ブーツの国の街角で

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#63

ジェンツァーノ・ディ・ローマ:イタリア最古の花の祭典「インフィオラータ」

文と写真・田島麻美

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毎年イースターから60日以後の木曜日に祝われるキリスト教の「聖体祭(ラテン語でCorpus Domini)」は、復活祭から地上に留まっていたキリストが天国へ帰って行ったとされる日。本来は「三位一体の主日」後の木曜日が祝日だが、現在では多くの国でその週の日曜日に祝われている。カトリックの重要な行事であるこの聖体祭は数日間かけて祝われるのだが、儀式のクライマックスである「聖体行列」に欠かせないのが「インフィオラータ」と呼ばれる花の絨毯だ。
聖体行列が通る道に花びらやスパイス、ハーブなどを敷き詰め、その上を十字架や聖職者、信者たちが行進する「インフィオラータ」。イタリア語で「花を敷き詰めた」という意味のインフィオラータは、聖体が通る道を清めることを目的に17世紀前半にローマで始まったのが起源とされている。現在では世界各地で見られるようになったイベントだが、この祭が宗教行事というよりも「花の祭典」として認識されるようになったのは、ローマ郊外の街ジェンツァーノのインフィオラータが世界中に知られるようになってからだろう。初夏の一日、〝イタリア最古〟と言われる花の祭典を体験しに、ジェンツァーノまで足を伸ばしてみることにした。

 1778年から続く伝統の花祭り

 

   イースターと同じく移動祝祭日である「聖体の祝日」は毎年カレンダーによって変わるが、今年は6月22〜24日の三日間に渡って聖体祭が行われた。ローマの南東約30km、風光明媚な丘陵地帯カステッリ・ロマーニの街の一つであるジェンツァーノ・ディ・ローマで花びらを使った美しい絵画が道を埋め尽くすインフィオラータが始まったのは1778年のこと。極彩色の緻密で巨大な花の絵の美しさはたちまち評判となり、以来、毎年の聖体祭には世界中から観光客が訪れるようになった。インフィオラータの期間は小さな街がごった返すと聞いていたので、出来るだけ混雑を避けようと最終日である月曜日の早朝に行くことにした。
   朝8時半、ジェンツァーノに着くと、真っ直ぐにインフィオラータの会場であるベラルディ通りを目指した。大通りを進んで行くと、広場の先の坂道一面が極彩色で埋め尽くされているのが見え、思わず「わー!」と歓声が上がった。説明書きを読むと、この道全体約2000平方メートルの敷地に13枚の絵が展示されていて、それぞれの絵は幅7m、長さ14mもの大きさがあり、材料には35万本もの花や植物が使われているのだそうだ。これまで写真でしか見たことがなかったインフィオラータだったが、実際に間近で見て驚いたのがその豊潤な香り。色も種類も様々な花びらに加え、ハーブやスパイスなど大地の恵みをふんだんに使用して描かれた絵は、側を通るたびになんとも言えない良い香りで見学者を包み込んでくれる。一枚の絵は何しろ大きく、全体像を鑑賞するにはヘリコプターで上空から見るしかないのだが、そもそもこの花の絵は鑑賞することが目的だったわけではなく、聖体が通る道を花々の香りで清めるために作られたのだ。爽やかな芳香に満たされた通りを歩いてみると、その意味がとてもよくわかる。
 

 

 

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ジェンツァーノの街の入り口には『インフィオラータの街・ジェンツァーノ』と書かれた看板が誇らしげに立っている(上)。今年でなんと241回目を数えるインフィオラータの会場Via Belardi/ベラルディ通り(中上)。一面を埋め尽くす花の絵は幅7m、長さ14m。昨年まではもう少し小さめで15枚あったが、今年はサイズが大きくなり13枚の絵が展示された(中下)。生ものなので天気によってコンディションが変わるため、期間中は常に細心の注意を払ってメンテナンスが行われている(下)。
 

 

 

