ブルー・ジャーニー

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#64

タイ 五感の旅〈3〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

風の目

 列車で北に向かう。

 バンコクから約90分、ショートトリップの目的地はアユタヤ歴史公園。ユネスコの世界遺産に“古都アユタヤ”として登録されているが、いつものようにインターネットやガイドブックはほとんど見ていない。

 事前に知識を入れすぎてしまうと、ついつい「これ、知っている」「出ていた通りだ」と情報を確認する旅になってしまい、さらには、情報のないものの前を素通りしてしまいがちになるからだ。

 

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 今回、旅の前に目を通したのは、タイの高校3年生用の社会の教科書。“タイ社会の変容(伝統時代と近代)”に始まり、第2章で、経済よりも政治よりも国際社会よりも先に、芸術文化が取り上げられている。

――芸術文化とは、人間の創造物のことで、思想や愛着、信仰から生まれるものである。

 

 芸術文化の歴史は“古代”“伝統主義”“近代”の3つの時代に大別され、伝統主義の芸術文化のひとつであるアユタヤ芸術は、こう説明されている。

――仏歴19―24世紀、チャオプラヤー川流域に興ったアユッタヤー王国の美術である。この長い期間に、アユッタヤーでは独自の芸術作品が多分野にわたって生まれた。その様式は今日まで財産として受け継がれている。

 

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 アユタヤ王国については以下のように説明されており、事前の情報としては必要にして十分。

――アユッタヤーは、バンコクの北72キロメートル、チャオプラヤー川をはじめとする3つの川の合流地点に位置する都市。初代ウートーン王が都と定めた1351年からビルマに滅ぼされる1767年までの400年余、タイの王国として栄えてきた。(中略)王都は政治経済の中心のみならず、王族貴族の豊富な財力によっていく多の寺院が建立され、宮廷には文学や舞踏などのきらびやかな宮廷文化が花開いた。

 

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 柵やロープで囲われた場所は見当たらない。ほとんどすべての場所を歩き、触れることができる。

 さまざまな茶色、グレーの濃淡、木々の葉の艶やかな緑。騒がず、ひっそりとして、だけど心に入りこんでくる色彩が、360度、途切れることなくつづいている。

 人間は150〜200種類の色を見分けることができるとされるが、いま目の前にある色が、すべての人の目に等しく映るわけではない。濃淡は個人の視力によって異なり、さらに、そこに生まれ育った環境や経験が加わり、さまざまな印象となる。美しい、汚らしい、わくわくする、どうでもいい、等々。

 

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 ヴァン・ゴッホは見たいものだけを見た。糸杉もオリーブもそのように見えるから、そのように描いた。どうしてほかの画家にはそう見えないのか不思議に思い、時に怒った。

 多くの医者や研究者はゴッホの視覚障害を指摘した。自画像の右目の瞳孔が開いていること、照明のまわりに色つきの後光が描かれていることなどが、その根拠だった。

 疾患に悩まされていた画家はゴッホだけではなかった。晩年のポール・セザンヌは「わたしの絵は目の病気が生み出したものなのではないだろうか」と自分の才能を疑い、白内障を患ったピエール=オーギュスト・ルノアールは「次第に赤という色に引かれていった」と告白し、白内障を手術したモネは、世界が青みがかっていることに驚いた。

 かつて色鮮やかな絵の具には、銅、カドミウム、水銀などの有毒の重金属を含まれており、それが多くの画家の健康と精神に、引いては作風に大きな影響を与えていたという指摘は少なくない。

 人は自分の心に映った景色を見る。天才と呼ばれる画家は、対象を心に取りこむプロセスで、才能と疾患という2重のフィルターを通していたということなのだろう。

 

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 凡人で、乱視混じりの遠視でしかないぼくには、糸杉が燃え上がる炎のようには見えないし、オリーブの枝は渦を巻かない。そこにあるものは、そこにあるまま見えてしまう。なんでもありは、なにもないのと同じで、心に映るものも取り留めがない。

 だから窓や、窓のようなフレームをフィルターの代わりにして、「見える」を「見る」に変える。

 

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“window=窓”の語源は“vindauga”。古代スカンジナヴィアからイングランドに渡った古ノルド語のひとつで、“vind”は“風”を、“auga ”は“目”を意味する言葉だった。

 ヴァイキングがスカンジナヴィア半島からいっせいに漕ぎ出したころ、ガラスなど無い窓は、風の目の通り道だった。

 

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 やがて“vind”が“wind”に、“auga ”が“ow”に音変化し、言葉の意味も“風の目”は向こう側とこちら側を隔てる“窓”へと変化していった。

 windowは多くの慣用句、ことわざのキーワードになっている。

 Love comes in at the window and goes out at the door=愛は窓から入ってきて、扉から出ていく。

  A window on the world =世界を知る手段

 The eyes are the windows to soul=目は魂への窓

 Fly out the window=完全に消えてなくなる

 クイーンの『Keep Passing The Open Windows=開いた窓の前で立ち止まるな』は、1984年に公開された映画『ホテル・ニューハンプシャー』のサウンドトラックになるはずの楽曲だった。

 原作は『熊を放つ』や『ガープの世界』を書いたジョン・アーヴィングの『ホテル・ニューハンプシャー』。教壇に立ちながら、いつか熊がいるホテルを経営したいと思いつづける父親。夢の実現を支えるやさしい母親と4人の子どもたち。強い絆で結ばれた一家に、これでもかと悲劇が襲いかかる。

 ある日、父親が子どもたちに言う。

「『keep passing the open windows=開いた窓の前でたちどまるな』が大事なんだ」

 末の男の子が首をかしげる。

「『開いた窓の前で立ち止まるな』ってどういう意味?」

 長男が答える。

「『生きつづけろ』っていう意味だと思うよ。悲しい時、苦しい時、開いている窓を見ても、向こう側に飛びこんじゃいけないっていうこと」

 

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 窓越しの景色は、そのとき、そこで感じたこと――肌にからみつく空気の熱っぽさ、風雨に磨かれた石壁の湿った感触、音が遺跡に吸いこまれてしまったような静けさ、コウモリの巣のすえた匂い――を思い出させる。

 鮮やかで、自分だけのもので、そのとき、そこにいたからこその五感の記憶。だから胸がときめき、だから少しさびしい気持ちになる。

 

(タイ編、了)

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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