ブルー・ジャーニー

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#62

タイ 五感の旅〈1〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

とろり、とろりと       

 大きな木に出会うと、いつも、上へ、上へと連れて行かれる。数百年の時間が刻みこまれた樹皮を伝い、物語を乗せて無数に広がる枝をくぐり、やがて視線は初々しい先端の向こうの青い広がりに吸いこまれ、身動きが取れなくなる。 

 

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 川もまた、いつのまにかこころの中に入りこんでくる。

 海や川や湖や樹木の葉から立ちのぼった蒸気は、雲を作り、雨や雪になる。大地に還った水は、土にもぐり、あるいは小さな流れとなって低い方へと流れる。小さな流れと小さな流れが出会うと小川になり、小川と小川はさらに大きな流れをつくり、出会いを重ねながら川になる。

 つねに入れ替わり、一瞬、一瞬が新しく、それなのに同じ姿を保ちつづける川の流れを見ていると、深みへ、深みへと吸いこまれていくように思え、身動きが取れなくなる。

 

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 紅土(ラテライト、語源はラテン語のLater=煉瓦)をたっぷり含んだ水が揺れている。

 タイの中央部を縦断し、首都バンコクを南北に流れるタイ最大の川、チャオプラヤー川。

 源流はタイの北部、ミャンマーの国境付近を水源とするピン川とラオスとの国境付近、ルアンブラバン山脈に始まるナーン川。このふたつの川がタイ中北部のナコンサワンで合流し、チャオプラヤー川となり、タイ湾に注ぐ。

 全長365キロは日本最長の信濃川とほぼ同じだが、起点のナコンサワンと河口の標高差はわずか24メートル。流れというにはあまりにゆっくりした水の動きに運ばれ、積もった土に形作られた広大なチャオプラヤー・デルタ(三角州)は、世界有数の稲作地帯となっている。

 

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 川は高い場所から低い場所へ流れ、同時に、過去から現在に向かって流れている。

 ティグリス川、ユーフラテス川、黄河、インダス川、ナイル川、そしてこのチャオプラヤー川、もしもこれらの川が無かったら、世界は大きく異なっていただろう。

 18世紀、チャオプラヤー川にやってきたフランス人は言った。

「ここの住民たちはただ耕し、種をまくだけだ。完全な自然に恵まれているから、潅漑の必要はない。天然の洪水と温暖な気候が稲を育て、すばやく実らせる」

 

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 チャオプラヤー川下流にアユタヤ朝(1351〜1767年)が興ったころ、アユタヤより約70キロ上流の地域に位置するバンコクは、小さな村だった。

 当時の呼び名は“バーンコーク”。“バーン”は「水路、または水路が形成された村」を、“コーク”はオリーブの一種、マコークを指す言葉だった。

 

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 首都に成長した“オリーブの村”の水面を縦横に走るのが高速ボート“チャオプラヤー・エクスプレス”。

 旗を掲げていない船は、各駅停車の“普通”。橙色の旗は“急行”、黄色の旗が“特急”、緑の旗はちがうルートをカバーする“特急”。終日動いているのは急行のみ(6時〜17時)。ほかは通勤、通学時間を中心に、朝と夕方の3時間前後だけ運行されている。

 ほかに観光客のためのチャオプラヤーツーリストボート(青旗)もあるが、タイを感じようと思うなら、学生、会社に向かう人々、僧侶たちと各駅停車に同舟すること、生活に飛び乗ることだ。チケットは船の中でも買うことができる。

 

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 澄んだ小川は、動いているものと静止しているものをたしかめることができるが、ここはすべてが隠されている。

 とろり、とろりとうねる川面を見つめていると、どっちが上流でどっちが下流なのか、ほんとうに流れているのか、空間と時間があいまいになっていく。

 

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 日本が軍国主義に傾いていく昭和3年に日本を脱出、4年間に渡って東南アジアを放浪した詩人、金子光晴。いっさいの贅肉を削ぎ落とした文章で組み上げられた『マレー蘭紀行』の中で、金子は、船の中で仰向けに横になり、空を見上げているにもかかわらず、意識が水に吸いこまれていく感覚を、こう書き記した。

――私は船の簀に仰向けに寝た。さらに抵抗なく、さらにふかく、阿片のように、死のように、未知に吸いこまれてゆく私自らを感じた。そのはてが遂に、一つの点にまで狭まってゆくごとく思われてならなかった。

 

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 第2次世界大戦が終了し、オーストリアの捕虜収容所から解放されたフランスの天才的な数学者、ジャン=ピエール・セールは、しばしばセーヌ川に足を運んだ。パリでもっとも古い橋、ポンヌフ(新しい橋の意)の上から水面を眺めるためだった。浮かんでは消えていく、大小様々な渦に引きつけられ、うっとり見つめるうちに、水の動きは数字に置き換えられ、流体の動きを解明する歴史的な手がかりとなった。

 留まることなく移ろう自然を撮りつづける写真家、スーザン・ダージェス(イギリス)もまた渦に魅せられたひとりだった。どうすれば、あの美しさ、驚きを切り取ることができるのだろうか。納得のいく写真を撮ることができなかったダージェスは、視点を橋の上から水中に移動。ガラス板にはさんだ印画紙を夜の川に沈め、上から瞬間的に光を当てて、水の中のできごとを焼き付けることに成功した。

 

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「浄善は水の若(ごと) し(もっとも善なるあり方は、水のようなものだ)」スーザン・ダージェスが傾倒した道教の祖、老子は言った。「水は善(よ)く万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に処(お)る、故に道に幾(ちか)し(水はあらゆるものに恵みを与えながら、争うことがない。だれもが嫌うような低い場所に流れ、そこに落ち着く。水こそは道に近い存在なのだ)」

 

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 異国の路地を歩いていて、マクドナルドやセブンイレブンに出会うと、その瞬間、その場所は世界中のどこにでもある場所に――あるいはどこでもない場所に――なってしまう。

 だから街角に差しかかると、少し緊張してしまうのだが、ここではそんな心配はない。

 存分にさまよい、跳びはねる魚に連れもどされ、時は流れていく。

 

 

(タイ編、続く)

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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