ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#57

再びの静岡で 1

ステファン・ダントン 
 

 

 2020年2月のとある水曜日の朝早く、私は静岡県に向かっていた。茶商として県内の茶産地を訪ねたり、日本茶業界の一員として茶葉の審査会に出かけたりするのはしょっちゅうだけど、今回の静岡行きはちょっとちがう。

 この連載を掲載している双葉社の担当者S氏に誘われて、静岡県が主催するメディアツアーに参加することになったのだ。テーマは県内の日本茶産業だという。

 

 「ステファンはずっと、日本茶業界の姿勢が変化しなければ日本茶が世界にはばたけないって発言してきたよね。今のステファンは日本全国股にかけていろんな活動をしているし、海外とのつながりもずいぶんある。でも、ステファンの日本茶との関わりのスタート地点は静岡だったでしょ。ステファンが活動を始めてからずいぶん経っている。静岡の茶産業もずいぶん変わったんじゃないかな。今回は取材者の視点で茶産業の現状を見て回らないか」と担当のS氏。

 

 日本茶を仕事にしてから約15年。私は私なりにがんばっている。以前に比べれば日本茶はポピュラーになった。海外でも日本茶ブームだと喧伝される。私も少しは貢献してきたはずだ。だが実際、日本茶の国内消費量も輸出量もまだまだだ。「がんばっているのに結果が出ない」というジレンマを感じる毎日だ。

 

 私には長年付き合ってきた日本茶生産者も行政関係者も研究者もいる。業界の変化についても、かなり承知しているつもりだ。みんな着実に進化している。でも、まだ何かが足りない。足りないものとは何か。

 

 私は今回のツアーに参加して、その答えを導き出したいと考えた。フラットな視点で静岡の日本茶産業の現状を見てみたいと思った。

 

_MG_1221
静岡駅前にて。朝まだ早い。少し眠い。

 

 

静岡県が見せたい茶産地の本気

 

 

 東京駅から静岡駅まで、東海道新幹線の各駅停車「こだま」に乗って1時間半弱。熱海あたりの海を過ぎ、間近に迫る富士山に歓声を上げる同行者たち。線路のそばの畑と遠景の南アルプスを眺めるうちに静岡駅に到着した。私を含む参加者約10人は、駅前から県が用意してくれた小型バスに乗り換えて、最初の目的地に向かった。

 

 バスに乗り込むと、何冊かの冊子が入った紙袋を手渡された。今回のツアーの資料が入っているという。

 バスは東に向かっているようだ。

 県と静岡市、農林事務所の担当者があいさつに続いてルート説明をしてくれている。

 「お手元の資料をお開きください。本日みなさんに見ていただくのは…」

 

 狭い座席で資料の文字を追うのがつらかったし「行けばわかる。見ればわかる」と思って資料を見るのはパスしてしまった。だけど説明してくれる担当者の声音からは、東京のメディアに日本三大茶産地、静岡県の良さを発信してほしいという彼らの本気が感じられた。

 

 ツアーを回って最終的にわかったことだけど、主催者は今回、静岡市をケーススタディとして、

1)個としての茶生産者の取り組み

2)グループでの発信にトライする生産者

3)静岡食材を生かす飲食店

4)在来種を育成する茶園

5)日本茶業界全体の活性化を模索する茶商

の順に巡ることで静岡県の日本茶の魅力とそれを生み出す生産者や事業者の取り組みについて網羅的に紹介してくれた。

 

 「最初の目的地まで40分ほどかかります」といわれて揺られるバスの中。山道を上る。車窓の景色はどんどん変わる。新東名高速道路の橋脚の間を縫って走る道。杉林の間を流れるのは安倍川の支流だろうか。たどりついたのは標高350メートルの清水区の両河内地区。

 

 バスから小型車に乗り換えてさらに山道を上る。見覚えのある道だ。

 

 

_MG_1229S
急斜面の茶畑。ここから徒歩でさらに上へ。

 

 

個としての茶生産者の取り組み
〜歴史ある茶農家の若手はとんがってる~

 

 

 車を降りて木立の間を抜けると、目の前は斜面一面の茶畑。振り返れば茶畑とともに駿河湾と富士山が同時に視界に飛び込んでくる。茶どころ静岡県でもこの両河内地区からしか見られない景色だ。

 

 私はこの茶園をよく知っている。「豊好園」といって20種類以上の品種を育てる名人の茶園だ。あるじの片平さんはもう70代になっただろうか。久しぶりに訪れたが彼の姿は見えない。斜面には、以前訪れたときにはなかった6畳くらいのウッドデッキが設えられていた。

 

