東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#58

インドネシア・スマトラ島の鉄道〈5〉

文・写真  下川裕治

クルタパティ~ルブックリンガウ~クルタパティ

 クルタパティからルブックリンガウに向かう列車の発車時刻は9時30分だった。手にしていたのは、前日、クルタパティ駅のカスタマーサービスの女性が、彼女のスマホを通して買ってくれた切符だった。

 クルタパティとルブックリンガウを結ぶ路線は、スマトラ島の南部路線の幹線だった。しかし1日に2本しかなかった。昼間便と夜行便という単純なスケジュールだった。

 前夜、時刻表を眺めながら悩んだ。スマトラ島の路線は、北部、西部、南部にわかれていた。北部路線は制覇したが、南部と西部が残っていた。乗車する列車の終点、ルブックリンガウに1泊し、バスを使って西部路線をめざすことも考えた。しかし西部路線に足をのばすと、そこで今回の日程が終わってしまいそうだった。もうひとつの選択肢は、ルブックリンガウから夜行でクルタパティに戻り、その足でもうひとつの幹線である、タンジュンカランをめざす路線に乗ることだった。

 タンジュンカランの先には、スンダ海峡があった。そこを渡ればジャワ島である。海峡を渡るフェリーが着いたところがメラクだった。そこからジャカルタまで線路がのびていた。

 メラク~ジャカルタ──。その区間も未乗車路線だった。この連載の♯53を思い返してほしい。ジャカルタ近郊の路線を乗りつぶそうとしたのだが、「満席」、「今日中にジャカルタに戻ることができる列車はない」といった言葉が次々に返ってきた1日だった。そのなかに、メラクとジャカルタを結ぶ路線があった。

 とりあえず目先の効率に走ってしまった。西部路線を残したままジャワ島に渡る組み合わせだった。それが最後にはどんな苦行を強いるのか……。

 しかし南部路線を制覇し、ジャワ島の1路線を乗りつぶすことも大変だった。ほぼ35時間、列車に乗り続けなくてはならないのだ。

 ルブックリンガウまではエコノミという普通座席だった。運賃は3万4300ルピア、約322円だった。車内は8割がた埋まっていた。途中のプラブムリーに着いたのは午前11時をまわった頃だった。この駅が南部路線のふたつの幹線の分岐駅になる。目的地のルブックリンガウは西方向になる。

 列車はアブラヤシのプランテーションに挟まれるように進んでいく。ときどき石炭を積んだ貨物列車とすれ違った。その頻度は西に進むほど増え、10分に1回ぐらいの割合で石炭貨物列車を目にするようになった。

「そういうことか」

 僕は車窓に目にする黒い石炭の前で呟いていた。この路線は、人を運ぶより、石炭を輸送することが主な目的だった。沿線はインドネシア最大の埋蔵量を誇る炭田が広がっているという。露天掘りの炭鉱だ。車内の混み具合を目に、もう少し列車の本数を増やしても……と思ったが、鉄道の経営という面で見れば、それは二の次だった。まず石炭。それがこの路線だった。

 炭鉱は政府系のためだろうか。駅員の態度は威圧的だった。カメラを構えると、すぐに駅員がやってくる。撮影禁止なのだ。駅構内の店も少なかった。北部路線はホームにも自由な空気が流れていた。しかし南部は違う。

 午後の2時半に着いたラハトという駅で弁当を買ったが、それは柵越しだった。弁当屋は構内に入ることができず、柵の隙間に手を差し込み、その先に弁当を吊るすという作戦に出ていた。彼らはしばしば駅員に蹴散らされる。その間隙を縫って弁当を買うしかなかった。

 

南部路線の幹線分岐駅のプラブムリーでしばらく停車。駅員の目を盗んで撮りました

 

 石炭を積んだ貨物列車、そしてその奥に見えるボタ山……。そんな風景をしだいに熱帯の濃密な緑が覆い隠しはじめた。トンネルを抜け、列車はスマトラ島の深い山に分け入っていく。終点のルブックリンガウに着いたのは、定刻より30分ほど遅れた午後5時半だった。

 少し悩んだが、その足で切符売り場に向かった。クルタパティに戻る夜行列車の切符を確保するためだった。翌日はそのまま列車旅が続くことになる。できるだけ、列車のなかで眠りたかった。

 少しでも体を休めようとエクゼクティブという座席を選んだ。リクライニングシートの特急型座席だ。運賃は17万ルピア、約1598円もした。エコニミ席が3万4300ルピアだから5倍近くになる。運賃設定が安いから日本人ならなんとかなるが、あまりに露骨な運賃差である。

 駅前の食堂で天ぷらもどきの料理とコーヒーを頼んだ。夜行列車は夜の8時発だった。だいぶ時間があった。街は激しいスコールに包まれていた。ルブックリンガウは山間の盆地のような地形のなかにできた街だった。

 地面を叩くような雨をぼんやり眺めていた。

 クルタパティに着いたのは、翌朝の5時すぎだった。

 

DSCN0284

列車に積まれた石炭は、パレンバンの港まで運ばれるという

 

DSCN0277

薄暮のルブックリンガウに着いた。ここから山間の町に向かうバスが接続する

 

 

 

*インドネシアの鉄道路線

20171122191717_00001

 

●好評発売中!!

双葉文庫『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』

発行:双葉社 定価:本体639円+税

 

東南アジア全鉄道制覇1cover


 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

se-asia00_writer

著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

紀行エッセイガイド好評発売中!!

東南アジア全鉄道制覇1cover

東南アジア全鉄道制覇の旅

タイ・ミャンマー迷走編

se-asia00_book01

鈍行列車のアジア旅

se-asia00_book02

不思議列車がアジアを走る

se-asia00_book03

一両列車のゆるり旅

東南アジア全鉄道走破の旅
バックナンバー

その他の辺境・秘境の旅

ページトップアンカー