旅とメイハネと音楽と

旅とメイハネと音楽と

#61

グルメ・パラダイス!シンガポール食い倒れ編〈2〉

文と写真・サラーム海上

 

ニョニャ料理店『True Blue Cuisine』

『ムトゥーズ(Muthu's)』のフィッシュヘッドカレーの後、シンガポールで食べたいものは何だろう? 
 屋台飯なら豚スペアリブを漢方薬と醤油で煮込んだ肉骨茶(バークーテー)。海老だしたっぷりの福建蝦麺、ココナッツミルクを使ったカレースープ麺のラクサ、甘じょっぱい漆黒のソースで鶏肉を煮て、お米とともに土鍋で炊き、目の前で混ぜ合わせるクレイポットライス、十数種類の薬草を煎じた緑茶を赤米にぶっかけた雷茶飯、イスラーム教徒の大好物のヤギの骨髄をカレーで煮込んだスープカンビン、マレー風のおでんのヨントーフーなどなどなど。
 時間が許せば一週間のすべての食事を屋台飯だけで過ごしたいくらいだ。しかし、今回は現地たった二泊の超特急旅行、胃袋のスペースも時間も限られている! 涙をのみ検討を重ねた上で、屋台飯はすべてパスし、ニョニャ料理店『True Blue Cuisine』と「シンガポール料理の王様」と呼ばれるチリ・クラブの有名店『Jumbo Seafood』を訪れることにした。

 

tabilistafsing

地上63階、シンガポールで一番高い場所にあるバー、『1 Altitude』からマリーナベイサンズを見下ろす


 ニョニャ料理、またの名をプラナカン料理は15世紀以降に中国南部福建省からマレー半島に移住してきた華人とマレー人との婚姻から生まれた男性「ババ」、女性「ニョニャ」によって発展継承されてきた料理。中華の伝統的な調理法や食材、食器を用いながらも、マレー半島の食材やスパイスをたっぷり取り入れているのが特徴だ。湯葉や筍、イスラーム教徒のマレー人には食べられない豚肉などを用いるため、見た目こそ中華料理に近いが、味はマレー料理に近く、スパイシーでエキゾチックだ。
 ニョニャやババたちは一般のマレー人や新たに中国各地から移住してきた華人たちとは宗教や生活習慣が異なるため、彼らの料理は長らく家庭内だけのものとされてきた。しかし、現在ではシンガポールやマレーシアのペナン、マラッカなど、古くから彼らが暮らす湾岸都市を中心にニョニャ料理のレストランがいくつも出来ている。
 シンガポールには多くのニョニャ料理レストランがあるが、今回は宿から近いTrue Blue Cuisineを訪れた。
 夜7時前、ホテルからタクシーに乗り、10分ほど。フォートカニングパークの東側、スマホの地図アプリが示したお店の場所でタクシーを降りると、目の前はニョニャ・ババの文化遺産を展示しているプラナカン博物館だった。20世紀初頭に建てられたコロニアルな三階建ての学校を流用した建築物自体が美しい。その建物の右側にTrue Blue Cuisineの入り口があった。
 ドアをくぐるとウェイティングルームになっていて、鉢植えの熱帯植物に囲まれた正面の壁に目の前に高さ2.5m、幅2mほどの立派な木壇製の儒教仏壇が備え付けられていた。さらに奥のダイニングサロンは3つの部屋に区切られ、壁には由緒ありげな中華食器や古い写真、仏像や絵画、天井からは灯籠や提灯のような照明器具が所狭しと飾られていた。お店自体がプラナカン文化の小さな博物館じゃないか。
 片言の日本語を話すウェイターのナズさんに案内され、奥のテーブルに付く。お昼にフィッシュヘッドカレーを食べ過ぎたので、それほどお腹が空いていないのが悔しい。これだから二泊じゃあ足りないんだよ〜!

 

tabilistaTrue Blue Cuisineのウェイティングルームには立派な木壇製の儒教仏壇

 

tabilista
一番広いダイニングサロン。調度品が素晴らしいでしょう!

 

 まずはお店の特製という干し龍眼の実のお茶、そして揚げ海老せんべいと自家製のサンバル・ブラチャンを頼んだ。初めて飲んだ干し龍眼の実のお茶はほんの少しの苦味とさっぱりした甘さが仙草ドリンクを薄めたようで、ガブガブと飲めてしまう。サンバル・ブラチャンはオキアミを塩漬けにして発酵させて固めた万能調味料ブラチャンに赤唐辛子や椰子砂糖やにんにく、レモン汁、トマトなどを加えてペースト状にしたもの。揚げ海老せんべいだけでなく、生のきゅうりやトマトにも合うはずだ。

 

IMG_9224web

干し龍眼の実のお茶。タイやマレーシアの仙草ドリンクを薄めたような味

 

tabilista
揚げ海老せんべいと自家製のサンバル・ブラチャン

 

