東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#60

ボルネオ島のマレーシア領、サバ州の鉄道〈1〉

文・写真  下川裕治

タンジュン・アル~ビューフォート

 東南アジアの全鉄道を制覇する日も近づいてきている……。インドネシアの鉄道の主要な路線を乗り終えたとき、そんな気分になった。タイ、ミャンマー、ベトナム、カンボジア……。足かけ3年、列車に乗り続けた日々が蘇ってくる。

 それはつらい鉄道旅の代償を求める心理だったのかもしれない。いや、はっきりいえば、早く終わりにしたいという思いだった。

 いまの僕は、東南アジアの未乗車区間を諳んじることができる。それだけ少なくなってきている証なのだと自分にいい聞かせる。

 しかし嫌な夢をときどき見る。おそらく鉄道などないだろうと訪ねたアジアの街で、立派な駅舎や、老朽化した列車が健気に走る姿が夢のなかに出てくるのだ。背筋に冷たいものが走る。全鉄道を制覇したなどといっているが、まだ乗っていない路線があった……。首の周りに寝汗をかいて目を覚ます。

「いや、あれは夢だ」

 全鉄道に乗るという企ては、精神的によくない。日本のように列車が走る区間が明確にわかればそんな夢は見ないだろう。アジアの鉄道は、そのあたりの詰めが甘い。情報に精度もない。どこかにまだ知らない路線があるのではないか。アジアの列車に乗って生まれた疑心暗鬼が膨らんでいく。

 読者や知人が寄せてくれる情報も不安をかきたてた。

「〇〇を列車が走っていましたよ」

「以前、〇〇で列車に乗りました」

 そのつど資料を開き、現地の知人に問い合わせた。

「マレーシアのサバ州にも列車が走っていますよ」

 それも寄せられた情報のひとつだった。

 サバ州──。ボルネオ島のマレーシア領だった。恥ずかしい話だが、僕はその鉄道を知らなかった。しかし調べると、しっかり走っている。

「アジア鉄道落穂拾い旅」が待っていた。乗り残したわずかな路線、気づかなかった列車……。その旅はいままで以上、効率が悪くなることもわかっていた。

 サバ州の鉄道に乗るために、ボルネオ島のマレーシア領の中心、コタキナバルに向かった。空港に着いたときはもう暗くなっていた。

 マレー半島のクアラルンプールでマレーシアの入国審査はすませていた。しかしコタキナバルの空港では同じような審査があり、パスポートには、サバ州に入国したというスタンプが捺された。

 サバ州には強い自治権が与えられていた。この独自性は、サバ州の経済環境にも影響を与えていた。

 サバ州の鉄道は単純だった。1本の路線がのびているだけだった。総延長は140キロ。簡単に制覇できるはず……。そう思っていた僕は、少し甘く見ていたかもしれない。

 時刻表を眺めて悩んでしまったのだ。

 サバ鉄道の起点はタンジュン・アル駅だった。最近、建て替えられた駅舎はなかなか立派だった。早朝にこのタンジュン・アル駅を発車する列車に乗ると、途中のビューフォートで乗り換えになるものの、午後4時前には終点のテノムに着いた。しかし折り返す列車がない。テノムに1泊し、翌朝の列車に乗ると、タンジュン・アルには午後1時すぎに着く。しかしその先にもうひとつ駅があった。タンジュン・アルの4キロ先のセンブランである。そこまで乗ってすべて乗ったことになるのだが、このスケジュールでは、コタキナバルを発つ飛行機に間に合わなかった。簡単に乗りつぶせると思い、2泊3日の日程しかとっていなかったのだ。

 さてどうするか。どこかで車を使うしかなさそうだった。そこで立てたのは、終点のテノムに着いたら、バスかタクシーで、途中のビューフォートまで戻る方法だった。そうすれば翌朝の朝5時にビューフォートを発車する列車に乗ることができる。

 そんなにうまくいくかわからなかったが、とにかくやってみるしかない。

 コタキナバルに着いた翌朝の6時半。タンジュン・アル駅に出向いた。駅の窓口が開いたのは7時だった。

「テノムまでお願いします」

「テノム?」

「ここではビュフォートまでしか売れません」

 ビューフォートまでは4.8リンギ、約179円だった。

 

DSCN0554早朝のタンジュン・アル駅。完成して間もない。今後、空港からの列車もここが接続駅になる予定

 

 やってきたのは、マレー半島ではとっくに廃車になっているような老朽化した車両だった。車高も低い。

 隣には眩しいほど立派な車両が停車していた。正面には「北アルプス」という日本語が躍っていた。調べると元名鉄の列車だった。

 列車はギコギコと音を残しながら、海に沿った線路をゆっくりと進んでいった。

 コタキナバルの空港に着いたときを思い出していた。

 独立性は経済の分野にも及んでいる。そのしわ寄せがこの車両なのだろうか。

 列車は10時前にビューフォートに着いた。

 

DSCN0562マレー半島の列車は冷房があるが、サバ州は扇風機車両

 

ビューフォート駅前の風景を。サバ州の鉄道では主要駅だが、のんびりしたもの

 

 

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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