韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#63

ツバメ舞う清風明月の里・堤川、1泊2日の旅

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 忠清北道の北東に位置する堤川(チェチョン)。この20年間、韓国全土を歩いているが、週1、2回大学講師の仕事があるため、もっとも多くリピートしている町だ。(本連載#58参照)

 韓国が梅雨入りした6月某日午後2時、授業を終えた先生が何人か集まり、ソウル行きのバスが出るターミナルの近くで昼酒が始まった。途中数人が加わり、夜までグラスをぶつけ合う。

 ソウル行きの終バスは9時。その時間が近づくと、私は惜しまれつつ(?)その場を去るのが普通だが、その日は興が乗って1泊することにした。翌日、一人でこの通いなれた町をぶらぶらしようという魂胆である。

 

01堤川市内から水山里へ向かうバスの最前列から

 

 

宿は『清風ゲストハウス』

 堤川市内で『クルリム』(心引かれ)というワインバーを営む20代のキム代表は、堤川出身だ。3年前、堤川駅から歩いて7分くらいかかるところにゲストハウスをオープンしたので、そこに泊まることにする。平日で空いていたので2人用ドミトリーを1人で使う。

 

02ワインバー『クルリム』オーナーの『清風ゲストハウス』は1泊25000ウォン。1階のロビーではトースト、コーンフレイク、コーヒー、ジュースなどの朝食が用意されている。

ホームページ→http://www.jecheonguesthouse.com/

 

03ゲストハウスで出合った女子大生2人は全州駅から龍山駅と正東津駅を乗り継いで堤川駅に来たという。次の目的地は丹陽

 

 明日の目的地は山椒で焼いた豆腐と韓方酒が美味しいというデポチプ(昔ながらの大衆酒場)があるという水山里(スサンリ)。堤川から市外バスに乗って1時半の小旅行だ。

 

 

市外バスに乗って

 翌朝、堤川市内から900番台のバスに乗って清風面へ向かう。お客さんはおじいさんやおばあさんばかり。堤川は昔から、“そこにたどり着くには馬のひづめが全部折れるほど山深い里”といわれている。

 大きな山々に囲まれて、山と山の間には川と湖がある。空気が澄み切っていて、夜は月が鮮やかに映ることから、“清風明月”の里とも呼ばれる。

 

04市内バスの車窓風景

 

 私が座ったバスの最前列から観る景色は映画さながら。乗ったり下りたりする村々の人たちはまるでエキストラのようだ。

 

水山里で出合ったデポチプ

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 水山里は、かつては、牛市場が立ったりしてにぎわったこともあったそうだが、今はこの山里一の繁華街という言葉がむなしく聞こえるくらい鄙びている。

 表通りにぽつぽつとある商店の軒下にはツバメの巣が無数にある。今はまさに繁殖期なのだろう。黒い影が出たり入ったりしている。こんなにたくさんのツバメを見たのは初めてだ。

 小さな雑貨店の前のベンチでタバコを吸っているおじいさんと世間話をした。この辺りでは昔はトウキビがよくれたという。忠清北道とはいえ、堤川は北側を江原道に接している。やはり半島の北部なのだ。

 

 

シンプン食堂で薬草酒を

 噂のデポチプ、シンプン食堂は、水山里604番地に位置する市場通りから200メールくらい歩いたところにある。75歳になるファン・ハンヨン女将が27歳のときからやっている店だ。看板はない。入口に赤い字で店名が書いてあるから、日本の人でもなんとか見つけられるだろう。

 

06シンプン食堂の外観

 

「一人で来たのかい?」

 小柄な女将が迎えてくれる。何も言わなくても、コンクッムル(豆茶)を出してくれた。香ばしい。まさに田舎の味だ。

「美味しいお酒があると聞いてソウルから来たんですよ」

 ラベルを取り去った清涼飲料水のペットボトルが出てきた。古漬けの白菜キムチと大根キムチが添えられる。

「薬草入りの酒だからね。たくさん飲んでも頭が痛くならないよ」

 黄色みがかった澄んだお酒だ。ほどよい甘みがあって、いくらでも飲めそうだ。女将の知り合いが醸している酒だという。

 

07お目当ての薬草酒

 

「これはケモクスンア(毛桃)の漬物だよ、食べてごらん。私が直接育てたものを漬けたんだ。こっちは山菜とごはんを山椒油で炒めたものだよ。これは〇〇の葉(訛っていて聞き取り不可)だよ。香りがいいだろ?」

 女将は席を離れるたびに一つずつおつまみを持ってきて静かに説明しながら食べさせてくれる。子ツバメにエサをやる母ツバメのようだ。

 

08山菜とごはんの山椒油炒めをつくる女将

 

 豆腐の山椒油炒めや、その年に植えた豆を使ったコンカルククス(黄な粉麺)など、素朴な食べ物を出している。コンカルククスは、黄な粉を加えて手でこね、それを棒で伸ばして切ったものだ。力仕事でしんどいそうだが、昔も今もそうしている。

 

09手打ちの黄な粉麺

 

 45歳のとき、夫を失ったという女将が、低い声で淡々と話し続ける。義理の親の世話をしながら2人の息子を育てた。私はうなずきながら酒を飲むしかなかった。

 

 

おみやげ

「遠くから来てくれて、うれしいね。こんなものくらいしかあげるものがないんだけど、これ毛桃のエキスだよ。ソウルに帰ったら水に溶かして飲んでみて。梅エキスよりもっと体にいいんだよ」

 女将が黒褐色の液体がたっぷり入った小さなペットボトルを手渡してくれる。

「裏庭に行くから、ついておいで」

 小さな甕の中から毛桃の漬物を取り出してビニール袋に包んでくれる。少しだけでいいからと遠慮しても、もっともっと言いながら、何度もひしゃくで毛桃をすくってくれる。

 

10庭先の甕で漬けられる毛桃

 

「さっき〇〇の葉が美味しいって言ってたね」

 そう言いながら、裏庭の菜園で葉を刈り取って袋詰めにしてくれる。

 思わぬもてなしに、目頭が熱くなった。

 

11webおみやげにと香りのいい葉をつんでくれる女将

 

 酒代しか受けとろうとしない女将と、「ダメダメ!」という私との小さな人情戦争を終えて、店を出る。

「またまた遊びにおいで」

「はい、お母さんもお元気で」

 何年も会っていない祖母のもとを訪れたような気持ちになった。

 

12なごり惜しい、水山里の街並み

 

 堤川行きのバスに揺られる夕暮れどき。女将の問わず語りをはんすうする。

「私は花が好きでね。落ち込んだとき、花を見ると元気が出るんだ」

「ここから見る夜空の星が、本当にきれいだよ。星に『悲しいよ、悲しいよ』と話しかけると、気持がラクになるよ」

 もう一度行く。かならず。今度は日本からのお客さんとともに少しにぎやかに。

 

 

*筆者との交流会のお知らせ

 7月22日(日)新大阪駅の近くで、筆者のトークイベント『韓国全土、呑んで、歩いて20年 』を開催します。過去20年間の取材エピソードや韓国大衆酒場の魅力をたっぷり語ります。イベント後は筆者との交流の場として、東三国駅近くの韓国料理店で懇親会(飲み放題)を行います。ぜひご参加ください。イベント詳細やお申込みは下記をご覧ください。

http://www.apeople.world/ja/culture/event_008.html

https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=1830766

 

 

 

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*本連載は月2回配信(第2週&第4週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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