IMG_9227web
飾り付けた花の色もどこか淡くてニョニャっぽい


 最初に選んだのはバナナの花のサラダ、サンバルとヨーグルト。バナナの花の芯を軽く茹でて、甘辛いサンバルソースをからめ、ヨーグルトをたらしてある。バナナの花はインドネシアでも食べられるが、ジャスミンに似た甘い花の香りとシャキシャキした食感が特徴だ。

 

IMG_9234バナナの花のサラダ、サンバルとヨーグルト。ヨーグルトはインド料理からの影響かな


 次に蝉海老のサンバルソース炒め。これは朝のうちに訪れたリトルインディアのウェットマーケットで、巨大な蝉海老が並んでいたのを見かけて、つい頼みたくなった。ナタで左右真っ二つに切り分けた蝉海老をサンバルソースで炒めたもの。日本では高級食材の蝉海老だが、頭が大きい分、ロブスターと比べると身が少ない。それでも甘い身は甘辛いサンバルソースと相性が良くて美味い!

 

tabilista

蝉海老のサンバルソース炒め。翌日のチリ・クラブと比べちゃ駄目よ
 

 メインには以前から食べたかった鶏肉のブラックナッツ煮込み、アヤム・ブアクルアを頼んだ。ブアクルアは英語ではブラックナッツと呼ばれるインドネシア原産の黒い木の実。強い毒があり、インドネシアでは矢に塗る毒としても用いられていた。それを一ヶ月も水に漬けて解毒し、ハーブやスパイスとともに料理に用いる。僕は以前、目黒のインドネシア料理店『チャベ』でブアクルアを使ったジャワ島の牛肉のスープ、ラウォンをいただいたことがあるが、ニョニャのブアクルア料理は初めてだ。
 アヤム・ブアクルアは青花陶磁器のスープポットに入れて運ばれてきた。蓋を開けると、真っ黒なスープの中にくるみ大のブアクルアと骨付きの鶏肉が浮かんでいる。黒いチキンカレーといった風情だ。

 一口スプーンですくって口に入れると、カレーよりも苦く、木の香りやカカオにも似た複雑な香りがする。味は肉骨茶とも通じる漢方薬的な臭みがあるが、もっと旨味が強くコクがある。長時間コトコトと煮たのだろう、鶏肉はホロリと骨から外れ、肉の中までブアクルアの色で染まっていた。殻からねっとりした真っ黒な実をほじり出して、ご飯と混ぜていただくと、味噌のような醤油のような旨味がよくわかる。これは美味い!

 しかし、魚のフグといい、ブアクルアといい、昔の人はなぜ毒物とわかっているものを食べようとしたのだろうか? 解毒方法を発見するまで、何人の人間が犠牲になったのだろうか?

tabilista

青花陶磁器のスープポットからブアクルアの実をすくいあげる

 

tabilista
アヤム・ブアクルアは一見チキンカレー。上の黒いペーストがブアクルアの実の中身
 

IMG_9266True Blue Cuisineのナズさんと記念撮影。なんとマレーシアの伝説の女性歌手サローマの甥っ子さんとのこと!

 

 

『Jumbo Seafood』のチリ・クラブで蟹料理に開眼!

 翌日の昼食は、現地在住の知人に誘われ、シンガポール川沿いのレストラン街クラーク・キーにあるチリ・クラブの超有名店『Jumbo Seafood』を初めて訪れた。チリ・クラブはシンガポールの料理の王様とまで言われるが、僕はこれまで食べる機会がなかった。僕は日本でも北海道や北陸にはあまり縁がなかったので、蟹を積極的に食べようと思ったことがないほどだ。現地の人に誘われることがなければ食べに行くことはなかったかもしれない。
 チリ・クラブの歴史は1956年まで遡る。屋台の女性料理人チャー・ヤム・ティアンが、いつもの蒸し蟹だけでなく別の調理法を試してみろと、夫に言われたことから生まれたという。トマトソースとチリソースで甘辛酸っぱく味付けた彼女の蟹料理「チリ・クラブ」はすぐに評判を呼び、夫婦はマリーナベイ近くに現在も人気の『Palm Beach』レストランを開いた。その後、溶き卵やサンバルソースなどが加えられ、チリ・クラブはシンガポールを代表する料理となった。

 さてJumbo Seafoodに足を踏み入れよう。お店の入り口の壁には巨大な水槽が縦三段、横三列に並び、スズキやハタ、ナマズ、ロブスターや手長エビ、マテ貝、そして長さ40cmを超える足のミル貝などがビラビラと蠢いている。

 

tabilista

Jumboの水槽でうごめくロブスター

 

tabilista
巨大すぎるミル貝、一体何人分の料理になるんだろう?