 ウッドデッキの上では金色に髪を染めた青年が地下足袋姿の茶農家スタイルのままお茶の支度をしていた。片平さんの息子さん、この茶園3代目のあるじだ。

 

 

_MG_1244
お茶の支度をする「豊好園」3代目の片平さん。

 

_MG_1256
茶畑から望む富士山の風景はここだけのもの。

 

 

 彼は私たちの前に立ってよく通る声で現在の取り組みについて語ってくれた。

 

 自身の茶園で良質な茶葉を生産する一方で、独特の景観の楽しめる茶畑を都会から来る観光客に楽しんでもらおうと、昨年このウッドデッキ「天空に浮かぶ座敷・茶の間」を設えたのだという。茶葉と茶器とお湯を揃えてお客をここまで送ってくると、自身は農作業のためにその場を離れる。お客は90分間、自分たちだけの時間を過ごすことができる。時間になると迎えが来る。「雲海を望む茶畑見学ツアー」の料金は3000円(※但し繁忙期の4/10~5/31は実施しないとのこと)。

 片平さんは「良質な茶葉を作っているという自負もある。評価ももらっている。けれど、私には自身の茶園だけでなく、周りの仲間と一緒に両河内の茶生産を活性化する使命があると感じた。閉鎖される地元の茶工場の経営を引き継いで、仲間と一緒に共同工場を始めた。消費者に日本茶の生産の現場を見てほしくてこのウッドデッキをこしらえた」と真剣な眼差しで話してくれた。

 

 「3年前だっけ。以前会ったときは黒髪だったよね。何があった?」と茶化す私に「美容師が勝手に・・・」なんて答えたけど、私には日本茶の未来のために「とんがっていこう」という覚悟の証に見えたよ。

 

 

_MG_1264
片平さんと私。数年ぶりの再会に話は尽きない。

 

 

グループでの発信にトライする生産者
〜若手生産者は物語を紡ぐ~

 

 

 次に訪れたのは、片平さんも経営に参画する共同茶工場「グリーンエイト」。その一角にあるカフェ「GREEN∞CAFE」(グリーンエイト・カフェ)に案内された。両河内地区の若手茶農家8人による「OCHANO-KAプロジェクト」の拠点だ。

 

 スマートなスーツ姿の「イケメン」茶農家として話題の彼ら。茶生産に取り組みつつ、生産者として直接消費者に訴えかけている。

 

 存在は知っていたけれど、話してみると戦略はビジュアルだけにとどまらない。彼らの戦略には物語性がある。日本茶の魅力を語る言葉がある。

 

 「茶の花を見たことがありますか? わさびは? 竹の花、これはさすがに見たことがないのでは?」と東京から来た私たちに問いかけるグリーンエイトのメンバー、北條さん。手を上げる人はほとんどいなかった。

 

 北條さんは「私たち8人は毎日茶畑の中で仕事をしています。茶の樹にも白くかわいい花が咲き、実がなります。周りのわさび田も季節ごとに白い花で彩られます。竹の花は120年に一度しか咲かないといわれます。けれど毎日竹林に囲まれた茶畑で過ごす私たちは、見たことがあるのです」と続けた。彼が伝えたいのは、日本茶が育つ環境を知ってもらいたい、日本茶を取り巻く物語を実感して欲しいということだと思う。

 

 日本茶を袋に入った商品として手に取るだけじゃ伝えられないことがある。日本茶の魅力を生産地の物語にのせて発信する彼らの取り組みには共感を覚えている。

 

 

_MG_1306
共同茶工場「グリーンエイト」の一角にて。

 

_MG_1277
「GREEN∞CAFE」(グリーンエイト・カフェ)の入り口。

 

_MG_1294S
話を聞かせてくれた北條さん。

 

若手茶農家の話をメモするステファン(グリーンエイト)S
若手茶農家の話をメモするステファン。

 

_MG_1293
提供してもらった和紅茶。繊細な味わい。

 

ほうじ茶ソフト(グリーンエイト)
「ほうじ茶ソフト」は北海道の余市のメーカーとのコラボ。これができるまでの物語は、実際に訪れて聞いてほしい。

 

 

 伝統に裏打ちされた茶生産を受け継ぎ、良質な浅蒸しの緑茶を生産してきた両河内地区はアクセスも悪く、知る人ぞ知る茶作りの秘境のような場所だった。ところが、新東名の開通がこの両河内地区を東京方面から最もアクセスのよい茶産地にした。これから多くの人が訪れることになるだろう。名人の技を受け継ぐ若手の取り組みがスタートしているのも頼もしい。

 

