旅とメイハネと音楽と

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#60

グルメ・パラダイス!シンガポール食い倒れ編〈1〉

文と写真・サラーム海上

 

『ムトゥーズ』のフィッシュヘッドカレー

 2017年末からチェンナイ、ハンピ、バンガロール、2018年1月末にはナーシク、ムンバイと周り、様々なインド料理を満喫してきた。それでも極寒の東京に戻った途端に「まだまだインド料理を食べ足りない!」と思い始めていた。次にインドに行けるのは早くとも2018年末。それまで、この胸にぽっかり空いたインド料理への渇望という穴をどうやって塞げば良いのだ?!
 そんな時は近場のシンガポールへ行こう! 僕が世界で一番好きなカレー、リトルインディアにある銘店『ムトゥーズ(Muthu's)』のフィッシュヘッドカレーを10年ぶりに食べに行こう!
 フィッシュヘッドカレーとはシンガポールとマレーシアだけに存在するインド料理。1949年、シンガポールに暮らすケーララ州出身のインド人シェフ、M.J.ゴメスが、レッドスナッパー(真鯛やキンメダイの近縁種)のオカシラが大好きな華人の顧客のために作り出したのが最初とされる。

 その後、マレー人や華人、プラナカン系(15世紀以降からマレー半島に根付いた華人)の間でも広まり、今ではシンガポールを代表する料理の一つとなっている。タマリンドの酸っぱさとケーララならではのフレッシュなスパイスやハーブの複雑な組み合わせ、そしてオカシラから出る濃厚な旨味が特徴だ。
 シンガポールはフィッシュヘッドカレーの銘店がいくつか存在するが、ムトゥーズは1969年にリトルインディアに開店し、これまでに数々の料理賞を受賞している老舗中の老舗である。

 

追加写真

2006年に食べたMuthu’sのフィッシュヘッドカレー。この頃は写真が下手だったなあ……

 

 東京の寒い自宅で航空券の値段を調べると、ちょうどエアチャイナがセールを行っていて、直行便ではなく北京を経由するものの、3月最終週末のシンガポール往復のビジネスクラスがなんと8万円だった! 国内キャリアならプレミアムエコノミーすら買えない破格の安さだ。しかもマイレージが、安いエコノミーと比べて二倍近く貯まる。その場で迷わず予約した。
 現地たった二泊だけの弾丸旅行だが、ムトゥーズのフィッシュヘッドカレーを腹いっぱい食べれば、年末までインド料理への渇望が再燃せずに済むだろう。フィッシュヘッドカレーの他にも、バークーテー(肉骨茶)やクレイポットライス、福建麺、ニョニャ料理など、シンガポールはアジアのグルメ・パラダイスなのだ。
 僕は2000年代にはワールド音楽専門のフェスティバル「Womad」の取材のため、毎年のようにシンガポールを訪れていた。しかし、2008年に「Womad」が終了してからは、ついぞ行く機会を失っていた。なので今回は10年ぶりのシンガポール再訪となる。

 

 3月30日、早朝の羽田空港からまずは北京へと飛んだ。そして北京で4時間のトランジット。東京からシンガポールまで直行便なら7時間で到着するが、エアチャイナだと丸一日かかってしまう。まあ空港のラウンジで中華料理とお酒でも飲んで、買ったまま読めずにいた本を読んで過ごせばいいよ。

 北京からさらに7時間のフライトは、ビジネスクラスならではのフルフラットシートを倒して爆睡し、夜のシンガポールに到着した。空港からはタクシーに乗り、20分ほどで港湾地区マリーナベイにあるホテルにチェックインした。

 

tabilistasinga北京国際空港でエアチャイナの乗継便に乗り込む。ここからシンガポールまではさらに7時間!

 

tabilistasinga到着したマリーナベイ。真新しい高層ビルばかり!

