けられない。同じくうとうとし始めた友人を叱咤激励し、意を決して席を立った。
  村を離れる前、今朝見かけて気になっていたヴィッラの近くの特産品のお店に立ち寄ることにした。店内には、エトルリア時代の装飾をモチーフにした小物やアクセサリー、トゥーシアの伝統菓子やリキュール、自然派化粧品などがたくさん並んでいる。店員のお姉さんによるとトゥーシアのヘーゼルナッツの収穫量はピエモンテに次いでイタリアで2番目に多いのだそうで、ヘーゼルナッツをふんだんに使ったお菓子やチョコレートはこの土地の特産品なのだそうだ。優しい甘さの素朴な焼き菓子とパスタソースを購入し、帰宅してからじっくり楽しむことにして車に乗り込んだ。今まで知らなかったことをたくさん発見できたバニャイア探訪に大満足しながら、猛暑のローマを目指して帰路に着いた。

 

 

 

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毎度おなじみの絶品パスタ「パッパルデッレ・アル・チンギアーレ」。もう何度もご紹介しているが、これがあるとどうしても頼んでしまうくらい大好物なのでお許しいただきたい(上)。冷たくて酸っぱいレモンシャーベットは夏のデザートの定番(中)。トゥーシア地域の伝統菓子「トッツェッティ」。フィレンツェの「カントゥッチ」と同じだが、このエリアではアーモンドではなくヘーゼルナッツを使用している(下)。
 

 

 

★ MAP ★

 

Map-Bagnaia

 

 

<アクセス>

ローマから車でA1〜E35〜E45経由、約1時間半。
メトロA線フラミニオ駅下車、隣のAtacの鉄道ローマ・ヴィテルボ線で2時間半。ヴィテルボの一つ手前の駅がBagnaia/バニャイア。駅から旧市街までは橋を渡って行く。徒歩5分。
Trenitaliaの鉄道を利用する場合はテルミニからヴィテルボ・ポルタ・フィオレンティーナまで各駅電車で約2時間〜2時間半、ヴィテルボからバスに乗り換えバニャイアまで約15分。ヴィテルボ=バニャイア間は5km 程しか離れていないので、タクシーでも10分程度で着く。バスの乗り継ぎが悪いようだったらタクシーを利用する方が便利。
 

<参考サイト>

ヴィッラ・ランテとバニャイア情報(伊語)
http://www.infoviterbo.it/villa-lante.html

 

ヴィッラ・ランテ開園時間情報(伊語)
http://www.polomusealelazio.beniculturali.it/index.php?it/243/villa-lante

 

*館のガイド付き特別見学は火曜から金曜と日曜の12時から(一日1回)と、土曜の11時、12時、15時半、16時半の4回、毎年7月は毎日4回行われている。予約制で1回最大25名まで、料金はヴィッラの入場料5€に含まれている。
 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年9月11日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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