 メニューを開くと多くの料理は「時価」とあった。ちょっと値段が怖いので、ここは知人に注文を任せよう。川沿いのテラス席でビールを飲んでいると、最初に運ばれてきたのは腐乳を衣に使った海老のフライ、空芯菜とピータンの煮物。海老に腐乳の旨味がまざり、しかも外はカリカリ、中はプリプリだ。空芯菜とピーマンもシャキシャキとネットリ、お互いに足りないものを補いあい、味が調和している。そして、どちらもビールによく合う! しかし、そんなもので喜んでいる場合ではなかったのだ。

 

tabilista腐乳を衣に使った海老のフライ。美味しかったが、チリ・クラブを前に他の甲殻類はすべて無駄……

 

IMG_9389
空芯菜とピータンの煮物。チリ・クラブだけだと、さすがに野菜が欲しくなるね

 

 
 主役のチリ・クラブがキタ〜! 極太の爪を持つ800gほどの真っ赤な蟹が真っ赤なチリソースと絡んで、見るからに美味そうだ!
 この蟹は英語で「泥蟹」を意味する「マッドクラブ」と呼ばれ、日本のスーパーで一年中買える小さなワタリガニと同じガザミ/ワタリガニ科だそうだ。しかし、日本のワタリガニと比べると爪が圧倒的に太く大きく、そして殻が分厚い! 爪の部分は鋏では刃が通らず、鋏の柄をペンチのように使って、バキっとかち割るしかない。すると中から甘い蟹の身がたっぷり出てくるよ〜! それをチリソースに絡めると、指をしゃぶりたくなるほど美味いんだ! このチリソースはトマトとサンバルソース、赤唐辛子、溶き卵、さらに蟹の内子が絡めてあるのだろう、蟹の旨味も猛烈だ。お皿を舌でペロペロ舐めてしまいたいほどだ!

 

tabilista

これがJumboのチリ・クラブ! 美味すぎて10ヶ月後の今も夢に出てきます!

 

tabilista
この爪を見てよ。圧倒されるでしょう!


 オレは20年以上前からシンガポールに来ていながら、こんなに美味いものを一度も食べずにいたとは一体何をやっていたんだ!? オレの目は節穴だったのか? これは本当にシンガポール料理の王様ではないか! 食わず嫌いは本当に良くない!
 チリ・クラブを食べるのに一心不乱になっていると、同じ大きさのマッドクラブがもう一皿運ばれてきた。今度はブラックペッパーとバター炒め。こちらは調味料がシンプルな分、蟹の身の甘みが際立つ! 溶けたバターが絡んだ蟹は最高!

 

tabilistaこちらがマッドクラブのブラックペッパーとバター炒め


 どちらが美味いかって? 両方ともに決まってるだろう! これからは毎年シンガポールに来てチリ・クラブを食べることに決めた! いやはや人生50歳を過ぎて蟹料理に開眼した旅になるとは……。

 

tabilista日本よ、これがチリ・クラブだ!

 

tabilista
帰国直前に植物園Garden of the Bayを再訪。シンガポールは、東京がたどり着けなかった未来のようだよ………

 

冬の大好物、ボルシチを作ろう

 今回はサラームの冬の大好物、ウクライナ~ロシア料理のボルシチを作ろう。安い牛すじ肉をトロトロに煮て取ったダシでビーツや野菜を煮るだけ。圧力鍋を使えば時短時短!

 

■ボルシチ
【材料:4人分】
牛すじ肉:300g
水:1.5リットル
玉ねぎ:1個
ローリエ:1枚
ビーツ:小1個200g
にんじん:1/2本
りんご:1/4個
じゃがいも:1個
キャベツの葉:2枚
トマト:1個
サラダ油:大さじ1
塩:小さじ1
胡椒:小さじ1/2
にんにくすりおろし:1かけ分

サワークリーム:適宜
ディルのみじん切り:少々

【作り方】
1.圧力鍋に小間切れにした牛すじ肉、水、玉ねぎの1/2個、ローリエを入れ、火にかける。説明書に沿って、加圧する。普通の鍋の場合、ふたをして、火にかけ、沸騰したら弱火にし、時々、減った水を足しながら、二時間、牛すじ肉が柔らかくなるまで煮る。
2.玉ねぎの残りは薄切り、ビーツはしりしり用、またはチーズ用の千切り器でおろす。にんじんとりんごは皮をむき、5mm幅の細切り、じゃがいもとキャベツは8mm幅の細切り、トマトは皮ごとすりおろしておく。
3.フライパンにサラダ油を熱し、玉ねぎ、にんじん、ビーツを加え、表面に油が回ったら、1の鍋に入れる。
4.鍋を再び火にかけ、りんご、じゃがいもとキャベツ、塩、胡椒を加え、10分煮る。野菜が全てマゼンタ色に染まったら、にんにくのすりおろしを加えて、火を止める。
5.スープ皿に盛り、サワークリームとディルのみじん切りで飾る。

 

IMG_0865

冬の定番料理、ボルシチ

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

orient00_writer01

サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

紀行エッセイガイド好評発売中!!

orient00_book01

イスタンブルで朝食を
オリエントグルメ旅

orient00_book02

おいしい中東
オリエントグルメ旅

   

 

旅とメイハネと音楽と
バックナンバー

その他のWORLD CULTURE

ページトップアンカー