旅とメイハネと音楽と

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#57

南インド・世界遺産の街、ハンピの旅〈2〉

文と写真・サラーム海上

 

エコリゾート・バンガロー『Hampi's Boulders』

 2017年12月30日、カルナータカ州ハンピで泊まった安宿は目の前が水田になっていて眺めは悪くなかった。しかし、水田に続く林を切り開いただけの土地はやたらと湿気っぽく、ヤブ蚊も多く、どこからか生活排水の臭いもうっすらと漂い(インフラの整っていない集落に安宿が密集してしまったのだから当然だ)、どうにもリラックス出来なかった。

 そこで朝から外出することにした。オートリキシャーをチャーターして、世界遺産にもなっているハンピの遺跡を回るのだ。だが、ちょうどその日は地域の小学校の遠足と重なり、どの遺跡も色とりどりの制服を着た小学生たちが長蛇の列を作っていて、落ち着いて見ることも出来なかった。しかも砂埃により喉がガラガラになり、炎天下を一時間ほど歩いただけで頭が熱くなり、お昼すぎには頭がクラクラしてきた。まずい、これは熱中症の症状だ。

 かねてから言い続けている旅の教訓にして金言、「旅先で観光はするな!」をすっかり忘れていた僕が馬鹿だった。観光なんて世界中の誰もが出来る。他人と換えが効くことを僕がやってはいけない。僕は音楽と料理を探求することだけに邁進すべきなのだ。未舗装の道を砂埃を巻き起こしながら疾走するオートリキシャーの後ろ座席で猛省した。観光は途中で切り上げて、宿に戻って身体を休めよう。

 

tabilista地元小学生の遠足と重なり、暑いし、混んでるし……いつものことながら、観光地では何を見たのか全く覚えていない……

 

 部屋に戻り、タオルを水で濡らしておでこに当て、ハンモックに寝転がった。すると、今度は5分もしないうちに右の足首周辺がチクリとして、猛烈に痒くなってきた。うわ、この痒さはダニじゃない、南京虫だ! みるみるうちに足首に真っ赤な点線状の噛み跡が浮き上がってきた。

 どんな高級ホテルに泊まっていても、南京虫にやられる時はやられる。僕はテルアビブやクアラルンプールの高級ホテルでも南京虫に噛まれるほど、南京虫に好かれてしまっている。この不衛生な安宿では十分に想定できることだったのに……。

 やっぱり、いい歳して安宿滞在は辛い……。足は猛烈に痒いし、頭の熱は冷めない。それに外国人バックパッカー向けの油っぽくてしょっぱいだけのインド料理をもう一口も食べたくない……。そもそもハンピなんて来るべきじゃなかったのかも……。夜になり更に湿気てきた部屋で、蚊帳を吊るしたベッドの上で悶々としながら、ネガティブな考えが熱中症で弱った頭に次々とよぎる。

 いや、こんなときは思い切って、河岸を変えよう!

 夜中のうちにインターネットでハンピ郊外にある高級エコリゾート・バンガロー『Hampi's Boulders(ハンピ・ボルダーズ)』に目星を付け、大晦日の夜明けとともに電話して部屋を予約した。そして、荷物をまとめ、安宿をチェックアウトし、朝8時に迎えに来てもらった車で移動した。

 ハンピ・ボルダーズはハンピの中心地から5km西にトゥンガバドラー川をさかのぼった田園と岩山と河原の狭間にひっそりと建っていた。エコリゾートと名乗っているだけに、広大な敷地内には季節の花が咲き乱れ、インドでは珍しい竹が植林され、掃除が行き届き、ゴミ一つ落ちてない。スイミングプールは天然の巨大な岩の天辺のくぼみを加工して水を貯めたものだった。