 

 シンガポールは赤道直下なので夜でも蒸し暑い。半袖半ズボンに着替え、サンダルに履き替え、10年ぶりにマリーナベイを歩く。港の右手には真新しい高層ビル群が立ち並び、左手には世界最大の屋上プールとそれを三棟のビルで支える特異な建築で知られるホテル、マリーナベイ・サンズと手前にある広大なカジノが浮かび上がる。マリーナベイは東京のお台場がしなびて見えるほどビカビカに生まれ変わっていた。

 

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マリーナベイの左手に見えるマリーナベイ・サンズと手前はカジノ

 

 シンガポールでは食べたいものが多すぎる。そのためホテルは朝食の付かないプランを選ぶのが間違いない。翌朝9時すぎ、腹を空かせたまま外に出ると、既に気温は30度以上。冷房の効いた地下鉄MRTに乗り、一路リトルインディアへと向かった。
 9時半すぎにリトルインディア駅に到着し、ジリジリと焼けるような暑さの路地に出ると、インド系、マレー系、中華系の住民が野菜や果物を入れた大きな買い物袋を抱えて、忙しそうにスタスタと歩きまわっていた。土曜の午前中はショッピングの時間なのだろう。

 

tabilistasinga世界中どこに行ってもこんな風景に出会うのはなぜだろう……

 

 まだムトゥーズは開いていなかったので、まずは日陰を通ってリトルインディアの中心と言えるショッピングセンター「テッカセンター」を訪れた。ここは料理屋台が集まったホーカーズと、魚介や肉の市場であるウェットマーケット、野菜市場、二階にはインド系の洋品店が連なる巨大デパートというか、屋台コンプレックスだ。半野外なので当然冷房は効いていない。

 

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シンガポール・リトルインディアの建物の壁面にあったステンシルアートは北インド古典の至宝、フルート奏者のハリプラサード・チャウラスィアーの姿!

 

tabilistasingMRTリトルインディア駅を出てテッカセンターに向かう。既に灼熱!

 

 野菜や果物の市場に足を踏み込むと、甘いトロピカルフルーツの香りに混じって、腐った玉ねぎのようなドリアンの濃厚な匂いが漂ってきた。そこを通り過ぎ、ヤギや羊が釣る下げられた肉屋通りを抜けると、僕の大好きな魚介市場の一角だ。新鮮な魚介を扱うため、常に水を流し、床がびしょびしょに濡れている。まさにウェットマーケットという名前のとおりだ。新しいスニーカーなんて履いてくるんじゃなかったよ!
 ウェットマーケットではインド人よりも華人のお客が目立ち、売り子の呼声も大きい。何も買えない冷やかし客の僕は、邪魔にならないよう魚の並ぶ台の前でクワっと目を開いて、ささっと写真撮影し、すすっと通り抜けた。魚では鮪、鮭、血鯛に黒鯛、鰊、鯵、鰹、鯉、マナガツオ、イトヨリ、鮫、エイなどが並んでいた。貝ではツブ貝にマテ貝、ムール貝、ミル貝、蛤、甲殻類はワタリガニ、タイガー海老、手長エビ、蝉海老と言ったところだろうか。

 

tabilistasingaテッカセンター内のウェットマーケット。美味そうな魚がいっぱい!

 

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ワタリガニもいっぱい500gと大きめ

 

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日本では高級食材の蝉海老も普通に並んでいた

 

 熱気と湿度ムンムンのウェットマーケットを10分歩いただけで、汗びっしょりになってしまったので、ムスリム系インド料理の屋台が充実した隣のホーカーズでアイスティーをいただき、水分補給した。

 

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テッカセンター内のホーカーズ

 

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インド系ムスリムの屋台が目立つ。ここはビリヤニからミールス、肉入りのパンケーキのムルタバなど、一つの屋台にしては種類多め

 

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アイスティーはたっぷりの練乳入り。暑すぎて冷たい飲み物なしには歩けない!

 

 10時半の開店時間とともにムトゥーズに潜り込む。もちろんその日の最初のお客だ。
 僕がムトゥーズを最初に訪れた1997年、そして2001年頃まではまだ冷房もなく、薄暗く、いかにも南インド風の大衆食堂らしい佇まいだった。その後、2006年に再訪すると、冷房を完備した広くて明るくオシャレな店に生まれ変わっていた。
 店内中央のガラスの保温器の中には様々な種類の南インド~シンガポール料理が並んでいるが、少人数では食べられる量は限られている……。そこでワタリガニのマサラとフィッシュヘッドカレーのSサイズを頼んだ。Sサイズでも普通の日本人なら三人分以上の量がある。いつか大人数で訪れてMサイズを頼みたいのだが、いまだその夢はかなわない……。

 

tabilistasingついに到着、Muthu's! 今どきのオシャレな店構えです

 

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店内も掃除が行き届いていて、日本のファミレスっぽい

 

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お店の中央の保温器には美味そうな魚介や肉、野菜のカレーが並んでいるが、これを頼んでいる場合じゃない!

