ブーツの国の街角で

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#65

ネミ:湖畔の避暑地でイチゴ三昧

文と写真・田島麻美

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イタリアの夏のバカンスといえば、恐らく大半の人が海を思い浮かべるだろう。シチリア島やサルデーニャ島、ポルトフィーノやアマルフィなど、「イタリア=美しい海」のイメージは世界中の人々の間に浸透している。夏のバカンス期間、当然ながら人気のビーチは国内海外から押し寄せるバカンス客でごった返すことになる。そんな季節、混雑を避けて涼しい水辺でリラックスした休暇を過ごしたい人にオススメなのが、イタリア各地に点在している湖でのバカンスだ。
ローマから日帰りでも行けるネミ湖は規模こそ小さいものの、観光化されていない素朴な自然のままの美しさが残っている。湖を見下ろす丘の上にはイチゴ祭りで有名なネミの旧市街もあり、牧歌的な雰囲気に包まれている。今回は、アルバーニ丘陵地帯にある小さな湖畔の避暑地をご紹介しよう。

 

 

古代ローマの女神ディアーナの聖地
 

  古代ローマ時代から貴族や法皇の避暑地として栄えてきたカステッリ・ロマーニ地方には、アルバーノ湖とネミ湖という2つのカルデラ湖がある。湖を取り囲む風光明媚な丘陵地帯は穏やかな気候で知られ、夏でも爽やかな風が吹き抜けている。二つの湖のうち大きなアルバーノ湖畔にはローマ法王の避暑地カステル・ガンドルフォがあり、人気の観光地となっている。一方、小さなネミ湖周辺には、手付かずの素朴な自然が残されている。    観光船もバールもレストランもなく、ひっそりと美しい湖水を湛える可愛らしい湖は訪れる人を穏やかな空気で包み込んでくれる。ネミ湖を取り囲む深い森は古代ローマ神話に登場する狩の女神・ディアーナに捧げられた聖地で、付近には古代ローマのディアーナ神殿の遺跡も残っている。湖とネミの街一帯にどこか神秘的な雰囲気が漂っているのは、この地に古代の女神の息吹が残っているからなのかもしれない。
  自然に恵まれた環境に加え、ネミの街はまた、ホスピタリティの面でも質の高さを誇っている。ツーリング・クラブ・イタリアーノ(イタリア旅行協会)が「優秀かつ高品質のホスピタリティを提供する住民1万5千人以下の町」に授与する『バンディエラ・アランチョーネ(オレンジの旗)』を授与された実績があり、これは観光環境のあらゆる面で高品質を維持している証しでもある。
 

 

 

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狩の女神ディアーナに捧げられた聖なる湖と森(上)。高品質な観光環境を持つ証である『バンディエラ・アランチョーネ』の看板。現在は住民人口が増えたため選出条件を満たしていないが、もてなしや環境の質は維持されている(中上)。湖と森を見下ろす高台にあるネミの街(中下)。街の入り口ウンベルト1世広場にある「大いなる母の像」は、ネミの自然の生命力と希望を表すシンボル(下)。
 

 

 

イチゴだらけの旧市街で絶品グラニータに出会う

   古代ローマ時代は女神ディアーナの聖地として名を馳せたネミだが、現代では神話よりも現実的な『イチゴの街』として国内外に広く知られている。穏やかな自然環境の中、湖の周辺では花やイチゴの栽培が盛んで、毎年6月の第一日曜には『Sagra delle Fragole/サグラ・デッレ・フラーゴレ』と呼ばれるイチゴ祭りが開催されている。今年で86回目を数えるイタリアの中でも長い伝統を誇る祭りとして広く知られていて、会場となるネミの街の随所でイチゴを使ったお菓子やリキュール、珍しいイチゴのピッツァなどが味わえるほか、伝統衣装のパレードやイチゴの無料配布などが行われる。残念ながら今年のイチゴ祭りはすでに終わってしまったが、旧市街の通りには平日でも至る所にイチゴがあふれていた。食材店には摘みたてのイチゴやブルーベリーと一緒にイチゴのリキュール、イチゴのパスタ、イチゴのジャムやクッキーが並び、隣の土産物屋にはイチゴモチーフの可愛いアクセサリーやマグネット、陶器などが山と積まれている。レストランやバール、ジェラテリアもイチゴが主役のメニューを揃えていて、どこもかしこもイチゴだらけである。
 

