越えて国境、迷ってアジア

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#67

ゴールデン・トライアングル〈後編〉

文と写真・室橋裕和

 タイ・ミャンマー・ラオスが接するポイント、ゴールデン・トライアングル。そこは「国境テーマパーク」ともいうべき場所であった。メコンをボートで行き来し、ミャンマーに接近しラオスに上陸する。誰でも簡単・手軽に国境体験が楽しめる観光地となっているのだ。

 

 

3国を見晴らす場所に立つ

 アクセルを絞る。風景が流れていく。右手は滔々たるメコンの流れなのである。その向こう、対岸にはラオスの大地が広がっている。国境に沿ってバイクで走っているのだ。僕にとってはどんなツーリングルートよりも胸躍る道といえる。
 静かに鳴動するメコンの両サイドは森や畑が広がるばかりだったが、突如として建物が増え、市場が広がり、開かれた駐車場にはツアーバスまで停まっているではないか。小高い丘の上には黄金の仏像が鎮座している。ここだろう。僕も駐車場にバイクを乗り入れた。
 このポイントがゴールデン・トライアングルの中心地らしい。なかなか賑やかな観光地じゃないか。その昔はここでも、アヘンの売人なんかがいたのだろうか。メコンを越えてヤクを密輸する人々がはびこっていたのだろうか。少なくとも表向きは、この地域でのケシ(と、ケシから製造されるアヘン、ヘロイン)の生産量は激減した。アメリカはじめ国際社会の圧力が高まったからだ。とくにタイ側では「オピウム(アヘン)博物館」なる施設もあるほどで、麻薬で名を馳せた時代は過去に封じたいという意思を感じる。ミャンマーではケシはまだ一大ビジネスとなっているようだが、少なくともタイは、ここを観光地化するほど健全になっている。
 ゴールデン・トライアングルTシャツを売る屋台に観光客が群がり、かのインペリアルやアナンタラといった高級ホテルまで並ぶ。メコンを望むレストランはタイ人で混み合っている。もちろん大麻入りジュースなんか売っているわけではない。そして博物館の近くから小さな山を登っていくと、こちらにも寺があり、境内の奥に向かえば……ぱっと視界が開けた。
 メコンと大地とが、はるか眼下だ。そして見よ、手前は我らがタイランド、左手に浮かぶ岬のような突端はミャンマー領、右手の河岸はラオスなのである。まさしくゴールデン・トライアングル。一度は見たかった光景だ。この美しき三角形を見ているほうが、ケシよりもはるかにキマるではないか……。僕は小一時間も、3国とメコンとを眺め続けた。まるで天下を取ったような気分だ。

 

01
ベタだがやっぱり感動するゴールデン・トライアングルの図。世界的にもレアなポイントだ

 

02
オピウム博物館の展示のひとつ。昔はこうしてアヘンをキメるダメ人間がたくさんいたらしい

 

 

メコン河をぶっ飛ばせ!

 さて、次なるアクティビティはいよいよ、ボートでのメコン国境トリップであろう。仏像周辺の土産物屋タウンのあちこちには、ツアーをアレンジする小さなブースがあって、観光客がわいわいやっている。
 目的地はふたつだ。ミャンマーか、ラオスか。このポイントには行き先によってイミグレーションも2か所、設置されている。これもまたレアである。とりあえずミャンマー行きのイミグレで話を聞いてみると、
「行けるのはカジノだけだ。ミャンマー領に2軒のカジノがあるけど、つまんねえぞ」
 と興ざめするようなことを言う。うるせえな、こちとら国境越えることに意味があんだよ……が、カジノだけではなあ。確かにタイ人客も少ない。
 では、とラオスツアーのブースへ。こちらでは、メコンを遊覧しつつ、ミャンマー領にも最接近し、それからラオス側に上陸できるという。市場があり、ラオスの物産が人気なのだとか。
「あんたひとりなら、小さいボートで500バーツ(約1700円)でええよ」と業者のオヤジ。よし。こっちにしよう。
 パスポートはタイ側のイミグレ預かりとなる。ラオス側に出入国を管理する場所はないのだ。あくまで一時的に、観光客が両国に便宜を図っているということなのだろう。パスポートなしで国境越えに挑むのだ。

 

03
左手はタイで仏像がそびえる。右側はラオスで金色の建物はイミグレーション。そして奥に進むとミャンマー

 

ゴールデン・トライアングルの様子。ボートツアーのおじさんを待つ間にメコン沿いをうろうろする

 

 

