旅とメイハネと音楽と

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#64

ギリシャ・サントリーニ島滞在記〈3〉

文と写真・サラーム海上

 

地元食材を使ったレストラン『Selene』

 サントリーニ島ではフィラで二泊、イアで二泊した後、5日目の午後3時のフェリーに乗り、次なる目的地ナクソス島へと向かうことにした。その出発前の時間、島の内陸の高台ピルゴスにあるレストラン『Selene(セレーヌ)』の料理教室を訪れた。
 セレーヌは1986年、フィラでオープンした。地元サントリーニ島の食材を使った料理を提供することで、世界中から訪れるお客に料理だけでなく、その背景にある島の文化まで感じ取ってもらうのが開店当初からのコンセプトだった。レストランのみならず、料理教室や結婚式へのケータリングなどを通じて、店は成功し、世界中からお客が訪れた。
 2010年、理想的な食材やワインを求めて内陸の高台にある農村地帯ピルゴスへと移転した。そして、ファインダイニング店舗のセレーヌと、タベルナ(ギリシャの居酒屋)形式で一日中気軽に楽しめる『Selene Meze & Wine』の二店舗で営業を再開した。観光の拠点であるフィラからもイアからも遠く、不便な立地だが、両店ともにサントリーニの郷土料理を求める世界のグルメの間で人気を集めている。

 

tabilistasantorini2「世界一のサンセット」と言われるイアでは、毎晩サンセット・タイムがラッシュアワーとなる!

 

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サンセット直後のイアの人だかり。これぞオーバー・ツーリズム!

 

 午前9時半、イアのホテルをチェックアウトし、タクシーに荷物を詰め込み、一路ピルゴスへ。イアからは山道を45分ほど南下し、山の斜面に張り付くような2階建てのお店に到着した。一階部分はSelene Meze&Wine、二階がセレーヌ。二階に上ると、夜営業のレストランだけにまだガランとしていた。そこで黒髪ですらっとした、どことなくアジア的な顔つきの女性マネージャー、ジョージアさんが迎えてくれた。

 

IMG_3635ピルゴスにあるファインダイニングレストラン『Selene』の室内

 

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『Selene』の半野外テラス席。店内は25席ほど、テラスには18席ほど

 

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レクチャーのために一皿に盛り付けたサントリーニ島の食材あれこれ


「セレーヌにようこそ。今日は当店のシェフ、ヤニスが4つの料理のレッスンを行います。作るのはサントリーニ・サラダ、焼きなすとイカのソテー、鯛のソテー、そしてガラクトブレコというセモリナ粉のお菓子の四品です。でも、その前に私からサントリーニ島の食材について簡単にお話させて下さい。
 サントリーニではファヴァ(ガラス豆)、トマト、アシルティコ・ワインの三品がPDO(EUの原産地名称保護制度)によって管理されています。しかし、他にも世界のどこにもない、このテロワール(土地環境)ならではの食材がいくつもあるんです。
 まずサントリーニ島はキクラデス諸島の最南端に位置し、南はクレタ島が、北にはイオス島があります。乾燥していて、夏は暑く、一年を通じて風が非常に強い海洋性の気候です。そして、島は火山活動によるカルデラの外輪山で、土壌は火山灰と軽石です。水はけが良すぎるため島には川が一つもありません。常に水不足に悩まされてきましたが、反面、農産物はミネラルが豊富で、水分を保てる、強いものばかりとなりました。
 サントリーニ島は紀元前500年ごろに火山の噴火によって今の形となりました。それ以前はもっと熱帯性の気候でしたが、噴火によって環境が激変しました。たとえば、ギリシャの他の島にはどこにでもあるオリーブの木はこの島には存在しません。オリーブはすべて他の島から持ち込まれています。でも、二年前になってやっとこの島でもオリーブの栽培が再開しました。
 今日の最初はそのオリーブの実から絞った2500年ぶりのサントリーニ産オリーブオイルを味わってもらいましょう」
 ショットグラスにオリーブオイルを注ぎ、ジョージアは左手でショットグラスの底を包み込むように握り、右手でグラスの上から蓋をするように覆い、両手でグラスをさすり始めた。
「こうすると、オリーブオイルが手のひらの温度で温められ、香りも味も際立つようになります。しばらく温めてから、香りをかいでみて下さい」
 30秒ほど手のひらでさすってから、右手をはずし、鼻に近づけると、うわ、フルーティーな香り、そしてレモンの香りが交じっている。
「そうなんです。フルーツ、シトラス、そしてハーブです。香りを楽しんだら、次は味わってみて下さい」
 クイッとショットグラスを開けると、まず舌の上で苦味、そしてピリピリと辛味、つづいて喉がカッカと熱くなる。パワフルなオリーブオイルだ。