住民総出で盛り上げる街の一大イベント

   一枚一枚の絵をじっくり鑑賞しながら歩いていると、色分けされた花びらが詰まった大きなバケツを抱えた人達がどこからともなく現れた。どうやら絵のメンテナンスをするらしい。興味をそそられて見ていると、一つ一つの絵のコンディションをチェックしては茶色くなった花びらを取り除き、一握りの花びらを足し、水を含ませて固めるという作業を黙々とこなしている。メンテナンスが済むと、今度は絵の鮮度を保つために長いホースを持った人達が道を散水して回る。この人達は、専門の作業員なのだろうか? 頭をよぎった疑問を、目の前で散水しているお兄ちゃんにぶつけてみた。
 「いや、俺達みんなジェンツァーノの住民だよ。インフィオラータは毎年、住民総出で運営してるんだ。絵を作る人もいれば裏方として働く人もいる。絵はどれも住民がグループを作ってチームになって制作するんだ。伝統的にだいたい15のチームがあって、それぞれのチームに〝マスター〟と呼ばれるリーダーがいるんだよ。どのマスターも独自のテクニックを持っていて、それは極秘になっている。チームごとに受け継がれていくのさ」と教えてくれた。絵の脇にはそれぞれ制作チームのメンバーと作品テーマなどに関する解説が展示されていて、それを読みながら改めて絵を見てみると、手作り感が一層伝わってくる。
   毎年初日の土曜日の早朝から絵の制作が始まり、日曜日のミサを経て、最終日の月曜日の夕方には伝統衣装をまとった時代行列や子供たちが花びらを蹴散らして絵の上を走り回る「スペルッカメント」が行われ、年に三日だけの花の祭典が幕を閉じる。お兄さんの話によると、その全ての行事に子どもからお年寄りまで住民全員が参加するのだそうだ。暑い日差しの下、地面にしゃがみ込んで黙々と作業を続ける人達の背中を見つめながら、240年以上続いている伝統のインフィオラータをこの街の住民達がいかに大切にしているかを思い知った。
 

 

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暑さですぐに萎れてしまう花々を少しでも新鮮に保つため、常に散水が行われている(上)。 Tシャツのフレーズも粋な運営委員会のお兄ちゃん。インフィオラータの歴史や住民達の苦労について色々と語ってくれた(中上)。各作品の横に展示されている解説板。絵に込められた意味やマスター達のテクニックなどがわかる(中中)。色ごとに分けられたバケツは無数にある。一つ一つの花びらは住民達の手によって細かく切り分けられている。準備作業は一ヶ月以上前から始まるのだそうだ(中下)。暑さも忘れ、メンテ作業に没頭する人達。彼らのお陰で美しく香ばしい絵を楽しむことができる(下)。
 

 

 

町役場のバルコニーは絶好のビューポイント

 

  展示会場となっている坂道の頂上から花の絨毯を一望した後、もう少し小高い場所はないかと周囲を見回していた時、私が手にしたカメラに目を留めた通りすがりの上品なマダムが、「町役場のバルコニーに行けばもっと良く絵が見られるわよ」と声をかけてくれた。私、この街の住民ではないのですが役場に勝手に入ってもいいんでしょうか?と聞くと、「もちろん。インフィオラータの時期は役場のバルコニーが開放になるのよ。だって一番良く見える場所なんですもの。誰でも入れるわよ」と言いながら、わざわざ私を役場の入り口まで案内してくれた。このマダムも、もちろんジェンツァーノの住民。「バルコニーから見学した後は下の洞窟も行ってみるといいわ。制作に使われる花やスパイスを保管しているのよ。涼しいし、迷路みたいになっていて面白いわよ」と追加のアドバイスもしてくれた。散水係のお兄ちゃんといいこのマダムといい、なんて親切でいい人達なんだろう。こんな小さな出来事からも、住民達のインフィオラータに対する誇りが感じ取れる。誰もが心から大切に思っている行事だからこそ、外から来た見学者一人一人に喜んで欲しいという気持ちも湧いてくるのだろう。
  マダムが案内してくれた役場の入り口から、バルコニーがある2階のサロンを目指して登って行く。広いサロンに着くと、昔の写真や今年の展示作品の下絵が展示されているのが目についた。古めかしい白黒写真は1895年6月に行われたインフィオラータを撮影したもので、見学者の服装や街並みがいかにも歴史を感じさせる。順番待ちをしてようやく小さなバルコニーに立つと、眼下に広がる色とりどりの絵に息を飲んだ。間近で見るのとは全く違う。上から全体を眺めると、一枚の絵としての構図や彩りのバランスの美しさが一層際立っている。遠くから見ると、花びらというよりふわふわの毛糸で織った絨毯のように見える。親切なマダムのお陰で間近で見るのとはまた違った美しさを楽しませてもらうことができた。
 

