韓国の旅と酒場とグルメ横丁
#61
この夏、ソウルで体験したい5つのこと
1 徳寿宮で毎週木曜日に行われている無料公演
徳寿宮の正門からソウル市庁方向を望む
徳寿宮(トクスグン)といえば、ソウルのど真ん中にある故宮。ソウルのツアーに参加すると、初日の市内観光にかならず組み込まれているようなベタな観光スポットだが、先日、知人に誘われて久しぶりに入場した。
ソウル市庁舎やプラザホテルの西側に位置し、この季節は緑も豊かだ。東京でいえば、そう、日比谷公園のような存在だろう。
知人の目当ては毎週木曜19時から行われるパンソリや伝統舞踊などの公演だった。会場は敷地内の「静観軒」(チョングァンホン)。三方から風が抜けるので、この季節、夜の公演には最適な環境だ。
公演は徳寿宮の中の静観軒(写真)や即祖堂(チュクチョダン)で毎週木曜19時から行われる。少し早めに行って並んでいれば入場できる。9月末までの予定
徳寿宮の入場料1000ウォンだけ払えば、公演は無料
この日の演目はパンソリ『沈清伝』(シムチョンジョン)。『春香伝』(チュニャンジョン)と並んで韓国人なら誰でも知っている説話だが、言葉などわからなくても演者たちの力強い唄声を聴いたり、コミカルな表情や動きを見ているだけでも十分楽しい。
朝鮮半島最古の民話といわれる『沈清伝』の一幕
公演は1時間ほどで終了。演者に拍手が贈られる頃、ソウルはようやく陽が沈む。
2 旧ソウル駅舎見物
旧ソウル駅舎は1925年に完成。2003年、鉄道駅としての役目を左手の新ソウル駅舎にバトンタッチし、いまやインスタ映えする建築物として若者たちに人気の撮影スポットになっている。
Seoullo7017(旧来の高架自動車道をリニューアルして昨年完成した遊歩道。本コラムの#39、#40参照)から見下ろす、昼間の旧ソウル駅舎
夜、ライトアップされた旧駅舎は、日本の植民地支配の象徴という役目を終え、のびのびとその美しさを誇っているようにも見える。
Seoullo7017から見下ろす、夜の旧ソウル駅舎
3 話題の平壌冷麺を食べる
4月の南北会談で北側の金正恩委員長が持ってきて話題になった平壌冷麺。現在、平壌で食べられているものが正統なのか、朝鮮戦争のときに北側の避難民によって南側にもたらされ、今ソウルの老舗で食べられるものが正統なのか、悩ましいところだが、能書きを言うよりまずは食べてみることが大事だ。
「平壌冷麺には惹かれるけど、行列してまで食べたいとは……」
先日、ソウルに来た日本の知人の言葉だが、じつは南北会談の前から、ソウルの老舗冷麺店には行列ができていた。この2年ほど、グルメ番組がたびたび平壌冷麺を取り上げたせいだ。統計があるわけではないが、それ以前は、スープのある平壌冷麺と、甘辛くてどろっとした真っ赤なタレがかけられたピビム冷麺の人気は五分五分か、ピビム冷麺のほうがやや優っている印象があった。しかし、今回の南北会談でそれが逆転したように見えなくもない。
待つのが嫌いな日本の知人には、たとえ行列していても大箱の店なら回転が速いので、東大門市場から近い老舗『平壌麺屋』をすすめておいた。
東大門歴史文化公園駅5番を出たら歩道を逆方向に進み、最初の横断歩道を渡ると右手に見えてくる『平壌麺屋』(ピョンヤンミョノク)の平壌冷麺。スープが澄んでいて見た目も涼しい
4 熱気あふれる多面体・鍾路3街を歩く
韓流以降、ソウル=江南(漢江の南側)と思っている人が多いかもしれないが、今もっとも熱いのは江北の旧市街、鍾路3街(チョンノサムガ)だと断言する。
地下鉄5号線の鍾路3街駅を中心としたエリアにはさまざまな顔がある。