 

tabilistasantorini3約2500年ぶりに生産が再開したサントリーニ産エクストラバージン折オーブオイル

 

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オリーブオイルのテイスティング方法

 

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「ワインと同じようにオリーブオイルもテロワールに大きく影響を受けます。オリーブオイル作りを再開してたった二年ですが、既に数種類の異なる風味のオイルが販売されています」とジョージアさん


「火山の爆発により消えたのはオリーブだけではありません。サフラン、トリュフ、胡麻、綿花、小麦も絶滅しました。穀物では大麦だけが生き延びたんです。サントリーニ・サラダに使うパンは大麦のパンです。大麦は小麦と違ってグルテンがないので生地が発酵せず膨れません。固いクッキーのようなパンになります。その代り、常温で半年間も保存出来ます。固いので食べるときに水に浸してから食べるんです」
 なるほど。サントリーニ島に着いてから連日いただいていたサントリーニ・サラダのお皿の底に沈むパン、野菜の汁やドレッシングが沁みて美味しいパン、イタリア料理のグリッシーニや日本の乾パンに似ているこのパンは大麦のパンだったのか。

 

tabilistasantorini3サントリーニ固有の大麦のパンを手にジョージアさん

 

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水でもどしてから絞った大麦パン


「次はPDOに選ばれているサントリーニ・ファヴァについて。これはガラス豆の一種で島固有の品種です。毎年6月に収穫し、地下の洞窟で一年かけて完全に乾燥させてから料理に使うんです。たっぷりの水にローリエとともに入れて一時間ほど煮て、フードプロセッサーにかけてピュレ状にして、塩、オリーブオイル、胡椒で味付けます。

 サントリーニの人間にとってこのファヴァのピュレは、ヨーロッパ人にとってのポテトのピュレのようなもので、毎日食卓に上ります。ピュレ以外にも水で戻した豆をフライにしたり、クレープにしたり、マヨネーズで味付けたり、アイスクリームにしたりとファヴァには70種類ものレシピがあります。食物繊維やタンパク質、ミネラルも豊富で、近年はスーパーフードとして海外からも注目を集めています」
 トルコでは、ファヴァとは乾燥そら豆を煮込んだピュレを指す。同じ料理はエジプトやレバノンではアラビア語でフールと呼ばれ、労働者の朝食に欠かせない。どれもシンプルな豆のピュレだが、サントリーニのファヴァは豆本来の持つ味噌のような旨味が強いのが特徴だ。

 

tabilistasantorini3これがサントリーニ・ファヴァ。インドのトゥール・ダルに似ているが、別の種類

 

「2つ目のPDO食材はトマトです。サントリーニのトマトはギリシャ語で『小さなトマト』を意味する『トマタキ』とも呼ばれています。1875年になって初めてこの島でトマトの栽培が始まりました。なんと言っても水が不足しているため、皮が固く小さいものしか育ちません。しかし、その分、味は甘く濃い、とても美味しいトマトが育ちます。

 トマトは毎年6月から9月までしか採れないので、多くはトマトペーストに加工しています。トマトペーストに砂糖を入れてパンに塗るのも最高です」
 ギリシャでは一年中トマトが旬のように思えるが、サントリーニでは夏季しかトマトが採れないらしい。なんとラッキーな! そしてサントリーニの「トマタキ」はミニトマトほどの大きさしかないのに、皮が厚く固く、しかも巾着を絞ったようなプリーツがヘタの周りにいくつもあり、ちょうどイタリアやフランス産のトマト「牛の心臓」種をミニチュアにしたような見た目をしている。

 生でサラダにしても美味いが、これを煮詰めたペーストはまるでジャムのような濃厚な味がする。お店のお土産コーナーでガラス瓶入りのものを一瓶買いました!

 

tabilistasantorini3これがサントリーニのトマト「トマタキ」。見た目は「牛の心臓」種にそっくりだが、ミニサイズ

 

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「トマタキ」を煮詰めたトマトペースト。濃厚で美味い!

