ブーツの国の街角で

ブーツの国の街角で

#64

オルヴィエート:スローシティで過ごすスローな一日

文と写真・田島麻美

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

本格的な夏のバカンスシーズンが始まり、ローマっ子達も長い休暇を満喫しようとこぞって街を脱出し始めた。普段は騒々しい住宅街に静けさが広がるこの季節は、家のバルコニーでゆっくり夕涼みをするのが楽しみの一つとなっている。こんな風にゆったりと「時を過ごす感覚」というのは、仕事や雑事に追われる日々の中では自然と麻痺してしまうものなのかもしれない。「ゆったりした時間、ゆったりした暮らし」に思いを巡らせていた時、ふとオルヴィエートの街のことを思い出した。『チッタスロー(=スローシティ)』と呼ばれる国際的な街づくり運動の本拠地があるオルヴィエートは、ローマから各駅電車で1時間ちょっとで行けるウンブリア州の中世の街で、住民達は地域の食文化、歴史、生活文化や自然環境を厳格に守りつつ、健康的で自然な暮らしの哲学を実践しているのだそうだ。夏の一日、スローシティでゆったりした暮らしを体験してみようと足を伸ばしてみることにした。
 

 

世界一美しい丘上都市

 

   ウンブリア州の豊かな自然に囲まれた丘の上にそびえる中世の街オルヴィエートは、別名「世界一美しい丘上都市」と呼ばれている。FS駅前の広場に出ると、正面にあるケーブルカー駅の真上に旧市街を取り囲む凝灰岩の砦がそびえているのが見えた。標高325mに位置する旧市街は一般自動車の乗り入れが禁止されている。そのため、丘の上の街にはケーブルカーかバスで登って行き、入口の広場からはひたすら歩くしかない。車がないと不便に思われるかもしれないが、実はこれこそが「自然のリズムに沿ったゆったりした暮らし」を実現する鍵となっている。
   丘の上の城塞都市は古代ローマよりも古いエトルリア時代に起源を持つ。紀元前約280年に古代ローマ人がこの街に侵略した際、ラテン語で古い街を意味する「Urbs Vetus(ウルブス・ウェストゥス)」と名付け、それが訛って「オルヴィエート」と呼ばれるようになったという。古代ローマ人が「古い街」と呼んだほどだから、その歴史の古さは計り知れない。現在の旧市街の街並みは中世時代のもので、ウンブリア・ゴシック建築の傑作と言われるドゥオーモ、16世紀に教皇クレメンス7世が作らせた巨大な聖パトリッツィオの井戸をはじめとする歴史遺産、文化遺産が数多く残っている。さらに興味深いのは、旧市街と二重構造を成す古代エトルリア人が暮らした地下都市の存在である。『オルヴィエート・アンダーグラウンド』というガイド付きツアーに参加すれば、古代の街の通りや住民の暮らしぶりがうかがえる地下都市散策も体験できる。
 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 鉄道駅の正面にある『Funicolare/フニコラーレ(=ケーブルカー)』の駅。バスの停留所も隣にある。ここから城壁で囲まれた旧市街に登って行く。バス・ケーブルカーの切符は鉄道駅の売店で購入できる(上)。丘の上にある城壁の公園の入り口(中)。公園内にはウンブリアの緑のパノラマと、〝ルーペ〟と呼ばれる岸壁を見渡す展望ポイントもある(下)。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 OLYMPUS DIGITAL CAMERA


ルネサンスの巨匠・ルカ・シニョレッリの傑作『最後の審判』の壁画が残るゴシック様式の大聖堂(上)。直径13m・深さ62mの巨大な「サン・パトリッツィオの井戸」は1527年、ローマ略奪からこの地に逃れてきた教皇クレメンス7世によって作られた。内部には248段の二つの螺旋階段があり、見学もできる(中)。古代地下都市探検ができるガイド付きツアー「オルヴィエート・アンダーグラウンド」はドゥオーモ広場にあるツーリスト・インフォメーションでチケットを販売している(下)。
 

 

 

