韓国の旅と酒場とグルメ横丁

韓国の旅と酒場とグルメ横丁

#59

7泊8日の日本滞在で思ったこと

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 4月の後半、トークイベントの仕事で日本にお招きいただき、東京と埼玉で1週間を過ごした。この3年のあいだ、カルチャースクールの講師の仕事で名古屋には毎年、また、個人的な旅行で仙台には2度行っているが、関東は久しぶりだ。

 日本とは20年以上の縁があるが、私にとってはまぎれもなく外国であり、旅先でもある。そこで今回は日本で印象に残ったことを書くことにする。当然、酒場の話題が中心である。

 

 

池袋駅から20分のベッドタウン、志木という街の居酒屋で

 今回、宿は埼玉県の志木という街にとった。志木は私が90年代後半に日本留学していたときアパート暮らしをしていたところだ。埼玉県の南西部は大昔、渡来人が定住した地であり、志木(しき)という当て字っぽい地名も新羅(しらぎ)に由来するという説もあり、因縁を感じる。

 成田空港から志木に直行し、ホテルに荷物を置いて向かったのは居酒屋だ。店に入り、威勢のよい声で「いらっしゃいませ!」と迎えられると、日本に来たんだなあとうれしくなる。

 韓国の飲食店では完全にシャットアウトされているタバコの煙もむしろ懐かしく、愛おしい。サッと出てくるおしぼりも日本ならではだ。このぬくもりに手だけでなく心まであたたまり、さあ飲もうという気持ちになる。最初の一杯はこれも韓国では一般的ではない“とりあえずビール”。

 

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飲食店でのあたたかいおしぼりの提供は韓国人にはとても新鮮に映る

 

 

つまみと酒の多様性、もてなしの妙

 韓国の飲み屋に比べ、日本の居酒屋は料理と飲み物が多様だ。料理は和食を中心に洋食、中華系、韓国系などかなりグローバル。志木の居酒屋では焼きとんを中心にビールと酎ハイを楽しみ、中野の居酒屋では手づくりのパンやアヒージョを肴にワインを空けた。

 

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豚肉の串焼きも韓国では一般的ではない。居酒屋に手づくりのパンがあるところにも日本らしさを感じる。中野の居酒屋『もつ焼きエンジン』にて

 

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居酒屋で美味しいピザが食べられるのも日本ならでは。神保町の居酒屋『酔の助 神保町本店』にて

 

 神楽坂の毘沙門様の近くの海鮮居酒屋では、私が日本酒に興味を示すと、同席の方が利き酒セットをすすめてくれた。店のマスターはそれをただ出すのではなく、該当する酒瓶をテーブルに並べ、ひとつひとつていねいに説明してくれる。まるでホテルのサービスを受けているようだ。しかし、ここは居酒屋である。これぞ日本の“もてなし”とあらためて感心した。

 

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刺身の盛り付けの美しさについては韓国もだいぶ進歩しているが、本場にはかなわない。海鮮居酒屋『どまん中 神楽坂店』にて

 

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利き酒を楽しむ筆者

 

 

新宿駅の立ち食いそば屋で

 新宿駅構内で久しぶりに立ち食いそばを食べた。日本には立ち飲みや立ち食いの店が普通にあるが、韓国ではあまり見られない。しかし、朝鮮王朝時代までさかのぼれば、立ったまま飲食する文化はあったようだ。18~19世紀の『酒肆擧盃』という絵にもそんな様子が描かれている。

 

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大きな駅にはかならず立ち食いそば屋があるのも日本ならでは。韓国でこれに近いのは屋台のチャンチククス(かけそば風そうめん)やオデン(練り物のみ)かもしれない

 

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居酒屋の店先に立ち飲みコーナーがあるのも日本らしい。西荻窪駅前の柳小路にて

 

 日本植民地時代には、日本から立ち飲みや立ち食いの文化が流入し、それが韓国の外食文化の萌芽期と重なり、ソンスルチプ(直訳すると立ち飲み屋)と呼ばれる業態が普及した。先日の飯田橋でのトークイベントで一部上映した60年代初頭の映画『誤発弾』の酒場場面がまさにそれである。

 

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1961年の韓国映画『誤発弾』に登場するソンスルチプ(立ち飲み屋)の風景

 

 また、慶尚南道の統営(トンヨン)に残る“タチチプ”と呼ばれる大衆酒場は、今でこそ座って飲むスタイルだが、もともとは日本時代の立ち飲みのタチの音だけが残った例と言われている。

 韓国で立ち飲み屋が衰退した理由については諸説ある。

 60年代後半以降、韓国が経済成長していく過程で、厳しい労働環境や軍事独裁によるストレス社会に、軽く飲んで帰る立ち飲み屋がなじみなまなくなったという説もそのひとつ。今よりアルコール度数が高かった焼酎を一気飲みし、まさに酔うために飲む時代に移り変わっていたのだ。

 一昨年あたりから、ソウルでは一人飲みこそ見られるようになったが、立ち飲み屋はまだ確認できていない。しかし、立ち飲みをスタイリッシュなものとして捉える日本人の感覚は韓国人も共有できそうなので、その出現は時間の問題かもしれない。

 

 

日本の角打ち、韓国の角打ち

 板橋区大山の酒屋の一角での立ち飲みも経験した。また、今年1月には名古屋の大曽根駅近くのコンビニ風の酒屋でも飲んだ。冷蔵庫から酒を取り出し、会計を済ませるやいなや開栓して飲むスピード感が痛快だった。その店にはハムやチーズなどをあらかじめ切って小皿に盛り付け、ラップをかけたものも用意されていた。足元には荷物置き場が備えられ、漫画や小説などの古本も並んでいて自由に閲覧できる。日本らしい至れり尽くせりの酒場だ。

 地元のおじさんたちが、会社帰りに、散歩や買い物の途中に立ち寄って一杯飲んで帰っていく様子がなんとも楽しげだった。こういうのを日本では角打ちと呼ぶらしい。

 韓国にも角打ちに似た酒文化がある。私が本連載でたびたび書いているシュポ(小さなスーパー、よろずや)飲みである。立ち飲みではないが、袋菓子や日用雑貨の隣で飲む雰囲気は似通っている。韓国は法律の面でかなりゆるいので、卵焼きや干しタラの炙り焼きなど簡単に調理したつまみも食べられる。

 

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韓国版“角打ち”の例。鍾路の清渓川近くのシュポ『ソウル食品』

 

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韓国版“角打ち”の例。乙支路4街駅近くのシュポ『大福マートゥ』

 

 日本では酒を主にした小売商(酒屋)が発達したが、韓国では酒販専門店は少なく、シュポやコンビニで酒が扱われている。日韓の商業文化の大きな違いである。

 日本とは方向性が微妙に違うが、韓国の酒文化も少しずつ多様化が進んでいる。ここ数年、若者にも人気の屋上休憩所もその例だ。

 

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ソウルの孔徳洞でここ数年人気がある『屋上休憩所』という業態。平日は各種の酒やつまみを頼めるが、土日祝祭日はテーブル単位でチャージ料10000ウォンを払って利用する

 

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孔徳洞の『屋上休憩所』。土日祝祭日はビールとインスタントラーメンのみ提供。それ以外のつまみはコンビニや市場で買ったものを持ち込んだり、出前したりできる

 

 

 日本と韓国、両方で独自の酒文化を楽しんでもらいたい。

 日本滞在で感じたことは他にもたくさんあるので、また次の機会に書いてみたいと思う。

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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