ブーツの国の街角で

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#59

ランギラーノ:おとぎの城とプロシュット博物館

文と写真・田島麻美

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美食の都パルマに滞在中、近郊の村々に世界でも恐らく類をみない『食の博物館』なるものが8つも点在していることを知った。過去に仕事でパルマを訪れた際、パルミジャーノ・チーズやプロシュットの工房を見学したことはあったが、博物館はまだ見たことがない。ツーリスト・オフィスで尋ねてみると、「フード・ヴァレー(食の渓谷)と呼ばれるパルマ周辺のエリアに、パルミジャーノ・レッジャーノ博物館、パスタ博物館、トマト博物館、ワイン博物館、サラーメ・ディ・フェリーノ博物館、プロシュット・ディ・パルマ博物館、クラテッロ・ディ・ズィベッロ博物館、フンゴ・ポルチーノ・ディ・ボルゴターロ博物館の8つが点在しています」と教えてくれた。街の雑踏を逃れ、緑豊かな渓谷をドライブしながら最高級の食材を訪ねて回るのはどんなに楽しいだろう。そんな妄想を抱くのは私だけではないらしく、このフード・ヴァレーを巡る「フード・ツーリズム」という新しい旅のスタイルが、近年人気を博しているのだそうだ。パルマから足を伸ばし、半日のフード・ツーリズムを体験してみることにした。
 

 

 

ハリウッド映画の舞台にもなった幻想的な城

  若草の香り漂うハイキング日和の一日、パルマから市バスで郊外へ足を伸ばした。前日、ツーリスト・オフィスのお姉さんに「パルマからバスで日帰りで行ける食の博物館はある?」と聞いたところ、「バスで1時間弱で行けるランギラーノの村にプロシュット・ディ・パルマ博物館があるわ。その1つ手前の停留所トッレキアーラには素晴らしいお城もあるから、お城見学とプロシュット博物館を組み合わせるとより一層充実した1日になりますよ」と提案された。『食の博物館』のマップを見ると、いずれも郊外の小さな村に点在していて、車を運転しない私には全て回るのは不可能。パルマに一番近いのはパルミジャーノ・レッジャーノ博物館なのだが、まだ本格的なシーズンが始まっていない季節、バスの運行も不定期でアクセスが不便だったのでこれも断念。やはりお姉さんの提案どおり、お城とプロシュット博物館を見学することに決めた。
   FSパルマ駅前のバス停からランギラーノ行きの市バスに乗って約40分。緑の野原の真ん中にあるトッレキアーラの停留所に着いた。ポカポカの陽光を浴びながら、丘の上の城を目指して朝のウォーキングをスタートする。急な坂道を登りきったところにボルゴ(集落)の入り口があった。お城の他は土産物屋やレストランが数軒あるだけの小さな村は、5分も歩けば一周できてしまう。まだ観光シーズンが始まっていない時期、どこも閉店していたのでまっすぐお城へ向かった。
  15世紀にこの地の貴族であったピエール・マリア・デ・ロッシ伯爵によって建てられたトッレキアーラ城は、エミリア・ロマーニャ州で最も保存状態が良く、美しい城として名高い。周囲のロケーションも素晴らしく、穏やかな自然の中にどこか叙情的な雰囲気をたたえて立つこの城は、80年代にルトガー・ハウアーとミシェル・ファイファー主演で制作されたハリウッド映画『レディホーク』の舞台にもなったそうだ。確かに、優雅で洗練された佇まいの城には、壮大なファンタジー・ラブストーリーにふさわしい現実離れした雰囲気が漂っている。
 

 

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トッレキアーラのバス停からアスファルトの坂道を登ること10分足らずでボルゴの入り口に着いた(上)。城壁の門をくぐってすぐ左手にトッレキアーラ城の入り口がある(中上)。入場料を払って中へ。中世とルネサンスの過渡期であった時代の建築らしく、双方の特徴を併せ持っている美しい城だ(中下)。城の入り口前のテラスからは、雪をいただく山々と葡萄畑、緑の丘陵地隊の素晴らしいパノラマが望める(下)。
 

 

 