 レセプションの建物を中心に10棟ほどのコテージが点在し、それぞれ、サン・コテージ、クロコダイル・コテージ、アフリカン・コテージ、ロック・コテージなどと異なる名前が付けられていた。3部屋や2部屋が一緒になった長屋型のコテージもあったが、せっかくなので、森の細道を抜けて、コンクリートの小さな橋を渡った川岸の岩の上にポツンと一棟だけ建つ、テラスと屋上付きの最高級スター・コテージに二泊することにした。お値段は一泊二食付きのハーフ・ペンションで一泊17,000rs=30,600円! 安宿の5倍の値段だが、熱中症を治し、ハンピの旅をリカバー出来るなら価値がある。

 

tabilista迎えの車に乗り込み、宿を移る。ハンピでは水田の真ん中にも巨大な奇岩がゴロゴロと

 

souq9これがハンピ・ボルダーズのスターコテージ。円筒型を三重に組み合わせた不思議な造り。この一棟だけのためにコンクリートの橋まで架けてある!

 

 広い円形の部屋に荷物を広げ、巨岩がボコボコとそびえる河原に面したテラスのソファーで身体を伸ばし、深呼吸する。目の前の河原の向こう側には畑や林、岩山が地平線まで続いている。この宿の敷地はどこまで続いているのだろうか? ここにはヤブ蚊も南京虫もいないし、生活排水の臭いもない。それどころか、見渡す限り人っ子一人いない。この人口爆発のインド亜大陸で! 河原からのすがすがしい風にあたっていると、数時間前までの暗澹たる思いが嘘のように消えていた。

 

IMG_5486ハンピ・ボルダーズのコテージ間の通路は常に掃き清められている!

 

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スターコテージのテラスと川岸。さわやかな風が吹き込んでくる

 

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部屋のテラスから見える川の対岸では毎日午後になると体長3m近いワニが日向ぼっこをしていた

 

 時計を見ると午前11時半。気づくと朝から何も食べていなかった。ちょっと早い昼食に行こう。ハーフ・ペンション式の宿代には通常は昼食は含まれていない。だが、一番良いグレードの部屋を選んだおかげで、三日間の昼食、更にチェックアウトした後、出発直前の夕食までサービスしていただいた。

 食事はレセプション棟近くのレストラン棟で、全てブッフェ形式で供されていた。並んだ保温容器を一つ一つ覗き込むと、発酵させた米粉の蒸しパンである「イドゥリー」や、セモリナ粉の炒り煮「ウプマー」、豆の揚げドーナツ「ワダ」、そして米粉のクレープ「ドーサ」など、チェンナイで食べていたのと同じ朝食メニューが目立つ。ハンピの人々はチェンナイの人々と同じ朝食を食べているのか!? そう言えばハンピに着いて三日目にして初めて朝食の内容に目が行った。安宿での二日間はサバイバルするのに精一杯で、朝食どころではなかったのだ……。

 さらに南のケーララ州では、UFO型に焼いた発酵させた米粉のクレープ「アッパム」やインド版のビーフン「イディアッパム」など、ケーララだけの独特な「ティファン」が存在するのに、カルナータカ州にはないのだろうか? ティファンとは南インドの蒸しパンや揚げドーナツやクレープなどのスナック類の総称である。

 ティファンにはつけて食べる野菜や豆のカレー煮やソース類が必要になる。ブッフェ・テーブルの上の保温容器には豆と野菜のカレー煮である「サンバル」、トマトと黒胡椒、タマリンドのスープ「ラッサム」、トマトとタマリンドの「チャトニー(チャツネー)」、ココナッツとマスタードシードの「チャトニー」、そしてマンゴーの赤唐辛子漬け「アチャール」、精製バターの「ギー」、その他、スイカやパイナップルなどのフルーツやデザート、ドリンクが並んでいた。

 さらに正午になると炊き込みご飯「ベジタブル・プラオ」やチャパティー、ほうれん草と豆の「サーグ・ダール」、その他、茄子とココナッツの「ベインガン・バルター」、カリフラワーと人参とサヤインゲンの「ゴービー・キー・サブジー」など昼食メニューの野菜カレーが次々と運ばれてきた。なるほど、ここはベジタリアン・レストランなのか。 