ミャンマー領に立つカジノを急襲する

「は、速い! 危ない!」
 思わずボートのヘリを両手で掴んだ。派手なスタートダッシュを決めた我がボートはあっという間に最高速度推定80k/hに到達し、カン高いエンジン音を轟かせながらメコン河を突っ走る。タイがどんどん離れていく。
「見えるか! 左側ミャンマー領、手前にウィンウィン・カジノ、その隣にパラダイス・カジノ!」
 船頭に早変わりした業者のオヤジが叫ぶ。よしきた。僕は一眼レフを構えて、カジノで豪遊する麻薬組織の悪人を狙撃する気分でシャッターを連射した。敵もメコンから国境を越えての襲撃とは思うまい。これで正義は保たれたのだ。
 ややスピードを落としてミャンマー沿岸部をクルーズし、カメラとgo proでねっとりと撮影すれば、上陸せずともある程度の悦びと満腹感は得られた。
 さあ次だ、ラオスに行こう。
 国境Uターンをカマして今度はメコン東岸、ラオス領に接近していく。タイ側に負けじといくつもの建物が並ぶが、そのどれにも漢字が書いてあるのだ。港に接岸している船も中国名が記されている。「雲南・西双版納」という文字も目立つ。ここから250キロ遡上すれば中国である。玄関口となるのは雲南省だ。本連載#10#11#12あたりで触れた西双版納(シーサンパンナ)の中心地、景洪からやってくる船が多い。あのときの旅がまざまざと蘇る。景洪を流れるメコン河を、僕は確かに見た。夕焼けに染まって、両岸の高層ビルを照らし出していた。あの地とここは確かにメコンでつながっているのだ……静かな感慨に震える僕の傍らで、船頭はしぶい顔をしていた。
「ラオスもねえ、これぜーんぶ中国にあげちゃって。99年だぜ」

 

タイ領を出発し、まずはミャンマー領に向かう。けっこうスリルいっぱいのメコンツアー

 

04
ラオス側ではラオス語よりも中国語のほうが目立つようになる

 

 

ラオスは中国に呑みこまれてしまうのか

「金三角経済特区」ラオス側はそうも呼ばれている。経済協力や支援の見返りに、中国はこの地域を開発する権利を得た。なんと99年に渡り、ゴールデン・トライアングルを租借するのだという。香港かよ。中国人の図々しさにも驚くが、ラオス人の節操のなさにも呆れる。国土の切り売りなんである。港近辺にあるさまざまな施設はすべて中国がつくりあげたらしい。中国人は労働者も観光客も多く、ラオス人はもちろんタイ人も圧する勢いだ。
 そういうわけで上陸した島にある市場も、いかにも人工的に急ごしらえで造成した感じで味気ない。中国人観光客が喜びそうなものばかりが並んでいる。ミャンマー産のヒスイ、バッグや時計のニセブランド、中国のタバコや茶、タイの薬にタイガーバーム……。KFCまであったが、アレは本物なのかニセモノか。
 ひときわ目を引くのは、サソリやヘビを漬けた酒であろう。なかなかにグロい。カオニャオ(もち米)酒、バナナ酒なども売られていて面白い。
「いちばん人気なのはコレ。サソリとコブラとトカゲ全部入りのミックス。軽く飲むだけであんた、3時間は立ちっぱなしよ」
 と売り手のおじさんは拳を突き上げた。そう言われると、中国人に負けじとつい買ってしまう。スキットルタイプの瓶で150バーツ(約500円)なり。
 あとはラオスのTシャツだのビアラオグッズだの、せいぜいそんなもので、あくまでツーリスト志向。リアル市場とはだいぶ違う。少し離れると例によってカジノがあるそうだ。
 これもまた国境のひとつの姿であろう。中国という大波に、ラオスは国境から侵食され、呑まれつつある。
 帰りのボートからは、建造中の大きなビルが見えた。メコン河沿いのジャングルを切り拓いてそびえるビルは、周囲の大自然とはあまりにそぐわない。違和感たっぷりである。
「ありゃ、新しいカジノと、それからコンドミニアムさ。とはいえ誰も住んでないって話だぜ。投資なんだってよ。こんな辺鄙な場所でも中国のカネがしばらくはどかどか注ぎ込まれるから、その間はコンドの値段も上がり続けるらしい」
 船頭は呆れるように言う。短絡的かつ意図的なバブルが、ゴールデン・トライアングルに発生していた。中国の勢いを計る上で、インドシナの未来を占う上でも、定点観測したい国境だと思った。

 

05
酒瓶から出現したサソリとコブラに驚愕する少年

 

06
メコンの大自然を破壊して建設が進むカジノタウン

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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