アーティストや職人達が暮らす「スローシティ」

  古い歴史と美しい街並みを今に残すオルヴィエートが「Città Slow/チッタ・スロー(=スローシティ)」という街づくり運動の本拠地となったのは1999年。「ゆっくりした街」を意味するスローシティ運動は、それ以前にイタリアで起こったスローフード・スローライフ運動から発展したもので、それぞれの街や地域が持っている歴史・文化・自然環境を大切にし、その価値を再発見して持続可能な経済を作り出すことを目的とした地域の文化顕彰活動のことである。加盟するには住民5万人未満、有機農業や学校での食育教育を実践していることなど、55にも及ぶ厳格な審査項目を全てパスしなければならない。現在、世界約30カ国、236都市が加盟しているこの運動の「お手本」とも言われているのが、本部が置かれているオルヴィエートの街なのだ。
 「スローな暮らし」を思い浮かべながら旧市街の目抜き通りを歩いていると、あちこちの店先に個性的なベンチが置かれているのに気づいた。バールやレストランの外にテーブル席があるのはイタリアでは当たり前の光景だが、オルヴィエートの旧市街では陶器の工房、花屋、土産物屋など、あらゆる店舗の入り口横に趣向を凝らした休憩用のベンチが置かれている。歩き疲れたツーリストも、井戸端会議に花を咲かせる住民のお年寄り達も、誰でも気軽にちょっと一息つけるベンチが通りにあるだけでもありがたいが、店主達の心意気やこだわりが感じられる個性的なベンチの数々は、思わずシャッターを切りたくなるような愛らしさも持ち合わせている。ベンチに惹かれて店を覗いて見ると、中では職人やアーティスト達が黙々と作品作りに没頭していた。伝統工芸だけでなく、若手アーティストの工房もたくさんあり、「手仕事の一点物」を見つけるのが大好きな私にとっては願ってもないショッピング・ストリートだ。それぞれの店で職人さん達とのおしゃべりを楽しみながら、通りの左右をジグザグに歩いて工房兼ショップをいそいそとハシゴする。彼らに街での暮らしぶりを尋ねてみると、「静かで、とにかくゆったりと時間が流れる。都会の暮らしに比べるとまるで別世界だよ」と誰もが口を揃えて言った。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

orvieto_08

緑の木陰が涼しい旧市街の入り口・カヴール大通り。ここから先へ進むと細い路地が入り組む中世の街並みが現れる(上)。あちこちで目にするベンチはどれも人の手の暖かさが感じられるものばかり。わざわざバールに入らなくてもちょっと一休みできるのも嬉しい(下)。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

工房を兼ねたショップが軒を連ねる旧市街の通り。オルヴィエートの伝統工芸である陶器の店は特にバラエティに富んでいる(上)。木の板や石の上に描かれた美しいハンドペイントは、アルゼンチン出身のシニョーラが一つ一つ手描きで作り上げた作品。シニョーラは「静かで豊かな生活」を求めてローマからオルヴィエートに引っ越してきた(中&下)。
 

 

 

職人通りで念願のオーダーバッグを作る

 

  見どころ満載のオルヴィエートだが、観光スポットをスルーして私が向かったのは「職人通り」と呼ばれているVia Magoni/マゴーニ通り。ドゥオーモ広場からすぐの小さな通りには、陶器や布製品、オリーヴの木の工芸品、革製品などの工房が集まっている。通り全体の雰囲気もとてもアーティスティックで、立ち止まって写真を撮るツーリストがたくさんいた。個性的な木の看板がかかったトンネルをくぐって通りに足を踏み入れる。奥へ奥へと進みながら、一軒ずつ工房を覗いては、職人さん達と気のおけないおしゃべりを楽しむ。平日の午前中でのんびりしていたせいか、職人さん達も作業の手を止めて気さくにおしゃべりに付き合ってくれた。
  さて、今回のオルヴィエート訪問で私が密かに目論んでいたのが、「オーダーバッグを作る」こと。子どもの頃からなぜか「袋物」に目がなく、バッグやリュックに自分でも「異常かも」と思うほど愛着を持っている私だが、自分用にカスタマイズしたバッグというのはこれまで手にしたことがない。せっかく革製品の本場イタリアにいるのだから一度は作ってみたい、と思ってはいたのだが、フィレンツェの老舗工房などはとても高くて手が出ないと諦めていたのだ。オルヴィエートにも小さな革製品の工房があると知った時、とにかく一度行って見てみようという気になった。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

職人達の工房兼ショップが集まるVia Magoni/マゴー二通り(上)。陶器、布製品、革製品などの実演も見られる(中上)。雰囲気のある小さな通りの両脇に、カラフルな手工芸品が並ぶ(中下)。郷土の伝統的な布製品を扱う店『Le Chic Di Silvia(レ・シック・ディ・シルヴィア)』の店主ルチアーノさんと世間話に花が咲いた(下)。
 

 

