東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#61

ボルネオ島のマレーシア領、サバ州の鉄道〈2〉

文・写真  下川裕治

ビューフォート~テノム

 ボルネオ島を走るマレーシアのサバ州の列車に乗っていた。起点はタンジュン・アル駅。そこから1時間半ほど乗ってビューフォートに着いた。ここから先の終点、テノムに向かう列車は午後1時半だった。

 ビューフォートの駅前の日陰でだらだらしている運転手たちに声をかけてみた。ここからタクシーでテノムまで向かい、そこから今日の列車でビューフォートまで戻ることも考えられたからだ。

「テノム発が午後1時? いま10時。テノムまでこの車なら2時間半」

「間に合うじゃないですか」

「いや、途中でなにがあるかわからない」

 そこにいる数人のドライバーも頷いた。つまりは行きたくないのだ。このドライバーたちは給料制なのかもしれない。やる気がまったくない。列車でテノムまで行くしかなかった。

 ビューフォートを列車は定刻に発車した。20分ほど走っただろうか。ハロギラットの駅に着くと、乗客はぞろぞろと降りはじめた。前に座っている青年に訊くと、ここで列車を乗り換えるという。ホームで脇を流れるパダス川を眺めていると、終点のテノム方向から列車が現れた。

 その列車に乗り換えるという。ホームに入った列車は、機関車を先頭につけ替える作業が行われる。時刻表の意味がやっとわかった。

 ビューフォートからテノムまでは49キロしかない。しかしそこを2時間半ほどかかることになっていた。その謎が解けた。ここで列車を替えるのだった。

 

ハロギラット駅での機関車つけ替えのはじめから終わりまでを動画で

 

 乗り込んだ列車は、ビューフォートから乗った列車よりさらに年代物だった。マッチ箱というほどではないが、時代が半世紀ほど遡った気になる。

 揺れも突然、激しくなった。メモをとることができない。線路も老朽化しているようだった。ビューフォートからの車両ではこの線路を走ることができないのかもしれない。タンジュン・アルから進むにつれ、列車、いや鉄道そのものが古くなっていく。

 サバ州の鉄道への投資はさして多くないだろう。コタキナバルから遠くなるほど、その恩恵も届かなくなる。

 パンギからウエットスーツに身をくるんだ若者が20人ほど乗り込んできた。カヌーももっている。線路の脇を流れるパダス川の流れは急流に変わっていた。この流れがカヌーファンを集めているようだった。

 アウトドア―派を惹きつける一帯なのだろうが、そこを走る列車はあまりに頼りなかった。マレー半島を走る列車に比べると、20~30年は遅れている気がする。それがサバ州の自治権ということなら、また考えてしまう。

 マレーシアが独立するとき、最初はシンガポールも含まれていた。しかしマレーシアには、「マレー人の国」という大義があった。そこにシンガポールが加わると、華人の人口割合が増えてしまう。そこでサバ州もマレーシアに加わることになった。その見返りが、強い自治権だったといわれる。

 しかし経済の分野では、この自治権が足を引っ張っていた。

 列車はテノムに到着した。駅前でビューフォートまで行くバスを探したが、みつからなかった。タクシー乗り場で交渉した。はじめは300リンギ、約1万1160円といわれた。渋っていると、ひとりの老人ドライバーが、「200で行く」と手を挙げた。約7440円までさがったが、やはり高い。しかしこのタクシーに乗るしかない。

 翌朝の朝4時半。暗いビューフォートの駅にいた。始発列車は5時に発車する。通勤客風の人々が集まってくる。

 列車は暗いなかをとことこと進む。朝の7時にタンジュン・アルに着いた。ここから先、センブランまでがまだ乗っていない区間だ。距離は4キロ、所要時間は2分。

 列車はセンブランに着いた。正式な改札もない小さな駅だった。この駅のほうがタンジュン・アル駅より少しだけ市街地に近い。サバ州の鉄道は、通勤客の便宜をはかるために朝と夕方だけ、この区間に列車を走らせている。サービスなのだが、そのおかげで僕は苦労することになる。

 センブランに着いた列車は、乗客が皆、降りたことを確認すると、長居は無用といったことなのか、すぐにタンジュン・アルに戻っていってしまった。

 

DSCN0595早朝のセンブラン行き列車。通勤客だが、仕事の前に爆睡

 

DSCN0601センブラン駅。簡素な駅だ。出口の食堂で朝食をとった

 

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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