 だけど、もちろん足りない部分もたくさんある。それを伝えたくて、私はカフェの外の茶工場の片隅で関係者らをつかまえた。「和紅茶に取り組むのもいい。だけど、両河内の浅蒸し緑茶をもっと大事にアピールしてよ」「カフェもいい。でも、もっと何度も訪れたくなる仕掛けを考えて。女性の目線を取り入れて」「男性客を魅了するのは技術だと思う。茶工場を公開して茶生産のプロセスの展示や実体験をさせて」「訪れるポイント同士が遠すぎる。間に仕掛けがあっていい。川遊び、茶葉運搬のトロッコ、温泉。季節ごとに違う茶産地の風景をいろんな形で提示すれば、何度も何度も訪れたくなるはず」……。

 

 限られた滞在時間の中、私はいつもの調子で自分の意見を懸命に伝えていた。

 

 

_MG_1324
GREEN∞CAFEの前でメンバーに「もっと浅蒸しに自信をもって紹介して」と語りかける。

 

_MG_1323
茶工場の片隅で行政関係者と「茶産地ツアー」のあり方について語る。

 

 

 

静岡食材を生かす飲食店
〜地元日本茶インストラクターの創意工夫~

 

 

 グリーンエイトを後にして、再び静岡市中心部に戻るバス。山間の茶産地から40分。少々退屈。お腹も減った。

 

 バスが止まったのは静岡駅から徒歩10分ほどの場所、青葉緑地沿い。「お抹茶 こんどうの食堂」と看板にある。

 

 「ここが昼食会場か」と思いながら店に入ろうとしたら「ステファン、久しぶり」と中から旧知の仲の近藤さんが出てきた。彼は凄腕の料理人であり日本茶インストラクターでもある。

「元気だった? 店移ったの知らなかったよ」

思いがけない再会がうれしかった。

 

 

_MG_1397
近藤さんと記念写真。

 

 さすが近藤さん、料理を待つ時間に極上の煎茶を出してくれる。

 

 

_MG_1335
煎茶の支度。近藤さんが丁寧に淹れ方をレクチャー。料理への期待も高まる。

 

 地元食材をふんだんに使った昼定食はとんでもなく盛りだくさんで、完璧においしかった。

 

 

とろろ汁がメインの昼定食(こんどうの食堂)
とろろ汁をかけたご飯は絶品。お新香も最高。それだけで満足なのに、地元食材をふんだんに使った料理が並ぶ。

 

 

 舌鼓を打ちながらメニューを開くと、お茶を使ったアルコールドリンクが並んでいるのを見つけてしまった。試さないわけにはいかない。

 

 オーダーしたのは挽きたて抹茶を入れたビアカクテル「お抹茶ショット」。近藤さんは店内の挽臼で抹茶を挽くと、カウンターに移動して凛とした姿勢でお茶を点(た)てる。私たちの目の前でビールの入ったグラスにお茶を注ぐ。上下にしっかり分かれていた緑と黄金色が少しずつ混ざっていく。混ざり切る前に口に運べば、抹茶の香りと苦味のすぐ後からビールの香ばしさが追いかけてくる。

 

 

_MG_1362
抹茶を点てる近藤さん。

 

お抹茶ショット(こんどうの食堂)
ビアカクテル「お抹茶ショット」

 

 

 近藤さんのこだわりはあくまでも「お茶がメイン」であることを明確にすること。お茶を最初から別の素材にミックスした状態で出すことはしないのだという。だから、今のところお茶を使ったデザートはない。

 

 そのこだわり方、私は大好きだ。でもヨーロッパ人としては、食事の後のデザートはほしいところ。「近藤さんの哲学を壊さない、日本茶をふんだんに使ったデザートが開発されるのを待っているよ」といい置いて店を後にした。

 

 午後も続いたツアーでも、限られた時間の中で感じたことをできる限り伝えた。私はいつも、自分の意見を率直に伝える。本気で取り組んでいる人には自分の本気を伝える。意見がぶつかることがあるのは承知の上。日本茶を盛り上げようとする者同士のぶつかりあいなら、前に向かう力になるはずと信じている。本気で考えていない人には苛立ちを感じるが。

 

 さて、この後私たちは午後のツアーを続け、在来種を育成する茶園で古民家から本物の日本茶文化を発信する「先生」や新品種の育成で日本茶業界全体の活性化を目指す茶商を訪ねたのだが、今回はここまで。続きはまた次回。

 

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。次回は3月16日です。お楽しみに! 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

stephane-danton00_writer00

ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

ステファン・ダントンの茶国漫遊記
バックナンバー

その他のJAPAN CULTURE

ページトップアンカー