  職人通りの奥まで歩いていくと、『Arte del cuoio(アルテ・デル・クオイオ)』という革製品の工房が見えた。中を覗くと、あるある、私好みのシンプルでカラフルなバッグがてんこ盛り! 一気にテンションが上がり、目を皿のようにして店内をくまなく見回す。その中で一点、パソコン用に丁度良さそうなショルダーバッグが目に留まった。革も柔らかくて軽く、ポイントに付いている外側のポケットもさりげなくおしゃれ。私が求めていたのはまさにこういうバッグなのだが、欲を言えばもう少し横長で縦は短め、ショルダーのハンドルも脇にぴったりフィットする長さがいい。思い切って「このバッグをモデルに、カスタマイズしてもらえるか?」と尋ねたところ、店のお兄さんは「もちろんですよ」と即答してくれた。恐る恐るお値段を尋ねると、店頭に並んでいるバッグと同じ値段でいいという。100ユーロ程度で自分だけのオリジナルバッグが作れるなんて思ってもみなかった私は小躍りした。早速メジャーを持ってきてもらい、自分の体にフィットする大きさを計ってバッグのサイズを決定。「革のタイプと色はどうします?」と聞かれたが、店内のストックには生憎私が欲しいタイプがない。どうしようかと悩んでいたら、お兄さんが、「明日フィレンツェに仕入れに行くので、希望のものを探して来ますよ。どんな革がいいか、希望を教えて下さい」と言ってくれた。お言葉に甘えて希望する革のタイプ、軽さ、色を伝え、出来上がったバッグはローマへ郵送してもらうことにした。通常2〜3日あれば出来上がるそうで、「オルヴィエートのホテルにご滞在でしたらお届けしますよ」とのことだった。イタリアへ来た時からずっと欲しいと願っていた私だけのオーダーバッグ。手元に届くのを楽しみに待つことにし、ウキウキ気分で店を後にした。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

革製品の工房「Arte del Cuoio(アルテ・デル・クオイオ)」。先代の職人さんから工房を引き継いだのは、マリアさんとディミトリーさんの若い姉弟。カラフルでシンプル、かつおしゃれな革製品が手頃な値段で見つかる(上)。店内の工房には、素材のストックもたくさん(中上)。染色から全て手作業で行っている、と説明してくれたディミトリーさん。パートナーのマリアさんと二人で製作を続けている(中下)。縫い合わせを待つパーツ達。時間さえあればフルオーダーもできるが、シンプルなバッグなら通常2〜3日で完成するという。オルヴィエートに滞在するか、引き取りに行けるようならぜひオーダーしてみて欲しい(下)。
 

 

 

スローフード協会お墨付きのオステリアで舌鼓

  時間を忘れて出会った人達と気ままなおしゃべりを楽しみ、自分だけの理想のバッグを作るためにたっぷり時間をかけて思案するうち、いつしかランチタイムになっていた。スローシティのオルヴィエートには、地元の新鮮な食材を使った郷土料理の店や、特産の白ワイン「オルヴィエート・クラシコ」が味わえるエノテカなど、味も品質も保証された食事処がたくさん揃っている。その中でも特に私が惹かれたのが、毎年出版されているスローフード協会発行の『イタリアのオステリア・ガイド』に掲載されていた「Hosteria Posterula/オステリア・ポステルーラ』。レシピだけでなく、使用する全ての食材、サービスなどに厳格な規定を設けているスローフード協会が太鼓判を押しているオステリアだ。期待を胸に席に着きメニューを熟読したが、見慣れないメニュー名に戸惑ってしまった。店の奥さんらしき女性に助けを求め、「この街ならではの、でもあまり重くないもの」をお願いした。運ばれてきたプリモは「ウンブリケッリ」というウンブリア州独特の手打ちパスタを卵黄とチーズ、黒トリュフで和えたもの。これがもう、気絶しそうなほど美味しかった。卵もチーズもオイルもトリュフも、素材の一つ一つが絶品で香りも風味も言葉にできない程奥深い。セコンドのメインディッシュは雛鳥のグリル。ハーブでマリネした柔らかな雛鳥をカリッとグリルした一皿は、とてもジューシーで爽やか。これもまた、素材の質の高さが際立つ料理だった。スローフード協会のお眼鏡に叶ったオステリアは、期待通り、いやそれ以上の味を堪能させてくれた。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

旧市街入り口のカヴール大通りにある『Hosteria Posterula/オステリア・ポステルーラ』は、オルヴィエートの自然の恵みをたっぷり味わえる店(上)。文字通り絶品だったパスタ「Umbrichelli Porsenna/ウンブリケッリ・ポルセンナ」(12€)はアンチョビのオイル、卵黄、パルミジャーノ、黒トリュフだけを使った手打ちパスタ(中)。セコンドは「Galletto Marinato alla Brace/ガレット・マリナート・アッラ・ブラーチェ」(10€)。皮はパリパリ、中はとってもジューシーな一皿(下)。


 

 

★ MAP ★

 

Map-orvieto

 

 

<アクセス>

ローマからフィレンツェ行きの各駅電車利用で1時間15分。

 

<参考サイト>

オルヴィエート観光情報(英語)
https://www.orvietoviva.com/en/

 

Arte del Cuoio/アルテ・デル・クオイオ(伊語)
https://www.facebook.com/Arte-del-Cuoio-Orvieto-239631569532022/

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年7月25日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

Exif_JPEG_PICTURE

田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

ブーツの国の街角で
バックナンバー

その他のWORLD CULTURE

ページトップアンカー