東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#64

インドネシアの鉄道再び〈3〉

文・写真  下川裕治

スマトラ島、ミナンカバウ国際空港~パダン

 インドネシアのスマトラ島。パダンのミナンカバウ空港の入国審査はやけに厳しかった。理由は薄々わかっていた。パスポートにパキスタンのビザや出入国印があるからだ。テロリストの疑いをかけられたのだろうか。

 僕がもっていた常備薬を調べるために、職員のひとりが別室に向かった。残った若い職員に訊いてみる。

「パダン市内へは、どうやって出るんですか?」

「列車の運行がはじまりました。今年の5月から」

「列車?」

 そんな路線は知らなかった。スマトラ島西部の路線は、パダンとパリアマンを結ぶ1路線だけではなかったのか。ところが今年の5月に……。

 

 これがきっと最後になる──。そう考えていた。足かけ3年。東南アジア全鉄道制覇の旅も大詰めに近づいていた。

 達成感はない。ミャンマーにはわずかだが、未乗車区間も残っていた。しかしタイ、マレーシア、ベトナム、カンボジア、そして最後にインドネシア。未乗車区間として残ってしまった路線を、まるで落穂拾いのように乗りつぶす段階に入ってきていた。

 インドネシアのスマトラ島。この島には北部路線、南部路線、そして西部路線があった。それぞれが繋がっていない。効率の悪い制覇旅にならざるをえなかった。北部と南部は乗り終えていた。日程の関係で、西部路線が残ってしまった。その基点はパダン。以前はいくつかの路線があったようだが、いまはパダンとパリアマンの間、1区間だけの運行になっていた。

 ところがLCCに乗ってパダンまできてみると、空港と市内を結ぶ新しい路線ができたという。乗らざるをえないが、再び、不安が頭をもたげてくる。ほかに運行路線はあるのではないか。

 いろいろ考えてもしかたなかった。目の前の路線から乗っていくしかない。

 空港駅は、空港ターミナルから少し離れていた。スロープをのぼっていくと駅舎に入る構造だった。

 完成してそう日数がたっていないのだろう。立派な駅舎はまだ閑散としていた。ホテルのフロントのようなカウンターがつくられ、そこで切符を買った。パダンまで1万ルピア、約94円だった。

 ホームに出ると、そこに時刻表が掲げてあった。これから乗る列車はミナンカバウ・エクスプレスという名前がつけられていた。距離は23キロ。40分ほどで結んでいた。しかしその本数に首を傾げる。1日に5本しか運行していないのだ。

 ミナンカバウ国際空港は、一応、国際空港になっていた。しかしその外観は、インドネシアの地方空港の趣があった。便数が多いのは国内線である。見ると、1時間に2~3本があった。それに比べて、1日5本のミナンカバウ・エクスプレスのダイヤは寂しかった。

 姿を見せたのは、4両編成の新型車両だった。これまでインドネシアで乗ってきたタイプではなかった。スマトラの北部路線。空港とメダンを結ぶ列車に似ていた。しかし乗客は圧倒的に少ない。1車両に3~4人程度だった。特急列車を走らせるには、空港と市内が近すぎる気がする。23キロの距離なら、バスや車でこと足りてしまう。どこか空港から市内まで特急列車を走らせることで、近代的な街の雰囲気をつくりたかったような空気も感じてしまう。インドネシアならありそうなことだった。好景気のなかでは形を整えようとする傾向が生まれるものだ。効率を無視した計画も、勢いのなかで承認されていってしまう。

 

DSCN0992パダンからのミナンカバウ・エクスプレスが到着した。開通からまだ2ヵ月。駅員も乗客も緊張ぎみ

 

 その日、僕が乗ったのは、パダン行きの最終列車だった。といっても、空港を発車するのが夕方の6時少し前。6時35分にはパダン駅に着いてしまった。

 駅舎を出たが、そこにはなにもなかった。売店ひとつない。改札口にまわってみた。しかし駅員はひとりもいなかった。パダン周辺の列車について訊きたかったのだが、今日の仕事は終わり……といった空気が駅を支配していた。改札口を照らす蛍光灯の光は日本の地方にある無人駅に似ていた。

 駅前にタクシーは1台もない。バイクタクシーを探したが、その姿もなかった。ホテルまで歩くしかなさそうだった。これが空港エクスプレスの終着駅といってもね……と溜め息をつく。

 駅には簡単な時刻表があった。そこにはパリアマン行きと空港行きの列車だけが記されていた。おそらく、パダン周辺には、この2本しかない。パリアマン行きの列車は、早朝の5時45分の発車だった。

 

DSCN0996空港からの列車が到着したパダン駅。この寂しさでは……

 

ミナンカバウ・エクスプレスの沿線風景。翌日、空港に向かうときの撮影です

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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