越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#60

インド・グワハティ~ナガランド州

文と写真・室橋裕和

 とうとうビザ不要となったミャンマー。これで東南アジアはほとんどビザなしで旅できるようになった。さらにインドルートも開いたという情報もあり、このエリアが(ごく一部マニアの間で)にわかに注目を集めはじめている。そんなインド・ミャンマー国境地帯でも、とりわけ奥地に潜行したときの記録である。

 

 

ミャンマーは10月から陸路でもノービザ入国

 朗報である!
 この10月からとうとう、ミャンマーの観光ビザが免除となるのである。これは世界でも日本と韓国のみに許可されたもの。これも日本が官民あげて、さんざんミャンマーに投資してきた結果であろう。納税者のひとりとして、この恩恵には早く預からねばなるまい。
 どうもミャンマーはロヒンギャの件で欧米からの観光・投資が滞っているから、人権問題にニブい我らが東アジア勢を取り込もうという魂胆、なんて話もあるが、なんにせよありがたい。
 在東京ミャンマー大使館のサイトをノゾいてみると、トップページには新しいレギュレーションについての解説pdfがドーンと貼りつけられているではないか。それによれば、日本と韓国のパスポート所持者はノービザで30日までの滞在ができること、しかしこの措置はとりあえず1年間限定でその後はまだ未定であること、そして入国地点は国際空港に加えてタイとの国境4か所! ビザを取らず陸路で堂々、入国できるのである。本連載#21で通過したメーソートとミャワディの国境もこのひとつだ。
 これで東南アジア諸国でビザが必要な国は、カンボジアと東ティモールのみとなった。この両国とも到着時にアライバルビザが取得できるので(ただし東ティモールは空港のみ)、旅人を阻むビザという壁は東南アジアからほぼ突き崩されたといっていい。
 とはいえ「ビザを申請し、取得する」というイベントがなくなってしまう寂しさもある。東南アジア各国ごとに個性あふれるビザのシールやスタンプが、パスポートに輝くことはもうないのだ。

 

01
#21で紹介したメーソート・ミャワディ国境もノービザ通過OKに

 

 

インドとミャンマーにまたがる村

 ともかくこれで東アジアからインドシナ半島まで(北朝鮮をのぞいて)陸路でノービザ一気通貫できるようになった。そしてどうも、ミャンマーとインドの国境も国際化し、外国人の通行もできるようなのだ。(参照:NNA ASIA https://www.nna.jp/news/show/1798835
 #27で突撃した国境が、正式に両国の大動脈として動き出しそうな気配がある。ここはまた行かねばなるまい。
 で、今回の国境はそのポイントからさらに北。僕はもうひとつ、インドとミャンマーの国境を訪れている。
 いや、国境と呼んでいいのだろうか。
 そこに境い目はなかったのだ。山の稜線がいちおう両国の国境線と定められているのだが、柵やバリケードがあるわけでもなくイミグレーションもない。山頂の村はどちらの国の領土にも広がっており、人々はミャンマーもインドもなく行き来していたのだ。国境の管理は、ほぼ行われていなかった。国境というものが成立する近代以前の姿をいまにとどめる、きわめて貴重かつマニアックな場所であった。
 訪問したのは2011年とだいぶ前のことになるが、いまでも状況はあまり変わっていないようなので、ここに紹介しよう。

 

 

伝説の「7人の妹たち」

 きっかけはインド在住の知人であり旅マニアからのタレコミだった。

>>セブンシスターズが開いたぞ!

 そのメールを見た瞬間、僕は震えた。武者震いであった。ついに禁断の扉が開く……。
 セブンシスターズとはインド東北部、三角形のように張り出しているエリアのことだ。ミャンマー、バングラデシュ、ブータン、中国に囲まれたトライアングルには、7つの州が固まっている。しかし長年、一部を除いて外国人には閉ざされてきたのだ。紛争やテロが絶えなかったからである。
 ナゼ武装闘争が行われていたのか。インド中央政府に組み入れられたくなかったからだ。それはどうしてか。セブンシスターズに住んでいる人々が、我々日本人にもよく似た顔立ちの、モンゴロイドであるからだ。
 セブンシスターズは人種の境界だ。ヨーロッパから中東、インドにかけて分布するコーカソイド。東南アジアから東アジアに広がる我らがモンゴロイド。ここは東西に分かたれている両者が、せめぎあっている場所のひとつである。
 異なるのは顔立ちだけではない。生活習慣も宗教も文化も言葉も違う。そんな7州の人々に、お前らもインド人だと言ったって無理がある。しかしイギリス支配を経て、このあたり一帯はインドに編入されてしまう。
 そして中央は、圧倒的な少数派であるモンゴロイドを弾圧した。そもそも諸州を「7人の妹」と呼ぶ時点で、すでに下に見ているのだ。
 両者はゆずらなかった。こうして紛争が続いてきた。インド政府は外国人の立ち入りを厳しく制限した。
 だから我々旅行者は、ミャンマーからインドへと陸路で抜けることができなかったのだ。ユーラシアを横断するときの最大障壁だった。
 旅を阻む厚い壁というだけではない。日本人と同じモンゴロイドといっても、どんな人々が住んでいるのか。伝わってくるのはインド政府の特別な許可を得て入域に成功した民俗学の研究者が書いた断片的な話くらいで、ナゾに包まれていた。だからこそ多くの旅行者が憧れた。伝説のラピュタに恋焦がれるようなものである。
 しかし時代は移り変わる。
 少数派ゲリラは国軍に押され、また妹たちには多額の国費をつぎこんで懐柔もし、少しずつ治安は良化していった。そして次は観光でテコ入れだ、とばかりに外国人の入域制限をつぎつぎ解いていったのだ。僕の知人はインドでその一報を聞きつけ、すかさずメールをくれたというわけだ。