 

 五分ほど待つと、最初にバスマティ米のご飯、薄味のビリヤニ、輪切りにしたサヤインゲンのカレー炒めとキャベツのカレー炒めが運ばれてきた。続いて500gほどのワタリガニのマサラ。日本のワタリガニよりもハサミが太く長く、甲羅も二回りくらい大きい。おかげで濃厚なカニの味噌がたっぷりマサラに行き渡っていた! 美味い! ハサミで胴や足を切り開くと、中には甘い身がたっぷり! 気がつくと既に両手がベチョベチョだ。

 

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ワタリガニのマサラ。日本のワタリガニよりもハサミが長くて、身体も大きいので食べごたえあり!

 

 そして、待ちに待ったフィッシュヘッドカレー! 直径24cmの土鍋に巨大なレッドスナッパーのオカシラがドーンと、オレンジ色のカレーソースに沈んでいる。ソースにはオクラが加えられ、上にはパイナップルの切り身と香菜が少々飾られている。これこそ10年間夢にまで見たカレーだ。いざ、存分に味わおう!
 お皿代わりのバナナの葉を敷いたプラスチックの四角いトレイにバスマティ米とビリヤニを盛り付け、その上に、オレンジ色のカレーソースをたっぷりと回しかける。そして、スプーンでご飯と混ぜてから口に入れる。

 容赦なく辛く、酸っぱい! 一口含むとドッと汗が吹き出すほどだ。その辛さに続いて、鯛ならではの旨味が舌に浮かび上がってくる。これは美味い! 美味すぎる! 鯛の出汁とタマリンド、コリアンダー、赤唐辛子、ターメリックをはじめとする15種類以上のインド系スパイスが生み出した複雑な味はまさに錬金術だ!

 

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これが10年間、一時たりと忘れたことのなかったフィッシュヘッドカレーだ! Sサイズが22シンガポールドル(1,757円)と10年前からあまり値上がりしていないのもうれしい!

 

 カレーソースだけでもご飯が何杯でも食べられるが、肝心のオカシラにもスプーンを突っ込もう。白身は簡単にホロホロと崩れ、目の周りのゼラチン質は口に入れるとプルプル。なんという美味さだ! ゴツい骨を一つ一つ崩しながら、土鍋を少しずつ空にしていこう。
 あまりの辛さと複雑な味に、朝から何も食べていなかった胃腸が驚いてギュルギュルと鳴り出したが、そんな些事は放っておけ! この瞬間にフォーカスして、「美味いものを全力で食べる」ことこそ生きている証しではないか? 胸にぽっかり空いていたインド料理への渇望という穴はしっかりと埋まった!

 

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フィッシュヘッドカレーとワタリガニのマサラ、野菜やご飯!

 

tabilistasing真鯛やキンメダイの近縁種、レッドスナッパーは白身が濃厚!

 

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バナナの葉を敷いたお盆の上に一通り並べてみる

 

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実は僕は日本で何度かこの味を再現するため試行錯誤して、自分ではイイ線行っていると思っていたが、それは単なる思い上がりだった!

 

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Sサイズなのに最後までは食べきれなかった

 

 

ブルグル・ピラウの作り方

 今回の料理はトルコやレバノン料理でメイン料理の付け合せとなるブルグル・ピラウ。ブルグルはデュラム小麦を挽き、湯通ししたもの。スープやサラダなどには細挽きのブルグルを用いるが、ピラウには粗挽きや丸粒のブルグルを使おう。今回はトマトペーストで色と味を付けたが、鶏や羊の出汁スープで味付けても美味しい。たった15分で炊き上がるので、何か一品足りないという時にオススメだ。

■ブルグル・ピラウ

【材料:作りやすい分量】
ブルグル(丸粒):1カップ
バーミセリ:10g
オリーブオイル:小さじ2
トマトペースト:大さじ1
水:300cc
塩:少々
青ネギのみじん切り:2本分
【作り方】
1.フライパンにオリーブオイルを熱し、バーミセリを加え、色づくまで炒める。
2.ブルグルとトマトペーストを加え、表面に油が回ったら、水と塩を加え、フタをして弱火で15分炊く。ブルグルがふくれたら、火を止め、15分蒸らす。
3.青ネギのみじん切りを散らして出来上がり。

 

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ブルグル・ピラウは食物繊維やタンパク質が多く、糖質が少ないので健康に気をつかう人にオススメ


(シンガポール食い倒れ編、次回に続きます!)

 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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