 

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1895年6月に行われたインフィオラータの貴重な記録写真(上)。町役場2階のバルコニーからは通りを一望できる(中上)。間近ではわからなかった絵の全体像がはっきり見られる絶好のビューポイント(中下)。まるでふわふわの絨毯のように見える花の絵(下)。
 

 

 

天然の洞窟が花の倉庫に

    バルコニーでの見学を終えると、マダムのアドバイスに従って洞窟ものぞいてみる事にした。しかし、洞窟とは一体どこにあるのか? 役場の建物をうろうろしていると、中庭に面した扉の奥に人の姿が見えた。もしや役場の地下が洞窟になっているのだろうか。
   ちらっと見かけた人の姿を追って扉の中に入ると、ふんわりと甘い花の香りが鼻腔を満たした。見回すと、山積みになった箱の中に色とりどりの花びらが、足元にはハーブやスパイスの袋がたくさん置かれている。忙しく作業に精を出していた男性二人組に、「洞窟ってここですか? 見学できます?」と尋ねると、「ちょっと待て。案内人を呼ぶよ。中は迷路になってるから誰か付いてないと迷子になっちゃうよ」と言って大声で仲間を呼んでくれた。
   いそいそと出てきたのは短パン&ランニングシャツのおじさん。「足元に気をつけて」と言いながら、ハーブの香りが充満する洞窟内を先導してくれる。「インフィオラータに使う材料は全てジェンツァーノ周辺の自然の中から集めてきて、祭りの間はここに保管しておくんだよ。ほら、これがサウサ。絵のベースに使うんだ。外に出しておくと干からびてしまうけど、この洞窟の中に保管しておけば湿度が保てるんだよ」と言って制作材料となる植物を次々に手にとって見せてくれた。「どのくらい前から準備するんですか?」と尋ねると、「そうだね、素材にもよるけど、ベースは一ヶ月くらい前から作り始めるかな。花びらは傷みやすいからもっと直前だけどね。それからフェンネルは香りを維持するためにフレッシュなまま使うから、常にこの洞窟で保存しておいて毎日手入れをする時に持ち出すようにしているんだ」と教えてくれた。
   冷んやりした洞窟内には、インフィオラータの命とも言えるフレッシュな花や植物達が出番を待って眠っている。ちなみにガイドのおじさんによると、「この洞窟はジェンツァーノの昔の街の名残なんだ。ここだけじゃなく、街の下にはこういう迷路みたいな洞窟がたくさん残っているんだよ」とのことだった。インフィオラータの舞台裏を垣間見ると同時に、思いがけず地下洞窟探検まで楽しませてもらい、親切なジェンツァーノの人々に感謝の気持ちでいっぱいの1日となった。
 

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町役場の建物の一階倉庫には、材料となる花びらやハーブ、スパイスが山積みとなっていた(上)。涼しく適度な湿度もある洞窟は冷蔵庫がわりとして使われている(中上)。内部は本当に迷路になっていた。このおじさんがいなかったら確実に迷子になって出られなくなっていただろう(中中)。絵の縁取りやベースとして使われるサウサ(中下)。道でとても爽やかな香りを放っていたフェンネル。柔らかくてすぐに乾燥してしまうので、洞窟内の一番奥深く、土の上で大切に保管されていた(下)。
 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマから車でアッピア・ヌオーヴァ街道/SS7 利用、約1時間。
ローマのメトロA線アナニーナ駅からCotral 社のバス利用で約1時間40分。
テルミニ駅から各駅で最寄駅のアルバーノ・ラツィアーレまで行き、そこからバスで行く方法もあるが、乗り継ぎはあまり良くない。バス利用ならアナニーナから直接ジェンツァーノへ着くコトラルのバスをお勧めする。
 

 

<参考サイト>

インフィオラータ・ディ・ジェンツァーノ(FB/伊語)
https://www.facebook.com/infioratadigenzanodiroma/

 

コトラル社バス(伊語)
https://www.cotralspa.it/

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年7月11日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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