越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#58

【番外編】アジア国境越え鉄の掟10か条〈後編〉

文と写真・室橋裕和

 越境の際に自らに課した戒律、僕にとって国境見学の際の見どころであり押さえておきたいポイント。そんな国境越えマニア10か条、後編をお届けする。

 

 

6.役人とケンカはしない

 前編で触れたように国境の撮影で揉めたことは何度もあるが、僕は全面的にお上の言いなりになる(こちらのルール違反なので当たり前だが)。
 国境は役人たちの牙城でもある。イミグレーションはたいてい警察の管轄だし、警備の軍も多い。彼らから横柄な態度を取られたり、ときには露骨なワイロの要求をされることもある。イラッとしても笑顔でやんわりと断れば、たいてい彼らは引き下がる。
 欧米人の若いバックパッカーが、よくこれで激怒して抗議しているのをよく見る。得策ではない。アジアのナアナアさでもってヘラヘラと受け流すのがいちばんだ。

 

 

7.真の国境線を探す

 両国のイミグレーションは、仲良くぴったり密着しているわけではない。たいてい、その間には緩衝地帯が広がっているものだ。で、このエリアに本当の国境がある。
 それは河だったり、ふつうの道端だったり、海岸線の一角だったりさまざまだが、ポツリと石碑が立っていたり、両国の国旗がたなびいていたりする。ここが正式な国境線なのだ。そこに佇み、思いを馳せる。これもやはりマニアの嗜みといえよう。

 

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中国とラオスの国境線を示す石碑。2010年に新築されたもののようだ

 

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で、国境線を越えて石碑の反対側に回ると、ラオ語で「ラオ」と国名が。「29」の意味は不明

 

 

8.国境グルメを満喫する

 国境はさまざまな人々の働く場でもある。彼らが腹を満たす場所もたくさんある。そんなところに潜り込んで、ローカルメシを食べるのも、これまた楽しい。
 それに交易の拠点なので、大きな市場が広がっていることもある。屋台もたくさん出る。どちらの国の料理も並び、ふたつの(あるいはそれ以上の)言語が飛び交い、賑やかだ。
 そんな店に腰を下ろし、地元の人々と同じものを食べる……が、国境とはだいたい僻地にあるもの。つくる人の腕前も衛生状態もイマイチで、おいしいものに出合うことは少ない。なのでこれまで、この連載でもあまり紹介はしてこなかった。

 それでも思い出深い味もある。
 #03で訪れたベトナムとカンボジアの国境でのこと。このときは話題の中心が別のネタだったので触れていなかったが、感動的においしい国境グルメを堪能している。
 その日、寝坊したため朝飯を食べ損ねた僕は、慌ててバスターミナルに向かった。ホーチミンシティの安宿街デタムのそばにあるこのターミナルからは、カンボジア国境モクバイ行きのバスが発着しているのだ。ここで30分ほど待ち、やってきたバスに乗り込んで約3時間。降り立ったモクバイ国境は灼熱の炎天下だった。出入国の手続きを済ませる頃には、空腹と暑さでふらふらになっていた。
「なにか、メシ……」
 カンボジア側バベットはカジノタウンである。賭博禁止のベトナムからギャンブラーが殺到するのだ。カジノに入ればエアコンとレストランくらいはあろうが、それでは趣に欠ける。なにかこう、土地の人の暮らしに密着したような……。
 さらに空腹に拍車をかけつつ炎天下の中さまよい歩いていると、カジノとカジノの合間に賑わっている食堂を見つけたのだ。トレーに並べられた料理はどれも家庭的なものばかりでおいしそうだったが、なにより制服姿の軍人たちも食べているのが高ポイントだ。イミグレの係官だろう。国境を職場としている彼らが通う食堂、きっといけるに違いない。
 胃の叫びのままに、オカズを4皿もオーダーした。ごはんはもちろんおかわりをしてきれいに食べつくすと、食堂のおばさんは笑顔で親指を立てたのだ。うまかった。空腹というスパイスは大きかったが、それでも優しい、おふくろの味という感じだった。
 国境越えの途中、緊張をほぐしてひとつ息をつき、ローカルグルメに取り組むのは、僕にとって特別な食卓なのである。だから国境には、朝食や昼食の時間に着くよう時間を調節したりもする。

 

さしかえ
バベットの食堂にて。右上から時計回りに、豚の角煮、空芯菜炒め、豚ステーキ(豚と豚がダブッてしまった……)、鶏と冬瓜のスープ。日本にもありそうだが、カンボジアの家庭メシ

 

 

9.悪人が寄ってくると嬉しい

「兄ちゃん。遊ばねえか。いい女がいるんだ」
「国境を越えたらどこに行くんだ。タクシーが必要だろう。安くしとくぜ」
「チェンジマネー? グッドレート」
 国境に欠かせない登場人物といえば、外国人旅行者を食いぶちにしている皆さんだ。実にアグレッシブに声をかけてくる。来た来た、とちょっと嬉しくなる。
 彼らは国境を根城にしているだけあって、いろいろなことをよく知っている。ここからどんな街にどんな交通があるのか、近くのメシ屋、宿、SIMカードはどこで売っているのか……ギャルの相場も教養のひとつとして、いちおう聞くだけ聞いておく。
 タクシーにバスの有無を訊ねたところではぐらかされるのがオチだが、そうでなければ世間話にはけっこうフレンドリーに応じてくれるものだ。
 それにあやしい押し売りビジネスも、笑顔で断ればあまりしつこく迫ってはこない。仮に応じたとしても、僕の経験上せいぜいボラれるだけで、危険な目に遭わされたことはない。
 いったいこの人たちはどっちの国に所属しているのか疑問に思うが、国境越えを盛り上げる重要なキャストであろう。

 

 

10.できればまた、訪れたい

 またひとつ国境を制圧したことに満足して、僕は次の街に向かう。しかし、これでさよならではちょっと寂しいよね、とも思うのだ。
 機会があれば再訪したい。
 アジアの国境は経済発展を受けて、どこもダイナミックに動いている。数年後には劇的に変わっていることも珍しくはないのだ。掘っ立て小屋だったイミグレがビルになり、赤土の未舗装路がピカピカのアスファルトに変化していたりする。
 そんな国境を、できれば今度は逆から攻め込みたい。そんな野望を胸に、次なる旅の計画を練るのである。

 

06オスマック国境のカンボジア側からタイ側に歩いてきた僧たち。国境を越えて托鉢しているのだろうか

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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