 ティファンをたっぷり盛り付けたお皿を持って席につくと、中年のウェイターが近づいてきて「インディアン・ティー(おなじみ「チャイ」のこと、ヒンディー語では「チャーエ」)はいかがですか?」と英語で聞いてきた。

 何かがおかしい。チェンナイやケーララ州では「インディアン・コーヒーはいかがですか?」の質問が標準だ。カルナータカ州を含む南インド5州ではチャイではなく、コーヒーが飲まれているはずだが、少なくともハンピではコーヒーではなくチャイが主役なのだろうか? 数時間前まで滞在していた安宿でも、コーヒーではなくチャイが供されていた。

 

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快適な宿でやっと料理の写真を撮る気分になった。ティファン各種。中央上から半時計回りに、ラッサム、ウプマー、イドゥリー、ワダ、ココナッツ・チャトニー、トマト・チャトニー。右はコーヒーではなくチャイ!

 

 宿のマネージャーのクマールが通りかかったので、質問をぶつけると「ハンピではコーヒーもチャイもどちらも飲みますよ」とのこと。むむむ、よくわからない。カルナータカ州はデカン高原からアラビア海まで広がる広大な州だけに、地域によって食文化が大きく変わるのかもしれない……今後、カルナータカ州の他の町、ベンガルールやマイスール、マンガロールを訪れる機会があれば、この質問も自ずと解けることだろう。

 さて肝心の料理は特別に美味いと言うわけではないが、油が少なめで辛くもなく胃腸にやさしく、田舎の家庭料理といった風情だった。それでも茄子やカリフラワー、じゃがいも、ほうれん草などはどれも味が濃くて、質が良い野菜が使われていた。

「ブッフェの料理は基本的にベジタリアンです。そして、野菜は全て敷地内にある畑で作っています。いわばオーガニックなんですよ」と自慢気なクマール。

 ここではチェンナイ滞在時のように派手な見出しの料理記事こそ書けないが、二泊三日の滞在中、胃腸を休めながらそこそこ楽しむことは出来る。インドでは料理を含めて、過剰なものを見つけるのは簡単だが、中庸なものを見つけるのはなかなか難しい。なるほど良い宿じゃないか!

  

 その日の午後はずっとプールサイドで過ごした。一枚岩の天然のプールの冷たい水にプカプカと浮かんでいるうちに、熱中症で火照った頭がやっと冷えてきて、身体のだるさも消えた。熱中症には何はなくともプールだねえ!

 

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天然の一枚岩の上のくぼみを使ったスイミングプール

 

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午後はプールに浸かり、熱中症の頭を冷やして過ごした

 

IMG_5760プールにいると、森に住む猿の家族が水を飲みにきた

 

IMG_5419広大な敷地内には「アイランド・ウォーク」という散歩道も。遠くの山頂に建てられたコテージまで片道20分!

 

 夕暮れになり急激に気温が下がってきたので、プールから上がると、河原まで続く広場に設置されたBBQピットで従業員が火を焚べているのが見えた。今夜はBBQと生バンド演奏による懐かしのボリウッド音楽のニューイヤー・パーティーが開かれるという。

 

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大晦日の夕暮、部屋のテラスからの眺め。日が沈み、十四日月が真正面から顔を出した

 

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大晦日特別メニューを準備中のBBQピットと広場

 

 午後7時、日が沈んだ途端、陸の孤島ハンピ・ボルダーズは真っ暗な闇に包まれた。明かりはコテージから漏れる部屋の照明と夜空の星、ほぼ満月の十四日月だけ。

 夕食時に部屋から暗い小道を地面を照らす灯りをたどって広場まで戻ると、BBQピットの真っ赤な炭火の上でパニール(カッテージチーズ)、ジャガイモを固めたコロッケ状のベジタブル・カツレツ、そしてノンベジタリアンの僕には嬉しい串焼きのチキンがジャージャーと焼かれていた。その周りには四十名ほどの宿泊客が集まっていた。4分の3はインド人、残りが外国人旅行者だ。

