越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#65

カンボジア・ポイペト〈国境カジノ編〉

文と写真・室橋裕和

 タイと周辺国との国境には、カジノが建ち並んでいる場所が多い。いずれもタイ人をターゲットにしている。タイでは賭博が禁止されているが、国境を一歩越えればそこは別の国。法律だって違う。堂々とバクチに興じることができるというわけだ。そんな国境カジノに挑戦してみた。

 

 

通称「カジノバス」で一気にカンボジア国境へ

 その日の出発点はバンコク・ルンピニー公園だった。都内最大のグリーンスポットであり、意識の高い日本人在住者がジョギングに勤しむ公園でもある。深夜になるとアヤしい女が暗闇に立つスポットとしても知られているが、さすがに払暁、中華系の爺さんたちが太極拳に向かうくらいで人は少ない。
 僕はコバヤシさんとともに、そのルンピニー公園の外周部、ラマ4世通りに面している指定された場所に立っていた。
「ムロハシさん、いつもなにで遊ぶの? ボクはずっとバカラなんだけど」
 汚いポロシャツ短パン、使い古したたすきがけのちっこいバッグという出で立ちは、とうてい一流メーカー駐在員とは思えない。しかしコバヤシさんはバンコク郊外、某工業団地にある自動車関連の工場を任されたリッパなエリートであり、日本のものづくりの最前線で働く男。
 が、日本の本社からの命令と、タイの現場の板ばさみによるストレスが最高潮になったとき、こうして国境を目指すのだ。バクチにハマっているのである。その上さみしんぼうなので、ときどき僕も同道させられる。
 やがて、アメコミヒーローをペインティングした派手なバスがラマ4世通りに現れた。あれだろう。コバヤシさんが手を上げる。ゆるゆると停まったバスに乗り込み2階に上がると、広々とした快適なシートではないか。2×2でリクライニングもゆったりと倒せる。
 バンコクからノンストップで、国境の街アランヤプラテートをすっ飛ばしてさらに奥、ポイペト国境イミグレーション目の前に直接乗りつけてくれるのだ。これで200バーツ(約680円)。公営のバスより、はるかに早くて安い。ガイドブックにはゼッタイに載っていない、通称「カジノバス」で、僕たちはカンボジア国境に向かった。

 

01
カジノ客でなくても使えるカジノバスだが、明らかなバックパッカー・スタイルでは断られるかもしれない

 

 

タイでも急増している外国人労働者

 バスの乗客は僕たちを除いてすべて華人である。
 そもそもバスの出発地点がバンコクの中華街ヤワラーだ。バクチに目がない彼らは、週末ともなると家族を捨て商売を投げ打ち、いざ国境へと旅立つ。
 タイはいちおう、賭博は違法である。競馬や宝くじなど公営のものはあるが、あとはイリーガルな賭けサッカーや闇カジノ。それでは飽き足らない人々のために国境が待っている。国を越えてカンボジアやラオス、ミャンマーに行けば、ギャンブル好きのタイ人をアテ込んだカジノが乱立しているのだ。ここなら合法である。
 今回はそれら国境カジノの中でも、バンコクから最も近く行きやすいカンボジア・ポイペトが目的地だ。この連載の栄えある第1回でも紹介した、タイとカンボジアを結ぶ大動脈でもある。
「最近はさあ、うちの工場でもカンボジア人の賃上げストはあるし、タイ人とカンボジア人の間も険悪なフンイキだし、いやになっちゃうんだよね」
 コバヤシさんはボヤく。タイは日本以上に外国人労働者に頼っている国である。背景には日本と同じく少子高齢化が絡む。国境を越えて働きに来たカンボジア人、ミャンマー人が、建設、土木、工場、飲食、風俗などに従事しているのだ。その数は200万人ともいわれる。当然、不法就労、過酷な労働環境、搾取、犯罪に走ってしまう者の増加といった問題も抱える。日本より一歩先に、移民に直面しているのである。
 バンコクから東、カンボジア国境へと走る道のりには、外国人が働く工場群が続く。カジノバスの車窓からもよく見える。
「でも、あの人たちいないと回らないんだよね」
 というコバヤシさんの言葉を、やがて多くの日本人も理解するのではないだろうか。ともかく、今日はなんだか疲れているコバヤシさんの慰労なのである
 ちなみにカジノバスに予約の必要はない。週末の早朝ともなれば複数の会社が何便も出しており、席が空いていれば乗せてくれる。「カジノの客か?」と確認されることもなく、国境までの快適なドライブとなる。
 この日も中華新聞に目を落としている人や、早くもスマホでバカラにハマッている人、株価のチャートを見ている人など、コテコテの華人バスに乗ること3時間ちょいで国境に到着する。
 イミグレーションはすでにタイ人で大混雑であった。すべてカジノ客であろう。が、外国人レーンは空いており、快適な出国。カンボジア側もふだんはビザ発給の役人にたかられたりするのだが、今日はそんな妨害もなくあっさりとカンボジアに入国する。
 とたんにタクシーの客引きやポン引きやヤクの売人が近づいてくるのは、いつも通りのポイペトだ。いやあ、カンボジアにやってきたなあと実感する。

 

02
毎度おなじみカンボジアの門。この向こうがポイペトのカジノタウンだ

 

03
ポイペトの経済はカジノによって成り立っているといっても過言ではない

 

 

