ブルー・ジャーニー

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#59

フロリダ マナティがいる場所〈1〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

たがいにじっくり観察し   

 

 つんつん。

 泉に入り、胸のあたりの深さのところでじっと立っていたら、お腹のあたりを鼻先でやさしくノックされた。

 人魚の背中にそっと手を伸ばし、背中をかくと、いかにも気持ち良さそうにじっとしている。手を止めると、人間とおなじように5本の指の骨を内蔵した胸びれで催促のつんつん。

 やがて、ずんぐりとした体をゆらゆらと反転させ、お腹を上に向け、つんつん。動作のひとつひとつがあまりに愛くるしくて、手を引くタイミングを見つけられなくなる。

 

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 アメリカ・フロリダ州、人魚伝説のモデルとなったマナティが集まるホモサッサスプリング。

 この一帯には地下水脈、フロリダ帯水層が広がり、石灰岩からわき出る水が、あちこちに泉を形作っている。

 1500年代当初、アメリカ大陸にたどりついたスペイン人は、その水を飲めば若返る “若返りの泉”がフロリダのどこかにあると信じ、狂ったように探し歩いた。

 以後、歴史の浅いアメリカ合衆国において、もっとも長く、まことしやかに語り継がれている“若返りの泉”伝説。1953年には若返りの泉らしき泉を見つけたドナルド・ダックが、それを飲み、甥っ子に向かって若返ったふりをし、2011年、若返りの泉を最終目的地にパイレーツ・オブ・カリビアンは旅をつづけた。

 マナティは生息地によって、アマゾンマナティ、アフリカマナティ、フロリダマナティの3種類に分類される。

 小さなクジラのようにも、太ったイルカのようにも見えるが、どちらとも類縁関係はない。ゾウ、ハイラックス(ヒズメを持ったウサギ)と共通の祖先から枝分かれし、進化した生き物だということが血液分析から明らかにされている。

 いま、ぼくの脇腹をつついているフロリダマナティは、平均体長が3〜5メートル、体重は350キロから540キロ。まれに1トンを超える個体もあるという。

 丸々としているが、保温効果のある脂肪層を持たず、そのためにクジラと異なり、寒さに弱い。水温が20度以下になると弱り始め、15度を下まわると死んでしまう。1年を通じて水温が22、23度を下まわることのないホモサッサスプリングに集まってくるのはそのためだ。

 

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 近くの水面に鼻先が浮かび上がる。水中では閉じている鼻孔が開き、息を吐き出す。プッ。つづけて長〜く息を吸いこむ。シューッ。

 一度の呼吸で肺の容積の約50パーセントを入れ替え、3分〜5分間、水中で活動。眠っているときは、およそ15分おきにヘリコプターのような姿勢でゆらゆら浮かび上がり、プッ、シューッ。ゆらゆら沈んでいく。

 水中眼鏡をつけて、観察する。

 無数の皺が刻みこまれた顔は、人間の舌のように敏感で筋肉が発達している。顔全体に生えた毛は、猫や犬のひげに似た感覚毛で、水の流れなどの、ささやかな変化を感じ取る。猫や犬のひげは50本前後だが、マナティは約600本。仲間と出会うと、口をすりあわせ、確認し合う。

 耳の穴は数ミリだが、聴力はイルカ並み。超音波も入れた数種の音波を発生させて交信していると言われている。目は小さいがよく見えるらしいので、ぼくも観察されているのだろう。

 完全なベジタリアンで、1日に体重の1割ほどの水草を食べる。ホモサッサスプリングに隣接する、主に怪我をしたマナティを保護する施設の餌場はサラダボウルと呼ばれ、マナティは、キャベツやレタスを胸びれで抱くように持ち、ひと球を5分ほどかけて食べる。

 たがいにじっくり観察し、別れる。

 

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 ディズニーランドに行く人、行ってきた人の熱気と興奮でいっぱいのオーランド国際空港から北西へ約170キロ。ほぼ一直線に伸びるフロリダ・ターンパイクから州道(State Rte)44号線と国道(US)19号線を走り継ぎ、約2時間半の場所にホモサッサスプリングはある。

 アメリカはどこに行ってもアメリカだ。ヨーロッパのように風景が千年の歴史を物語ることはない。町並みは碁盤の目に区切られ、初めてのドライブでも迷う心配がない。

 わかりやすく、単調な風景を最初につくったのは、北アメリカ大陸を横断するルートの開拓をルイス・クラークに命じた第3代アメリカ合衆国大統領トーマス・ジェファーソン。碁盤の目の最大の理由は、きわめて実利主義的なもので、土地の売買を容易にするためだった。(1804年5月4日にセントルイスを出発したルイス・クラーク探検隊は、行く先々で先住民から食べ物を手に入れ、道を教わり、1805年12月3日、西海岸に到達した)

 

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 ヨーロッパの国々を垂直に掘り進むと、物語が、次々に、果てしなく現れるが、アメリカ合衆国の足下は、わずか500年余りで先住民が暮らしていた世界に突き当たる。

 1493年、コロンブスのアメリカ大陸到達を皮切りに、雪崩を打って上陸したヨーロッパ人は、武力で先住民を追い払った。

 西に向かって領土を拡大し、1819年、不在地主だったスペインからフロリダ半島を500万ドルで購入。このとき、スペインから先住民の権利を保障する条項を託されたフロリダ州知事アンドリュー・ジャクソンは、契約の場では了承したが、すぐに、そんなものはなかったことにした。

 2年後、第7代アメリカ合衆国大統領となったジャクソンは言った。

「インディアンと白人は共存し得ない。野蛮人で劣等民族のインディアンは、すべて滅ぼされるべきである」

 

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 フロリダの先住民部族のひとつ、ミコスキの集落の首長、エニー・イマトラは、ジャクソンのあとを受けてフロリダ州知事になったウィリアム・ドゥバールに言った。

 

――あなたは私が……くらい洞窟に逆さまにぶら下がって、周囲で起こっていることをなにも見ることができない、コウモリのようなものだと思うのか、私は幼い子供の頃から、白人がインディアンの領地をとめどなく侵入してきて、われわれを自分たちの土地から猟場から追い立てるのを目にしてきた。私が子供の頃には、インディアンはいまだテネシー側と南の大海[メキシコ湾]の間に横たわる土地を、だれに異をとなえられることもなく自由に歩きまわっていた。

 今や、彼らにはフロリダの猟場しか残っていないというのに、白人はそれさえもよこせと言っている。正直に言わせてもらえば、もし私にそれだけの力があったなら、今夜じゅうにフロリダのすべての白人の喉をかき切ってやりたいものだと思う。(引用参考文献/『インディアン・カントリー』中央アート出版社)

 

(フロリダ編、続く)

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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編著・日本ラグビー狂会

     

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