 

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旅の出発点グワハティの駅前。ごく普通のインドという感じ

 

 

目指せナガランド州境

 仕事をほとんどブン投げて、僕はグワハティに降り立った。7人姉妹の中では面積も経済力も飛びぬけた、いわば長女にあたるアッサム州の、州都である。
 久しぶりにヒリヒリしていた。情報がほぼ皆無、まったくの暗夜を手探りで歩いていくかのような不安感と緊張。だが、それがマニアを奮い立たせる。アドレナリンが泉のごとく湧く。
 目的地はズバリ、ナガランド州である。ここアッサムからはるか東、ミャンマーと隣接した州だ。周辺はインド側ミャンマー側ともに、とりわけ武闘派で鳴るナガ族が住まう地である。国境なんぞ関係ないんである。そんなものはつい最近、あとから引かれたにすぎない。

 イギリス支配の頃まで、ナガには首狩りの風習があったともいう。さらにはアヘンの生産と密輸でも名を馳せ、インド政府にもミャンマー政府にも背を向けた人々……シスターというよりサイコなアニキという感じだが、実にそそられた。
 情報はただひとつ。
「アッサムの東の、ソナリって州境が開いたらしい」
 当時はどれだけググッても、まず行き方がわからなかった。しかし得意のグーグルマップを駆使してアッサム州の果てにSonariという地名を発見、その街から道がナガランド州に入り込んでいるのも確認した。ここだろう。グワハティからおよそ400キロ。直通の交通なんぞない。となればバスで刻んでいくまでだ。

 

03
ブラマプトラ河の流れをさかのぼるように東へと進む。すっげー疲れました

 

 

バスを乗り継ぎ、故障を乗り越え、東へ

 アッサム州は東北部の中心的な州であるため、インド人の進出が早くから進んだ。だからごく普通の、クラクションが鳴り響き、牛が横たわり、チャイ屋やカレー屋が立て込む、インドの街並みが広がる。ときどきタイ人のような日本人のような顔にも出会い、本当に人種の交差点なんだと感動を覚える。
 そんなアッサムを、大河ブラマプトラに沿って、バスで東へ、東へ。北のブータン、南のバングラデシュに挟まれた回廊のような部分を走っていることにも悦びを覚える。
 灼熱の大地を東に進み、大きな街に到着するたびにバスを乗り換えた。テズプール、ジョルハート……どんどんバスはぼろく、小さくなっていく。故障も続いた。パンク、エンジントラブル、またパンク。そしてとうとう窓なしエアコンなし、鉄の枠組みだけのような車体となってしまったが、シブサガルの街でついにソナリ行きのバスを見つけたのだ。
 早朝にグワハティを出発してもう10時間ほどが経っていた。到着したソナリもまた、インドの埃と喧騒と熱波に包まれていた。気を引き締める。そこらのリキシャに「ナガランド」と伝えると、ひとつ頷く。行けるんだ。

 

04
ついに到着したアッサム・ナガランド州境。ここまでやってきた日本人はわずかばかりであろう

 

 

州境を越えると、世界はいきなり変わった

 リキシャは茶のプランテーションの中のあぜ道のようなところを走り続けた。やがて荒れ果てた集落に行き当たり、停車する。
「見えるだろ。あの橋の向こうが、ナガランドだ」
 本当なのだろうか。小川にかかる、しょぼくれた橋。たもとの朽ちかけた看板には「NAGA LAND」とある。胸が鳴った。
 そばの掘っ立て小屋から、制服を着込んだ爺さんが出てきた。
「外国人かね。よく来たね」
「……ナガランド、入っていいんですか」
「時代が変わったんだよ。好きに旅するといい」
 優しい笑顔に見送られて、橋を渡る。震える足先で、ナガランドの地を踏む。
「うおおおおっ!」
 思わずコブシを突き上げた。ついに僕は閉ざされた秘境に入ったのだ。日本人では初めてではないだろうか。自らの偉業に目頭が熱くなったが、そんな僕を見つめているのは……あれっ。
 ソナリまでたくさんいたはずのインド人の姿はない。モンゴロイドの人々だけだった。赤ん坊を背負った子供たち、マキを担いだおばさん、鼻をたらしたヒマそうな少年。誰も彼もが懐かしい顔をしている。
 そして、インド世界とはまったく違う村の様子。木造りの家、藁葺きの屋根。土の道。鶏の鳴き声がする。山影に入ったからか、厳しい日差しはもうなく、吹き渡る山の風は清涼だった。夕陽が差し込んできた。カラスも鳴いている。
 ここはいったい、どこだろうか。タイの農村? 中国の山奥? それとも日本の山村の、昭和いや戦前、いや……明治? 圧倒的なまでに世界は変化した。
 州境を越えただけで、これほどダイナミックに文化と時代が変わるポイントも珍しい。現代のインド世界から、近世の東アジアへ。
 子供たちがふしぎそうに、じいっと見つめてくる。胸の鼓動が速くなる。僕はいまいるのは本当に21世紀だろうか。
 僕たちモンゴロイドが心のどこかに持っている「アジアの原風景」がここにある……僕はタイムスリップしたような興奮に包まれた。

 

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遠い昔は日本もきっと、こんな子たちがいたに違いない

 

(続く!)

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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