越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#62

インド・アイザウル

文と写真・室橋裕和

 バングラデシュとミャンマーに挟まれたインド・ミゾラム州。その州都アイザウルは、さまざまな民族が行き来する人種のるつぼであり、また複雑怪奇な構造を持つ「階段都市」でもあった。

 

 

日本人の心の底に流れる光景

 インド東北部に突き出た三角地帯には、7つの州がある。そこに住まうのはインド系の人種ではなく、僕たちと同じ顔をしたモンゴロイドなのである。山菜や川魚をコメと一緒にふんだんに食べ、納豆をつくり、山の懐に藁葺きの家が連なる。みずみずしい田畑。子供たちはまだ小さいのに、赤ん坊を背負い、マキを担ぎ、家の手伝いをしている。まるで「日本昔ばなし」のような、アジアの原風景ともいえるその姿。
 ここは日本人のふるさとかもしれない……そんな思いを抱えてインド東北部の諸州を巡っていた僕は、最後のシメとしてミゾラム州を訪れた。

 

かつての閉ざされた州境を越えていく

 アッサム州シルチャールは、よくあるインドの街道筋のたたずまいであった。うるさいリキシャ、そこらじゅうにいるチャイ売りと物乞い。アブラっこい顔のインド系。モンゴロイド系もいるが、多数派はインド系のように見えた。
 この東北部諸州は、インド系にとっては入植の地でもある。ビジネスチャンスを求めて移住してくる大量の人々を前に、少数派のモンゴロイド系はかなわない。数が違う。東北部でも早くから治安が安定し、また地域の中心でもあったアッサム州は、インド系の進出がさかんだ。「混沌と喧騒のインド」に、僕たちモンゴロイドが呑みこまれていくようで、なんだか悔しさを感じてしまうのであった。
 そんなシルチャールを乗り合いのバンで出て、ひたすらに山間の道を南下していく。グーグルマップを開いてみる。ミゾラム州は西のバングラデシュ、東のミャンマーに挟まれた、まさにミゾのような形態をしている。入り組んだ国境地帯に潜りこんでいくことに興奮は高まる。そのまま国境を越えて南下していけば、かのロヒンギャ問題に揺れる現場に至るのだ。人種や文化の衝突点であり、融合点であり、これぞまさしく「コミュニケーション」とやらの最前線であるのだと思いながら地図と車窓とを眺め続けていると、やがて関所が現れた。アッサム・ミゾラム州境である。
 運転手は僕のほうを振り向くと「あんた外国人だろ、オフィスで手続きしてこい」と言う。バンを降りれば目の前には、まさにチェックポイントという感じで州境ゲートがかかっている。昂揚する。ここから先のミゾラム州は、かつてのオフリミット、外国人立ち入り禁止エリアなのである。しかし2011年から方針が変わり、禁断の州境もいまや崩された。
「たのもう!」
 パスポート片手にオフィスに出向いてみれば、流暢な英語を話す係員のおばちゃんが手続きをしてくれて、ものの5分で入州が許可された。
「アイザウルに着いたら、そっちの役所でも外国人登録してね」
 と言われて見送られる。時代は変わったのだ。

 

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アッサム・ミゾラム州境ポイント。そこらの国境よりもはるかにレアな地点といえるだろう

 

 

