ブルー・ジャーニー

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#60

フロリダ マナティがいる場所〈2〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

「信じられない、目の前にいるのよ!」   

 自分が地図上のどこにいるのか、いつも知っていないと落ち着かないひとにはアメリカは安心な国だ。

 メインストリートはずどんとつづき、まちがえようがない。売買に都合がいいように直線で区画された町には、ヨーロッパの、ひと一人がようやくすれちがえるほどの路地の、いったいこの先はどうなっているのだろうという秘密めいた雰囲気はない。開放的で、わかりやすく、似通っている。

 

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 1900代初頭、ヘンリー・フォードが生産システムに流れ作業を導入し、フォード・T型モデルの大量生産に成功。価格が下がり、一般の人びとに自動車が浸透し始めると、町の景色は変わった。

 旅人が走り過ぎてしまわないよう、つぎつぎに看板が立てられた。『おいしい!』『ガソリンとコーヒー!』『驚異的!』『早くて便利!』『お早めに!』。カウボーイハットをかぶった巨大な女性やホットドッグの形をした家やアイスクリームを持ったゴリラが現れた。

 最初のうち、それらは旅人を引き止めることに成功したが、ひと通り行き渡ってしまうと、ふたたびどこも似通った景色になった。

 

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 オーランド国際空港から北西へ約170キロ、西海岸の町、ホモサッサ。いかにもアメリカらしい景色の中を走りつづけ、残り50キロを切るころから、さまざまな生き物が姿を現し、時に道路を横切っていく。もっとも多いのはアルマジロ、次いでウサギ、リス、ベニイロフラミンゴ、アリゲーター。

 やがてフロリダのこのあたりにしかない看板が目に入る。『マナティ情報 AMラジオ1610kHz』。つづけてマナティが描かれた壁、星条旗の色にペイントされたマナティの像、等々。

 かつて2000頭まで生息数が減少、絶滅危惧種に指定されたフロリダマナティだが、現在は6000頭を超えるまで復活していることが航空調査で確認されている。

 寒さに弱いマナティは海水温が下がる10月になると、23度前後の温かい水がわき出る泉や、温水を排出する発電所の周りに集まる。ここホモサッサは、フロリダマナティの避寒地のひとつで、約500頭が川を上ってやってくる。

 1977年の冬、フロリダの火力発電所のひとつが冷却水の排水を停止したところ、暖を求めて集まっていた約300頭が死亡、砂浜に打ち上げられた。以後、その火力発電所はどんなときも稼働をつづけることに決めた。

 冬が過ぎると基本的には海にもどっていくが、冬のあいだに出産したマナティは子育てのためにホモサッサに残る。

 出産は水中で行われる。生まれるとすぐ、母親は呼吸させるために子どもを水面に誘導するが、1時間もすると、ひとりで泳ぐようになる。幼いマナティは好奇心が強く、子犬のように人なつこい。

 

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 点在する泉から湧き出る澄んだ水。湧き出た水を束ねながらゆったりと流れる川。きらめく湖。毛細血管のように張りめぐらされた運河。それらすべての水の終着駅、メキシコ湾。

 さまざまな種類の水をたたえた町、ホモサッサ。5万分の1の地図を広げると、驚くほど多くの部分が青く塗りつぶされている。

 木造の家々ときれいに刈りこまれた芝生の庭。道路側の出入口、運河側の出入口のふたつのエントランス。ガレージも駐車場と駐船場のふたつ。多くは別荘だが、ここ数年、ニューヨークやボストンなどの大都市を離れ、ホモサッサに“ホーム”を求める人が増えているのだという。

 スーパーマーケットで山のように買いこんだ食料品を駐車場から家に運び入れたら、水着に着替え、シュノーケリングの道具や釣り竿を持って駐船場のボートへ。たっぷりと遊んだら、最後はテラスの芝生の上に全員集合。飲み物を片手に、鮮やかに沈み行く夕陽を楽しむ。

 

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 世界恐慌の最中、1930年代のアメリカの社会状況と、次々に襲いかかってくる苦難と戦う農民の姿を描いた『怒りの葡萄』でピューリッツァー賞を受賞、さらにノーベル文学賞を受賞したジョン・アーンスト・スタインベックは、その最後の作品となった『アメリカとアメリカ人』(1966年)で言った。

 ――ホームという言葉だけでアメリカ人のほとんど全員が涙を流すだろう。建築業者も住宅分譲者も決して家屋を建てているのではない。ホームをつくっているのだ。夢のホームは小さな町や、草や木で田園に似せた郊外地域にある。このドリーム・ホームは恒久的な居場所で、借家ではなく、持ち家である。ここは清潔にした子供や孫たちの明るい顔に心なごみながら、夫婦が上品に年老いていくセンターだ。

 

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 ホームを出発し、世界をめぐり、ホームに帰る。あるいは出発したランナーがふたたびホームに帰還できるように、仲間であるバッターが進塁を助けようと試みる。ベースボールは航海であり、世界1周の神話であり、アメリカ人の“ホーム”への思いを象徴する。 

 英語のホームの語源である古代語の「ハーム」(古代英語のham)という語幹は、ふたつの川が合流し、短い城壁で防衛できる三角地帯を意味した。

 アメリカ合衆国がつくられていく過程で、ホームは、はじめは安全を、次に、安楽を意味する言葉となった。ヨーロッパからの侵略者たちにとって、ホームは女性が安全に守られる場所であり、男が、飢えや寒さ、インディアンの反撃や危険な動物に対する心配と恐怖を払い落とし、休息をとることのできる場所だった。

 

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 人魚伝説のモデルとなったマナティ。ライン河のほとりの岩の上に座る人魚、ローレライは、通りかかる漁師を歌で誘惑し、船を難破させたが、マナティはほかの動物を襲うことも、あるいは襲われることも知らない。ベジタリアンなので、魚を追いかけて早く泳ぐ必要もない。全力で泳げば時速20キロほど出すことができるが、ふだんは時速8キロ前後でゆらゆらと漂うように移動する。

 ホモサッサは、世界で唯一、野生のマナティに触れることのできる場所だが、追いかけること、両手で抱くこと、餌を与えることは厳禁。触れるかどうかはマナティの意志にまかせることとされている。

 いくら穏和だといっても野生の動物だ。向こうから近づいてきて、触れてくることなどあり得ないように思えるのだが、マナティにはその意志が大いにあるようだ。

 いつだって泉のあちこちで歓声が上がり、水面に響き渡る。

「信じられない、目の前にいるのよ!」

「ワーォ!」

「お腹をさすってくれって!」

「子どもを連れてきた!」

 マナティ目当ての観光客の数は増える一方で、年間20万人を数えるが、マナティの態度が変わることは、いまのところない。

 

 

(フロリダ編、続く)

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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