 

tabilistasantorini3「カツーニというキュウリの一種も独特です。早摘みはキュウリの味ですが、遅摘みだと甘いメロンの味がするんですよ」とジョージアさん


「そして3つ目のPDO食材は、この島を訪れた誰もが好きになるアシルティコ・ワインです。ピルゴスに来るまでの道で葡萄畑を目にしたと思いますが、この島の葡萄畑は通常の葡萄畑とは全く異なります。木の高さは地上から50cmもないし、木が地面に丸く埋まっているように見えます。それは強い風から守るため、木の枝を籐のバスケット状に内側に丸めて、地面にはいつくばるような形に育てるためです。逆に根は火山灰の土壌の下まで伸びるので、30m以上にもなります。

 毎年8月10日前後が葡萄を積むシーズンです。その時期は午前3時から9時まで、数千人の労働者が集まり、葡萄を手で摘むんです。
 島には17軒のワイナリーがありますが、全て家族経営で、栽培しているのも70%がアシルティコ種です。アシルティコ・ワインはクリスピーで酸味が強く、豊富なミネラルが特徴です。金色で、ナッツ、蜂蜜、ほんの少しのトウモロコシの香りがします。ワイナリーでは白の他にもロゼや赤も作っていますが、干しぶどうから作ったデザートワインのヴィンサントも独自のものです。
 さらにもう一つ、アシルティコを使ったワインビネガーも忘れてはなりません。五年間ヴィンサントの樽で発酵させたワインビネガーです。見た目はバルサミコ酢に似ていますが、もっとフルーティーで強烈な酸味があります」
 このアシルティコ酢も既にサラダなどで味わっていたが、鼻がツーンとするほど強い酸味がありながらも、その後、舌の上をフルーティーな甘みが広がっていく。こんな味を知ってしまったら、もう普通のバルサミコ酢では物足りない!

 

tabilistasantorini3バスケット状に栽培された葡萄の木の枝を再利用して作ったお店の照明

 

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アシルティコ酢、これがむせるほど酸っぱいのだ!

 

tabilistasantorini3アシルティコ酢と塩、エクストラバージンオリーブオイルさえあれば最高のドレッシングが作れる

 

 サントリーニ島はカルデラ外輪山の断崖絶壁に張り付くように建つ白い壁の町なみと、そして眼下のエーゲ海に沈む夕陽、この2つの絶景だけで十分すぎるほど特別な場所だが、島特有の食材もこれほど独特だったとは、訪れるまでは全く知らずにいた。

 

tabilistasantorini3店内には民具がたくさん陳列されていた。こちらは地酒ウゾの蒸留器。トルコのラクの蒸留器とほぼ同じ作り

 

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こちらはギリシャのシシケバブ「スブラギ」の専用グリル。日本の焼き鳥のグリルにそっくり!

 

ファヴァのピュレの作り方

 さて今回はサントリーニ島でお土産に買って帰ったファヴァを使って、ファヴァのピュレを作ろう! 圧力鍋を使えばあっと言う間に作れてしまう。

 

■サントリーニ・ファヴァ(ガラス豆のピュレ)
【材料:作りやすい量】
乾燥ガラス豆:200g
玉ねぎ:1/2個:みじん切り
ローリエ:1枚
水:300cc
塩:小さじ1/2
レモン汁:1/2個分
にんにくすりおろし:少々
胡椒:小さじ1/2
EXVオリーブオイル:1/4カップ
イタリアンパセリのみじん切り:少々
ミニトマト:4個:ざく切り

【作り方】
1.乾燥ガラス豆はボウルにのせたザルに入れ、水洗いし、埃や汚れを落とす。
2.圧力鍋に①の豆、みじん切りの玉ねぎ、ローリエ、水、塩を入れ、火にかける。圧力鍋の説明書に従って、3~10分加圧し、火を止める。普通の鍋なら途中で随時、水を足しながら弱火で90分煮る。
3.減圧したら、フードプロセッサーに移し、レモン汁、おろしにんにく、胡椒を加え、ピュレ状になるまで撹拌する。
4.シリコンへらなどでお皿に盛り付け、真ん中にくぼみを作り、イタリアンパセリ、ミニトマトのざく切りを散らし、EXVオリーブオイルを回しかける。熱いうちにいただく。

 

IMG_3090サントリーニ・ファヴァの完成。ルッコラやスティック野菜、ピタパンなどですくっていただく。魚介類との愛称も最高!

 

*次回『セレーヌ』料理教室編に続きます!

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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