情熱的なラブストーリーを物語る室内装飾の数々

   中央に井戸を抱くポルティコを抜け、室内に足を踏み入れて思わず感嘆した。簡素なレンガ造りの外観とは裏腹に、城内のどの部屋も、壁面から天井まで色鮮やかなフレスコ画で装飾されている。よく見ると、イタリアの中世の城につきものの戦闘シーンや聖書の苦難の一節を表現したようなモチーフは一つもない。どの部屋も軽やかな優しい色調で、風景や動物、鳥、天使や女神といった女性的なモチーフが溢れている。解説を読むと、この城はデ・ロッシ伯爵が最愛の愛人であったビアンカ・ペッレグリーニとの愛の巣として建てた邸宅であり、要塞としても機能していた他の中世の城とは全く違う目的で建てられたことがわかった。なるほど、城内を眺め歩いていてどこかホッとするような温かな雰囲気が満ちていたのは、まさにこの城を建てた伯爵自身がそれを望んでいたからに違いない。どの部屋もフレスコ画の保存状態が非常に良く、600年近い歳月が流れているとはとても思えない鮮やかさを保っている。中でも圧巻だったのは『黄金の間』と呼ばれる一室。1462年頃、ピエール・マリア・デ・ロッシとビアンカ・ペッレグリーニの愛の軌跡をモチーフにベネデット・ベンボが描いたと言われる、深いブルーを基調としたフレスコ画の数々は、二人の情熱的でロマンティックな恋愛を物語っている。一人の男性にここまで愛されたビアンカという女性が心底羨ましくなった。
 

 

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東西南北に4つの塔を備えたトッレキアーラ城。中世時代の城につきものの銃眼がないのは、この城が戦闘目的で建てられたものではないことの証(上)。1階東翼にある『風景の間/Sala dei Paesaggi』。グロテスク様式で女神やキューピッドなどのモチーフが部屋一面に描かれている(下)。
 

 

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主寝室であったとされる『黄金の間』は、四方と天井に二人の愛の物語が描かれている。北の窓を飾るデ・ロッシ伯爵とビアンカの肖像(上)。ひざまづくピエール・マリアに月桂樹の冠を与えるビアンカの絵は西側を飾る(中)。太陽の光の下、『愛の巡礼』をする女性を描いた天井画(下)。
 

 

 

プロシュット・ディ・パルマの全てがわかる博物館

 

  伯爵とその愛人ビアンカの甘々の生活が偲ばれるトッレキアーラ城を後にし、再びバスに乗って次なる目的地『プロシュット・ディ・パルマ博物館』へ向かう。お城の停留所から10分ほど走って、終点ランギラーノ村のバスターミナルに着いた。金華ハム、ハモン・セラーノと並び、世界三大ハムの一つと称されるプロシュット・ディ・パルマ。「パルマハム」の名で世界中に知られている極上の生ハムは、ほぼ全てがこの小さなランギラーノの村で生産されている。約70㎢の面積に大小200程のプロシュット工場があり、その中心にプロシュット・ディ・パルマ博物館がある。
  レンガと木材でできた1900年代初頭の市営倉庫の建物を改装した博物館は、奥行き6,5m、高さ5,8m。広々とした空間に、生ハムとランギラーノの歴史、その技法がわかる様々な展示が並んでいる。まず驚かされたのは、「生ハム」の歴史の古さ。最初の展示でその歴史について詳しく解説されているのだが、なんと紀元前7000年頃には既に豚が家畜として飼われていて、その肉を長期間保存できるように塩漬けにしたのが生ハムの始まりなのだそうだ。さらに、紀元前3500年にはエジプトやバビロニアで生ハムが存在していたこと、紀元前100年の古代ローマ時代には、パルマ近郊のこのエリアで作られる生ハムが「美味なる肉、芳ばしい香り」の極上品であるとして書物にも残されていることなどがわかり、その奥深さに思わず唸った。
  まろやかな口当たりと甘く芳ばしい風味が特徴の「プロシュット・ディ・パルマ」だが、製品にその名を付けるのは容易ではない。イタリアでは一般にD.O.P(原産地名称保護制度)の表示がついた食材は高品質の証として知られているが、パルマのプロシュットを名乗るには、ランギラーノ周辺独自の気候、自然環境の中で生産され、かつプロシュット・ディ・パルマ協会が定めた非常に厳しい条件を全て満たしていなければならない。養豚から塩漬け作業、熟成方法まで、あらゆる工程に定められた厳密なルールを守り、手間隙かけて作られる極上の生ハム。さらに、その生ハムと共に生きてきたランギラーノの人々の人生に触れ、有意義な時間を過ごすことができた。「博物館では資料の展示のみだが、プロシュット作りを見学したい人は博物館に申し出てば見学可能な工場を紹介してくれる。興味があれば、本場のプロシュット製造現場を体験してみるのも楽しい。」