 

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旧市街の通りや広場のあちこちで目についたイチゴの看板(上)。リキュール、ジャム、パスタ、クッキーなどイチゴを使った食材の数々(中上)。「フラゴリー ネ」と呼ばれる野生の小さなイチゴはとても甘くて美味しい。甘いリキュール酒「フラゴリーノ」の材料としても使われる(中下)。お土産にぴったりな可愛いイチゴグッズもたくさん売られている(下)
 

 

   暑い夏の一日、太陽の強い日差しを浴びながら旧市街の通りを歩くうち、ふと目の前に小さなジェラテリアがあるのを見つけた。こんな日にフレッシュなイチゴのジェラートは最高のご馳走だろう。足は自然とジェラテリアに引き寄せられ、店に入って早速注文したが、店主のおじさんは申し訳なさそうに、「イチゴ味はまだ作っている最中で出来てない」と言った。気分はすっかり「イチゴ」だったので内心がっかりしながら冷蔵庫を眺めていると、ジェラートの横に「グラニータ」を発見! シチリア発祥の氷のデザート「グラニータ」は新鮮なフルーツやカフェを使って作るのだが、ここでは特産品のイチゴのグラニータがあった。これは試さないわけにはいかないだろう。カップにたっぷり入ったイチゴのグラニータを口に含んだ瞬間、思わず笑みが広がった。ほんのり甘酸っぱいイチゴそのものの味、とろけるような滑らかな舌触り、キンッとした氷の冷たさが絶妙にマッチした美味しさに、暑さも一瞬で吹き飛んだ。

 

 

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今年のイチゴ祭りの名残の旗がまだ残る旧市街の通り。バールやジェラテリアでは絶品のイチゴのスイーツが味わえる(上)。イチゴをふんだんに使った「グラニータ」。ジェラートよりもさっぱりしていて後味も爽やか。お代わりしたいほど美味しかった(下)。
 

 

 

「恋人たちのテラス」と聖ミカエルの道

 

  イチゴのグラニータで生き返った後、ネミの旧市街をウロウロしながら、眼下の湖が望めるビューポイントを見て回った。小高い丘の上の街には湖のパノラマが見渡せる場所が何カ所もあり、立ち止まって景色を眺めながら涼しい風に吹かれてしばし休憩する。そんな行動を繰り返すうち、いつしか旧市街の城壁の外に出ていた。道路の脇に作られた展望テラスからは、ネミ湖の青い湖面と周囲の山肌を覆った緑のパノラマの眺望が楽しめる。湖面をかすめて吹き上げてくる風と緑の木陰がとても涼しく、周囲の牧歌的な風景は目に優しく、なんだかすごく穏やかな気分になってきた。ゆっくり深呼吸をして眺めを満喫していると、いつの間にか数組の若いカップル達に囲まれていた。目のやり場に困って視線を逸らした先に、デカデカと書かれた『恋人達のテラス』の文字が見えた。眺めの良い場所は世界中どこでもカップルのデートスポットとして人気だが、ここネミのテラスは市が2015年2月14日に正式に「恋人達のためのテラス」として認定したものであるらしい。だんだん居心地が悪くなってきたので、テラスを後にしてその先に続く自然の遊歩道へ移動することにした。
   遊歩道に入るとすぐに、「聖ミカエルの道」と書かれた看板が現れた。森の女神ディアーナの聖地であったネミ湖の周辺には、古代から語り継がれてきた伝説のスポットがいくつも潜んでいる。看板にはそうした伝説と歴史の説明書きがあり、どうやらこの辺りに聖天使ミカエルが隠れたとされる洞窟もあるようだ。だんだんと神秘的な気分に包まれていくのを感じながら爽やかな木陰の自然道を歩き、湖を一望できる展望台のバールにたどり着いた。
 

 

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 城壁に囲まれた旧市街から一歩外へ出ると、道路沿いに湖を見晴らすテラスがある(上)。ネミ市が設置した『恋人達のテラス』の看板(中上)。テラスから一望できる湖と緑のパノラマ(中下)。『聖ミカエルの道』と名付けられた自然散策路(下)。
 

