東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#65

インドネシアの鉄道再び〈4〉

文・写真  下川裕治

スマトラ島、パダン~パリアマン

「この周辺で列車が走っているのは2路線だけですよね」

 まだ暗い早朝の5時すぎ。パダン駅の発券窓口に座る女性に確認をした。

「はい。パリアマン行きと空港行きだけ」

 優しい笑みに映った。パリアマンまでの切符を5000ルピア、約47円で買うと、なんだか疲れが出てきてしまった。前日は飛行機、そして今朝は4時45分に目覚ましをセットした。もしまだ別の路線があるとしたら……という不安もあった。

 暗いうちに発車した列車のなかで、僕はことっと寝入ってしまった。目覚めると、列車はドゥクーに停車していた。

 前日、空港とパダンを結ぶ列車に乗った。宿でその路線を確認してみた。空港路線の大半は、パダンとパリアマンを結ぶ線路を使っていた。このドゥクーが分岐駅で、ここから空港まで3.9キロの区間に新しい線路を新設しただけのことだった。同時に駅舎も建て替えたようで、周囲の風景とは似合わない立派な駅になっていた。

 そこからパリアマンはそう遠くなかった。7時半にはパリアマン駅前にいた。

 駅周辺は賑やかだった。以前はここから先まで列車が運行されていた。そこへの足は列車から車に変わってしまった。乗り合いバンが駅前に並んでいた。商店街もすでに活気づいていた。駅の発券窓口にも30人ほどの列ができていた。訊くと、9時20分発のパダン行きの切符を買うのだという。この列車はそんなに混むのだろうか。僕もこの列車に乗って戻るつもりだった。

 列に並び、ドゥクーまでの切符を買った。その駅で空港行きに乗り換えるつもりだった。2路線しかなく、それぞれ本数も少ない。しかし駅で確認すると、ドゥクーで1時間ほど待てば、空港行きに乗ることができた。

 ほぼ満席の列車は定刻にパリアマンを発車した。駅の脇にあるモスクから、大音響のコーランが流れる。そこをすぎると海岸線に出た。パリアマンに向かっていたときは、反対側の席に座っていたので気づかなかった。この街は海に面していたのだ。以前は観光列車も走っていたという。パダンの人たちは、休日、パリアマンまで海水浴に出かけることが多かったという。

 海に沿ってしばらく進んだ列車は、やがて内陸に向かって進路を変えていく。水田地帯を20分走るとドゥクーだった。

 

朝のパリアマン駅前。聞こえる音は近くのモスクから。この後、コーランに変わった

 

DSCN1008パリアマン駅前の屋台で朝食。イモに揚げ麺を載せ、カレースープがかけてあった。8000ルピア、約75円

 

 

再びジャワ島へ

 パダンのミナンカバウ空港からジャカルタに飛行機で出た。LCCだったが、この区間は割高で、片道1万8000円近くかかってしまった。パダンで使った列車代は約235円である。未乗車区間をつぶしていく旅は無駄が多い。

 飛行機が着いたのは、利用便が多いスカルノ・ハッタ空港ではなく、ハリム・ペルダナクスマ空港だった。この空港は、かつてのジャカルタの国際空港で、市内に近かった。ジャカルタに住む知人からこんな話を聞いたことがあった。

「渋滞にはまると4時間もかかってしまうハッタ空港より、ハリム空港は楽。利用客が少ないからタクシーもすぐ乗れます。家まで30分もかからないですよ」

 市内までのバスはあるようだが、タクシーに乗っても、それほどかからないという話だった。その言葉を信じてタクシー乗り場に向かったのだが100人以上の列ができていた。ようやく乗ったタクシーは、しっかりと渋滞に引っかかってしまった。

 知人から話を聞いたのは3、4年前だった。ジャカルタの首都圏人口はいま、3200万人を超えているといわれる。人口増加も急だ。かつてはスムーズだったハリム・ペルダナクマス空港からの足も、増加する人口に飲み込まれてしまったのかもしれない。

 タクシーで急いで向かったのには訳があった。できることなら、今晩のクロヤ行き列車に乗りたかったのだ。その列車は、パサール・スネン駅から出るはずだった。

 以前、ジャワ島の路線は梯子を横に倒したようになっているとお話しした。北海岸線と南海岸線を南北につなぐ路線、梯子でいえば足をかける部分に未乗車区間があった。チレボンとクロヤを結ぶ区間、その途中のプルプックとテガル間の路線だった。この2路線を一気に乗るつもりだった。

 息せき切って、パサール・スネン駅に入った。発券窓口に向かった。そこには長い列ができていた。その最後尾に着く。人の間から窓口を見ると、そこには職員の姿がなかった。訊くと、いまは休憩時間だという。皆、職員が窓口に出てくるのを待っていたのだ。

 脇に列車の空席状況を示す掲示板があった。乗ろうとする列車を探す。ようやく見つけた。その残席数欄には、「0」が並んでいた。 

 

DSCN1031ジャカルタ行き飛行機はペカンバル乗り換えだった。ペカンバルまではプロペラ機

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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