惨敗してゆくコバヤシさん

「じゃあ、ボクの定宿でいいよね」
 両国の国境地帯には10軒ほどのカジノホテルが並んでいるが、コバヤシさんはそのうち1軒の常連である。泊まりつめ、賭け続けた結果、VIPとまではいかないが、あれこれと待遇を受けられるカーストに上りつめているようだ。僕もそのおこぼれに預かり、確か1泊1000バーツ(3400円)で、なかなかリッパな部屋に泊まらせていただいた。うち500バーツはチップとして返金され、カジノで使うことができる。もちろん食事やら酒はカジノ客はタダだ。
「もっと上級クラスになると、バンコクまでリムジンが迎えに来てくれるんだ」
 というが、あいにく僕はバクチにあまり興味がない。カジノが並び、悪人がたむろし、脂ぎった中華オヤジがホテルのゴルフカートで行き来する、ポイペトの猥雑な空気が好きなのだ。
 なのでバカラテーブルに張りついたとたん目が据わりだしたコバヤシさんを放置して、カジノタウンをぷらぷらと散歩する。
 羽振りの良さそうなオバハンが闊歩する一方、汚い浮浪児みたいなのが徘徊しているのもポイペトである。屋台で売られていたのはフランスパンのサンドイッチだ。やっぱりカンボジアにきたらコレだよね、と、パテとパクチーをたっぷり入れてもらう。旧フランス領の名物で、最近は日本でも人気になっている。
「押」という漢字の看板は質屋だ。有り金を失った連中が時計やらバッグやらを抱えて飛び込むのだという。もっとこわい金貸しも控えているのだとコバヤシさんは言っていた。
 さあて、もし勝ってたら無料のカジノメシじゃなくって、いいレストランで奢ってもらおう……と戻ってみると、コバヤシさんはあからさまに不機嫌な顔であった。うわあ……。
「す、少し休んで気分変えたほうがいいんじゃないスか」
「……」
 青筋を立てつつ、無言でチップを重ねる。ほかのタイ人からもチップやバーツ札が乱れ飛ぶ。どう見たって悪い流れのままに、案の定コバヤシさんのチップは消え去っていく。こりゃダメだ。

 

04
ポイペトのカジノは欧米のようなオシャレさはない。まさに鉄火場といった雰囲気

 

05
タイからカンボジアに行くと、空が高くなったような錯覚を感じる

 

 

ルーレットで見事に勝利!

 危険な雰囲気さえ漂わせはじめたコバヤシさんを放置し、僕もテーブルについた。せっかく来たのだ。とはいえ、ルールにも明るくないし、勝負どころカンどころもわからない素人である。そこでルーレットを選んだというわけなのだ。
 出目それ自体を狙ったって当たりっこない。だから賭けるのは、赤か黒か。偶数か奇数か。ローナンバーかハイナンバーか。1/2を狙っていく。過去の結果は傍らに表示されている。それを参考にする。これだけ偶数が続けばぼちぼち奇数だろう、とか、赤ばかりだし次は黒の確率が高いはず……なんて単純な確率論、出目の偏りに賭けていくのだ。
 もちろん僕は貧乏だし度胸もないので、せいぜい100バーツ(約340円)程度でちょこちょこ遊んでいると、増えもしないが減りもせず、わずかばかりのスリルを味わいながら楽しめる。たまに何度かアタリが重なれば、ホテル代と交通費とカンボジアのビザ代くらいは余裕でペイできるのである。
 まさに完璧なるムロハシ理論によって、しょぼいながらも満足する戦果を得て戻れば、青筋ではなく今度は真っ赤になってコバヤシさんは張り込んでいるのであった。水割りをガブ飲みしている。
「……ムロハシさん、勝ってるんだ」
 険しい目つきでにらまれる。
「い、いや、ほんの数千バーツっすよ。ビギナーズラック」
「ボクは、少なくともその10倍以上は負けてるね」
 それでもテーブルを離れようとはしないのだ。シャワーでも浴びて頭を冷やしたほうがいいと思うのだが、勝とうが負けようが疲れ果てるまで賭け続けるのがコバヤシさんのスタイルらしい。
「だいたいねえ、こういうのって連れの運気によるんだよ。ムロハシさん、持ってないんじゃないの? 前は会社の同僚と来てふたりで大勝ちしたんだから」
「す、すんません……」
 意味不明な難癖をつけられ、仕方なく退散した。アブク銭もあるし、僕も飲みに行くか。


 翌日。コバヤシさんは寝不足らしい赤い目をしながらも、けっこうさっぱりした顔である。
「あ、ムロハシさん昨日はごめんね」
 なんて言う。どうもストレス解消という目的は果たせたようなのだ。
 ひと晩アタマを絞って脳汁を放ち、一喜一憂し、いや一喜十憂くらいだったかもしれないが、博徒たちの喧騒にまみれてパーッと散財するという行為が、この人の気持ちのスイッチなのだろう。
 再び国境前からカジノバスに乗ってバンコクへと戻る。こんな1泊国境旅も、たまにはいい。

 

06
下品なカジノホテルがタイ国境には点在している

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

*好評発売中!

『最新改訂版 バックパッカーズ読本』

発行:双葉社 定価:本体1600円+税

 

cover

 

 

 

BorderAsia00_writer01

室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

紀行エッセイガイド好評発売中!!

ISBN978-4-575-31280-5

最新改訂版 バックパッカーズ読本

     

越えて国境、迷ってアジア
バックナンバー

その他の辺境・秘境の旅

ページトップアンカー