そのひとつは5番出入口の南側にあるタプコル公園の裏手。時間をもてあました中高年男性がたむろする安食堂・安酒場街、楽園洞(ナグォンドン)だ。スープとごはんと大根キムチのセットが2000ウォンで食べられる『ソムンナンチプ』や、専門店では10000ウォン以上する本格的な平壌冷麺が7000ウォンで食べられる『ユジン食堂』などが有名だ。
もうひとつは、駅の3番から8番出入口のある通りの飲み屋通り(屋台通り)。よく日本人から「ソウルには日本にあるような年に一度の爆発するようなお祭りがありませんね」と言われるが、「はい、その代わり鍾路3街で毎日お祭りをやっていますから」と、ここに案内すると大変喜ばれる。
屋台飲みはもちろん楽しいが、通りに面したコンビニ(CU)と6番出口の中間辺りにある『ヘンボッカンチプ』でマッコリをあおるのも一興だ。ここは釜山の「金井山城マッコリ」が4000ウォン、井邑の「ソンミョンソプ・マッコリ」が5000ウォンという破格値で飲めることで人気がある。
鍾路3街の飲み屋通りで最近人気のあるラム串の店。各地のマッコリが安く飲める『ヘンボッカンチプ』はこの向かい側
そして、さらにもうひとつの顔が、飲み屋通りの北側に広がる伝統家屋街、益善洞(イクソンドン)だ。私が益善洞について本コラムで書いたのは、2年半前(本コラム#03)のこと。あれからおしゃれなカフェやバー、個性的なレストランが次々に出店し、枯れた印象だった伝統家屋街の明洞化・江南化が進んでいる。生活感のある路地裏を散歩するのが好きな人には興覚めかもしれないが、おじさん天国、屋台天国、おしゃれ天国が共存する、これぞ韓国と呼びたいカオスな状況は一見の価値がある。
伝統家屋を改装したショップの出店ラッシュで大変な人気の益善洞
5 ドキドキしながら入りたい路地裏の謎酒場
私の本やコラムの読者さんに特にその傾向が強いのかもしれないが、日本の旅行者は好奇心が旺盛で、店の外観に惹かれ、飛び込みで、1人で酒場に入ってしまう猛者が少なくない。
最近は日本の人気ドラマ『孤独のグルメ』や『深夜食堂』の影響なのか、「なぜここに?」と言いたくなるような繁華街のはずれの路地や住宅街で、ふらっと入ってみたくなる店とよく出合う。
写真の『평화만들기』(平和づくり)は、私の日本事務所のスタッフ(55歳、男性)が鍾路3街で痛飲した帰り道、ホン・サンス監督の初期作品『오! 수정』でチョン・ボソクがイ・ウンジュを引っ張り込んだ仁寺洞の路地にそっくりな細道に迷い込み、手招きするような気配を感じて入った店だ。泥酔していたため、店の詳細はよく覚えていないそうだが、店名の印象通り、安全で、酔っぱらった日本人を拒むこともないおおらかな店だったという。
韓国語が少しできるリピーターにはこの夏、酒場の新規開拓にぜひ挑んでもらいたい。
日本人スタッフが酔った勢いで1人で入った仁寺洞の東側の『평화만들기』。場所はあえて詳しく書かないが、かつて線路が敷いてあった路地とだけ言っておこう
*7月18日(水)福岡で、22日(日)大阪で、筆者のトークイベントが行われる予定です。詳細が決まりしだい本コラムやTwitter(https://twitter.com/Manchuria7)でお知らせします。
*本連載の一部に新取材&書き下ろしを加えた単行本、『韓国ほろ酔い横丁 こだわりグルメ旅』が、双葉社より好評発売中です。ぜひお買い求め下さい!
定価:本体1200円+税
*本連載は月2回配信(第2週&第4週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!
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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/ |
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