越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#63

香港・港澳碼頭~シンセン・蛇口

文と写真・室橋裕和

 香港と大陸中国の間には、いくつもの越境ポイントがある。羅湖(ローウー)が最も有名だが、今回はそこではない、マイナーなルートで香港からシンセンに向かってみた。

 

 

猛スピードで進む中国のインフラ開発

 この秋、広東では大きなニュースがふたつあった。
 ひとつは香港とマカオを結ぶバケモノのような巨大橋が開通したことだ。その名は港珠澳大橋。全長なんと55キロ、およそ1.8兆円かけて建造された世界最長の海上橋である。日本で最も長い東京湾アクアブリッジが4424メートルであることを考えれば、まさにケタ違い。僕なんぞはレインボーブリッジを運転するだけでビビッてしまうのだが、毎日この港珠澳大橋を行き来するバスやタクシーの運転手は果たして神経がもつのだろうか。
 もうひとつは、香港から広州に至る高速鉄道の開通だ。そのまま中国国内の鉄道網にリンクしており、香港からはシンセンのイミグレーションを経ることなく、ダイレクトに大陸各地に旅立てるわけだ。出入国管理は香港の新しい駅で行われる。
 大規模なインフラ整備は近年の中国を象徴するできごとだろう。いずれは僕も、どちらをも使って「越境」を目論んでいる。が、今回はその新ルートとは違う道のりで、香港と大陸中国を周回してみた。

 

01
香港は海に囲まれている。広東省各地とさまざまな航路で結ばれているのだ

 

羅湖ボーダーにはもう飽きたのだ

 香港から中国の玄関口、シンセンへ。そう思い立ったほぼすべての旅行者が、羅湖ボーダーを通過するであろう。それがトーシロというものである。香港の中心部からMTR(香港鐵路)で北上し、最も人の行き来が多い羅湖のイミグレーションを抜ければ、そこはシンセンの中心部である。繁華街が広がり、鉄道駅もある。便利なルートといえる。
 が、それでは芸がないと思うのだ。
 香港と中国の間にはいくつもの越境ポイントがある。どれも日本人旅行者にはあまりなじみのない場所であろう。僕も恥ずかしながら未体験であった。そこで今回、ちょっとした所用でシンセンに行くにあたり、ひとつ開拓しておこうと思い立った。

 

目指すはシンセン郊外の蛇口

 いつもの通りボロ宿ひしめく我がねぐら重慶大厦を出ると、僕は地下街を歩いて中港埠頭に向かった。まず都市の地下に張り巡らされた迷宮に下りるのが、香港の国境越えなのである。
 ショッピングモールやらホテル、レストランやスマホショップが入り組む地下街を北に歩いていくと、15分ほどで中港城というビルの入り口が見えてくる。埠頭といったって香港では商業ビルと直結しているのである。
 フェリー乗り場に行ってみる。目的はシンセン郊外の蛇口(シェコウ)港だ。上階には広東省各地に向かうフェリーのチケット売り場があるが、蛇港行きは見当たらない。インフォメーションセンターの美人案内嬢に聞いてみれば、
「蛇口はここじゃなくて、マカオフェリーターミナル(港澳碼頭)から出るの」
 と申し訳なさそうに言う。パンフレットを持ち出し、流暢な英語で説明しながら蛇口行きのタイムテーブルやらターミナルの場所やらをメモってくれるのだ。そして距離が近い。あらかじめ出港地点を調べておかなかったことに感謝をした。
 マカオフェリーターミナルは、ここ九龍からは海峡を挟んだ向こう側の香港島にある。中港城を出て今度はMTR駅に向かい、電車に乗り込む。こうして行く先々で人に話を聞いて進路が変わり、また開けていく感じがたまらない。

 

02
マカオフェリーターミナルからは勝ち組向けのヘリも飛んでいる。マカオまで片道15分4300香港ドル(約6万2000円)もする

 

03
蛇口行きの窓口はなんだかしょぼかったが、そのぶん辺境旅の気分を煽る

 

新型イミグレーションに戸惑う

 上環駅で降りて空中歩道を伝い、信徳中心というビルに入る。マカオフェリーターミナルはこのオフィスビルと一体化しているのである。マカオ行きのチケット売り場や旅行会社、カジノの香港窓口などがひしめく一角に、蛇口行きも発見。チケットを買ってさらに上階に進むと、そこはもうイミグレーションなのであった。実に機能的だ。
 そして半分ほどの窓口が、電子化された自動ゲートなのであった。船客たちはパスポートをかざすだけでサクサク通過していく。これが最新の国境越えの姿なのであろう。だがアレ、どうやって通ったらいいんだろう……。迷っていると、従来のように係官がいる窓口が遠くに並んでいるのも見えた。見慣れた光景に安堵するが、こちらには「トラディショナル・ゲート」なんて表記されているのであった。ふん、バカにしやがって……。
 踵を返す。新しい体験にも取り組まねばなるまい。自動ゲートを前にする。次々と通過していく人々の中、ひとり立ち止まって英語の説明文と格闘する。ええと、パスポートをこのガラス面に押し当てればいいのかな……。
「そう、顔写真のページよ」
 見れば案内係か、おばちゃんが傍らに立っていた。時代についていけない僕のようなおっさん対策として配置されているのであろう。数多の国境をくぐり抜けてきたのにいまさら介護の世話になるという事実に軽い屈辱を覚えつつ、パスポートをスキャンする。シャコン、とゲートが開いた。おおっ。声が漏れる。
 一歩進む。やはりアクリル板に四方を囲まれた小部屋には、指紋を読み取るスキャナーが設置されていた。おばちゃんの声援を受けて、人差し指を押し当ててみる。パシュッ、と次のゲートが開いた。これで出国完了なのである。すげー……感心している僕の間抜けな顔がスキャナー上部のモニターに映し出される。自動的に写真も撮っていたようだ。
 香港の出国スタンプは数年前にすでに廃止されている。コレクターとしては悲しい話だ。この上、係官と対峙する緊張感も少しずつ過去のものとなっていくのだろう。

 

04
この向こうがマカオフェリーターミナルのイミグレーション。そして行き先別の埠頭がある

 

 イミグレーションからエスカレーターで階下に降りれば、そのままボーディングゲートとなっている。乗客は20人ほどだろうか。300人は乗れそうな船だが、蛇口行きはあまり需要がないようだった。
 時間ぴたりに出航した船は、小雨の中、北上していく。空港のある大嶼島と九龍を結ぶ青馬大橋をくぐり、右手にタワマン群を望み、蛇口を目指す。
 そういえばここまで、重慶大厦を出て目の前にある地下街に潜ってから、一度も屋外に出ていないことに気がついた。常に屋根の下か建物の内部を移動して、国境を越えたのだ。ずいぶん便利になっちゃったなあ……と思いつつ、船窓を眺めた。

 

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蛇口行きのフェリーはとっても快適だった。およそ1時間の航海

 

(次回に続く!)

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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