 僕はチキンをたっぷり盛り付けたお皿を持って広場の焚き火の周りに並べられた椅子に腰掛けた。カメラにフラッシュは取り付けていたが、さすがに暗すぎて、料理の写真は上手く撮れなかった。

 

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特別メニューのBBQ。といってもベジタブル・カツレツやパニールのベジタリアン・メニュー中心で、肉はチキンだけだった 

 

IMG_5304コテージまでの通路は夜になるとほのかな灯りが

 

 食後に部屋に戻り、テラスで毛布をかぶりながら月明かりに照らされた河原を眺めて過ごした。聞こえてくるのは虫の鳴き声だけ。

 夜10時を過ぎた頃、古いボリウッド映画の主題歌が宿の入口の方角から聞こえてきた。ニューイヤー・パーティーが始まったのだ。どんなバンドが演奏して、誰が聴いているのだろう? 急ぎ足で広場に戻ると、カラオケをバックにキーボード奏者とパーカッション奏者が生演奏を重ね、紫のジャケットを羽織った男性歌手が往年の名歌手、キショーリ・クマールを思わせるクルーナーボイスで絶唱していた。レパートリーは「Awara(放浪者)」や「Love in Tokyo」など、1950年代から60年代のボリウッド名曲。客席には宿泊客の姿はほとんどなく、盛り上がっていたのは地元の酔っぱらいオヤジたちばかりだった。ヒドいパーティーだなあww。

 面白がって写真を撮影していると、酒臭いオヤジに「おい、そこの日本人、何か日本の歌を歌え」と絡まれたので、早々に部屋に退散した。

 

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ニューイヤー・パーティーでボリウッド映画主題歌を演奏した地元の人気楽団。素人とは思えない歌の上手さ

 

 まるで悲劇の主人公のような気分だった24時間前の自分が、こんな楽しい年の瀬を想像出来ただろうか? いやはや旅とは単純なものだ。行動一つで全てがガラリと変わるのだ。ところで、日本はすでに年が明け、新年を祝っていることだろう。 

 

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元日のランチブッフェから。中央上から下へ、キャベツのポリヤル、ベインガン・バルター、サーグ・ダール。赤い塊はマンゴのアチャール。右はラッサム。野菜が美味しく、胃腸にやさしい

 

 

レバノン料理、ババガヌージュの作り方 

 さて今回の料理は焼き茄子を使ったレバノン料理「ババガヌージュ」。南インドでは焼き茄子とココナッツとマサラを使うが、レバノンでは焼き茄子とレモン汁とタヒーニを使う。

 

■ババガヌージュ

【材料:作りやすい分量】

米茄子:大2個(または通常の茄子5~6本)

にんにくのすりおろし:1かけ分

レモン汁:1個分(50cc)

タヒーニ:80g

塩:小さじ1/2

胡椒:少々

エクストラバージンオリーブオイル:大さじ2~3

イタリアンパセリ:少々(みじん切り 普通のパセリで代用可)

ざくろの実……一掴み(無ければ省略可)

【作り方】

1.米茄子はへたを取り、中まで火が通りやすいように、縦に数カ所包丁を入れておく。オーブンを220度に熱し、オーブンシートを敷いた天パンに米茄子をのせて1時間焼く。皮が焦げて、中まで柔らかく火が通ったら、ビニール袋に入れ、口を縛って20分放置し、更に蒸らす。

2.1の皮をむき、茄子の実だけを取りだし、包丁でこまかくたたく。

3.ボウルにおろしにんにく、レモン汁、タヒーニ、塩、胡椒を入れ、よく混ぜ合わせてから、2を加え、よく混ぜ合わせ、室温または冷蔵庫で冷やす。

4.平皿に盛り付け、左手でお皿を回転させながら、右手に持ったスプーンの背を使って広げていく。エクストラバージンオリーブオイルをたっぷり回しかけ、イタリアンパセリ、ざくろの実、で飾り付ける。

 

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ババガヌージュ。オーブンがない場合は茄子を魚焼きグリルで焼いても良い。炭火で焼けば、さらに香ばしいババガヌージュに仕上がるぞ

 

 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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