 

 

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元は市営倉庫であった建物の中に造られたプロシュット・ディ・パルマ博物館。館内には、高い天井と大きな窓で開放感たっぷりの展示室と極上のプロシュットやサラミが味わえる食堂がある。
 

 

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豚肉の塩漬けの作業を解説したブース。昔の作業用具や使用される塩の種類についてなど、詳細に記されている(上)。昔ながらのパルマのサラミ屋さんを再現した展示(中)。ランギラーノでプロシュット作りに従事してきた人々の歴史がわかる写真も多数(下)。

 

 

 

館内の食堂でプロシュット三昧のランチ

 

   博物館でプロシュットのあれやこれやを知ってしまった見学者なら、誰でも「極上のプロシュット・ディ・パルマを今すぐ味わいたい!」という衝動に駆られるだろう。それを見越していたのかどうかは不明だが、見学者にとっては嬉しいことに、館内にある食堂ではプロシュットを始めとしたパルマの様々な特産品を使ったメニューが味わえる。
   壁一面に掛けられたプロシュットの芳醇な香りに誘われて食堂へ入ると、早くもお腹が鳴り出した。席についてメニューを熟読し、パルマ近郊の特産品を少しづつ試食できる「プロシュットとサラミ、クラテッロの盛り合わせ」と「プロシュットとパルミジャーノ・レッジャーノ、バルサミコ酢のサラダ」を注文することにした。オーダーすると、シェフがおもむろにプロシュットやサラミの塊を取り出し、鮮やかな手つきで切ってくれる。運ばれてきた美しい皿を見て、まずは目でじっくりと味わう。この地方独特の「ニョッコ・フリット」と呼ばれる揚げパンと一緒に、博物館お墨付きのプロシュット、サラミ、クラテッロを次々と平らげていく。ジューシーでほんのり甘く、一度口に入れるともう手が止まらないほど美味しい。これでまた、デブ街道まっしぐらだな、と内心諦めていたのだが、後に「生ハムには良質のオレイン酸が多く含まれ、飽和脂肪酸やコレステロールはあまり含まれていない」と知って少し安心した。ちなみにビタミンBも非常に豊富で、ヘルシーな食材なのだそうだ。ランチの後、あまりの美味しさに2kg近いプロシュットの塊を衝動買いした私は、もうしばらくの間、この芳醇な味わいを楽しめることに喜びを隠せなかった。
 

 

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博物館内にある食堂では、プロシュット・ディ・パルマを始めパルマ近郊の特産品の食材が手頃な値段で味わえる。小分けしたパルミジャーノ・レッジャーノやプロシュット、サラミの購入もできる(上)。丁寧に骨や筋を掃除してから切り分けてくれる(中上)。パルミジャーノ・レッジャーノ、プロシュット・ディ・パルマ、バルサミコ酢のサラダは美味しいだけでなく栄養バランスも絶妙(中下)。化学品を一切使用せず、最小限の海塩だけを使って作られるプロシュット・ディ・パルマは、蕩けるように柔らかい口当たりとほんのり甘い繊細な味が特徴。盛り合わせメニューでは、その他サラーメ・ディ・フェリーノ、クラテッロ・ディ・ズィベッロといった特産食材も一度に楽しめる(下)。
 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>
FSパルマ駅から市バス12番ランギラーノ行きで約50分。トッレキアーラ城へは、終点の一つ手前のバス停で下車。バスは毎時1本の間隔で運行しているが、夏季と冬季で時刻表が変わるので事前にHPでチェックした方がいい。
 

 

<参考サイト>

トッレキアーラ城情報(英語)
https://www.castellidelducato.it/castellidelducato/castello.asp?el=castello-di-torrechiara

 

プロシュット・ディ・パルマ博物館情報(英語)
https://prosciuttodiparma.museidelcibo.it/en/

 

パルマ市バスTEP(英語)

http://www.tep.pr.it/en/lines_timetables/default.aspx

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年5月9日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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