 

 

湖のパノラマを眺めながらポルケッタとイチゴを堪能

 

   湖の全景が望める崖の上にあるバールは、その名も『Belvedere/ベルヴェデーレ(素晴らしい眺め)』。大きな白いテントが強い日差しを遮り、湖上からの風がより一層涼しく感じられる。バールは若い大学生の娘さんとお父さんの二人が切り盛りしているらしい。湖と周囲のパノラマが素晴らしく、週末の夜はさぞ混雑するのだろうが、私が訪れたのは平日の正午近く。まだ営業が始まったばかりの時間帯だったのでとてものんびりしていた。ここに座って周囲のパノラマを楽しみながらカフェでも飲もうとテーブル席に着いたのだが、辺りの静寂と涼しい風があまりに心地良く、一休みだけではもったいないように思えてきた。メニューを運んでくれた娘さんに、「軽いランチになるようなメニューはある?」と聞くと、「もちろん。パニーノやサラミとチーズの盛り合わせ、カステッリ名物のポルケッタもあります」と言われた。こんな素敵な景色を眺めながら好物のポルケッタが味わえるなんて最高だ。即決でポルケッタをお願いし、皿が運ばれるのを待つ間、娘さんとしばしおしゃべり。「綺麗な湖だけど泳ぐことはできるの?」と尋ねると、「当然です! 湖水はとっても澄んでいて、冷たくて気持ちいいですよ。私は毎朝泳いでます」と嬉しそうに答えた。「隣のアルバーノ湖は湖畔にバーとかがあってうるさいけれど、ネミ湖はとても静かで船もないからゆったり泳げるんです。ここから歩いて湖畔に降りると小さいけれどビーチもあって、夏はとっても快適ですよ」。地元っ子らしい娘さんは、神話の湖と周囲の自然を愛してやまない様子。そうこうするうちにポルケッタが運ばれてきた。香ばしいハーブと柔らかな豚肉が絶妙のハーモニー。一人で食べ切れる量も嬉しく、しかもお値段はたったの5ユーロ。すっかり気を良くし、デザートも注文することにした。特産品のフラゴリーネを贅沢に使ったタルトはこの店の人気メニューらしく、冷たいジェラートとほんのり甘い野イチゴ、野生のベリー類の酸味がとても爽やかで、なんとも幸せな気分になるスイーツだ。ふらりと立ち寄ったバールだったが、美しいパノラマを楽しみながらゆったりと贅沢な時間も楽しむことができ、大満足のランチとなった。
 

 

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自然遊歩道の突き当たりにある『バール・ベルヴェデーレ』は11時〜23時の営業。ドリンクも軽食もスイーツも、手頃な料金で味わえる。カード不可(上)。湖面に反射する月の光の美しさから、別名「ディアーナの鏡」とも呼ばれている美しいネミ湖。バールの席から全景を一望できる(下)。

 

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カステッリ・ロマーニ地方の名物料理、子豚の香草丸焼き「ポルケッタ」。しっとり柔らかな豚肉とハーブの香りがたまらない(上)。この店の人気デザート「クロスタティーネ・コン・フラゴリーネ」(3€)。ネミのイチゴとベリー類がたっぷり味わえる。タルト生地の中はホイップ・クリーム、ジェラート、ヌテッラ、ジャムの中から好きな味を2つ選べる。

 

 

★ MAP ★

 

Map_Nemi

 

 

<アクセス>

ローマから車でアッピア・ヌオーヴァ街道/SS7〜SP217経由、約1時間。
メトロA線アナニーナ駅からコトラル社のバス・ジェンツァーノ行きに乗り、Bivio Genzano-Nemi/ビヴィオ・ジェンツァーノーネミで下車。そこからネミ行きの乗り継ぎバスが出ている。所用約2時間。
 

 

<参考サイト>

ネミ観光情報(伊語)
http://www.visitnemi.gov.it/

 

ネミ&カステッリ・ロマーニ観光情報(英語)
http://www.visitcastelliromani.it/en/scopri-i-borghi/nemi

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年8月8日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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