そこは東北部随一の洗練された都市だった

「こっ、これがアイザウル……」
 ナガランドやアッサム辺境のドイナカを旅してきた僕にとっては、もはや大都会であった。立ち並ぶビル、行き交うタクシー、きらびやかなショッピングモール、まばゆい電光掲示板。目がくらんだ。モンには地べたにゴザ広げて、野菜と肉を並べた店くらいしかなかったのに、村の集会所よりでかいデパートがアイザウルにはあるのだった。ロンワには年頃だろうにボサ髪ボロ服で赤ん坊を背負った農村系女子しかいなかったのに、同じモンゴロイドだがアイザウルを闊歩するギャルはみ~んなおしゃれで、渋谷というには無理があるが、大宮や立川くらいなら違和感がなさそうな出で立ちなのである。ミニスカ黒ストで絶対領域を強調したギャルまでいる。素朴な山村を旅してきた僕には刺激が強すぎる。
 ホテルに入ってみれば当たり前のようにwifiはビンビンだし、受付の女子は英語ペラペラで、手が空くとスマホだけでなく、地元発行の英字新聞なんか読んでいるのである。東北部のほかの州とは、あまりに世界が違う。
 聞けば、こういうことであった。
 ミゾラムもナガランドなどの州と同様に、インド中央政府から独立を求める闘争を続けてきた。モンゴロイドが多数派なのだから、インド系の人々とは別の国がいい。それは自然な感情だろうが、なにせ多勢に無勢。彼我の戦力差は明らかだ。そこでミゾの人々は、さくっと方針を転換。目標を「独立」から「自治獲得」に変更し、1986年にはインド政府と停戦した。現実路線の州なのである。
 インド政府も紛争解決のモデルケースとしたかったようで、予算をずいぶんとつぎこんだ。そのためミゾラム州だけ周辺より突出して発展している……ということらしい。教育レベルも高く、治安もずっと安定してはいたのだが、まわりの州や、国境を越えたミャンマーやバングラデシュ側でゴタゴタが続いていたため、外国人の入域は制限されてきたのである。

 

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アイザウルの市場にて。納豆売りのおばちゃん。納豆は東北部のどこでも広く食べられている

 

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街いちばんのショッピングモールにて、デニムで決めるミゾ女子たち。ナガの山村とは世界が違いすぎる

 

 

超レアスタンプをゲットする

「……というわけで、いままで外国人はぜんぜん来てくれなかったの」
 外国人登録オフィスの係官は、かわゆい笑顔で解説する。僕程度ではついていくのが精いっぱいの達者な英語であった。
「ウチの資料によると、2001年から2010年までの10年間で、ミゾラム州に来てくれた日本人はたったの152人だったの。男性138人、女性14人。そりゃそうよね。特別なパーミットが必要で、研究者とかNGOとかミゾラムの人と結婚した人とかでないと入れなかったんだもん」
 彼女は、そんなもん開示していいのかわからないが国別訪問者リストみたいな資料を手に熱弁する。
「それが、2011年にパーミットが不要になったとたんよ、1年間で50人ほどの日本人が来たの! もちろんほかの国からも観光客が増えたわ。これからミゾラムも世界に開かれていくと思うとうれしいの」
 なんて瞳をキラキラさせるのである。
 しかし僕は、彼女が慎重に我がパスポートに押してくれたミゾラム州入域スペシャルスタンプのほうに魅せられていた。こいつは生き物でいえば特別天然記念物、硬貨だったら和同開珎、苦労してここまでやってこなければ手に入らない逸品である。またひとつ勲章を手に入れてしまった。僕のマニアとしての錬度、収集度はいまや、アジア限定ではあるが日本トップクラスであると確信している。
 僕はホテルに帰ってから、ハンコを撫で、キスし、写真に収め、ひととき夢のような時間を過ごすのであった。

 

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これぞマニアが泣いて喜ぶミゾラム入域の証!

 

天空の断崖都市を歩く

 アイザウルでなにより印象的だったのは、その複雑きわまる街の構造であった。山腹に街が建設され、広がっているのである。けっこう険しい斜面にむりやりビルを立ち並べている。「山に築かれたプチ香港」とでもいおうか、「段々畑ではなく段々ビル」とでもいおうか。それも、とても計画性を持って建てられたようには見えず、ビルはてんで勝手に乱立している。その間を坂道や階段が縦横無尽に走る。複層的、立体的な迷路なのであった。
 つねに息切れはするのだが、そんなアイザウルを歩くのはなかなかに楽しかった。日本人からすれば辺境のアジアの奥地に、こんな街があることがなんだか痛快に思えた。

 

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山の斜面をそのまま街にしてしまったアイザウル

 

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市場もやはり階段状になっている。足腰は鍛えられそうだ

 

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たまに地震がある地域なのだが、大丈夫なのだろうか……

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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