ブーツの国の街角で

ブーツの国の街角で

#57

ピアチェンツァ:二千年の歴史を誇る北イタリアの小さな古都

文と写真・田島麻美

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

 

公私を問わず高速鉄道を利用する機会が多い私の元へ、先日、「italo(イタロ=イタリアの私鉄高速列車)」からチケット割引のお知らせが届いた。どこへも行く予定などなかったのだが、せっかくの割引チケットを無駄にするのももったいたい。かといって、綿密なプランを立てて準備をするのも億劫だ。気軽にふらっと出かけて気分転換できるような街はないだろうか。地図を見ていた時、Piacenza/ピアチェンツァという地名が目に飛び込んできた。エミリア・ロマーニャ州の都市はどこも綺麗に整備されていて、人も穏やかでのんびりしている。その上、プロシュットやパルミジャーノ・チーズなど美食の宝庫でもある。このエリアならプラン・ゼロでふらっと行っても楽しめるかもしれない。春の心地よいそよ風に誘われて、名前を知ったばかりの街へ向かった。
 

 

 

中世時代の栄華が息づく旧市街

   FSピアチェンツァ駅に着いて真っ先に目指したのはツーリスト・インフォメーションのオフィス。なにしろ地図上で見た「Piacenza」という名前に惹かれて来ただけなので、ここがどういう街で、何があるのか、全くわからない。駅から旧市街の方向へ歩くこと10分足らず、どうやら街の中心らしき広場に出た。中世時代に建設された大聖堂の中庭でツーリスト・オフィスを探して迷っていると、タバコ屋のおじさんが「インフォメーション・オフィスはカヴァッリ広場だよ」と言って、親切に道順まで教えてくれた。平日の午前中、軽やかに自転車を走らせるお年寄りやウィンドー・ショッピングを楽しんでいる赤ちゃん連れのママ達と一緒に、春の温かい陽光を浴びながら大通りを歩き、目的のカヴァッリ広場に到着した。
   広場でまず目を惹いたのは赤いレンガと大理石で造られた壮大なゴシック様式の宮殿。この一角にツーリスト・オフィスがある。オフィスで街の地図をもらいがてら見所などの情報を尋ねると、案内のシニョーラが、「旧市街には中世時代の教会や宮殿がたくさんありますよ。でも一つだけ気をつけて。ピアチェンツァの街は、12時から15時まではお昼の休憩で教会も美術館も全て閉まってしまうから」と言った。時計を見ると、すでに11時に近い。慌ててお礼を言うと、早速町歩きに戻った。インフォメーション・オフィスでもらった資料を読むと、この街の歴史はとても古く、古代ローマの執政官によって紀元前218年に築かれたことがわかった。その後、中世時代に商業や金融業の中心として栄え、当時は欧州全体にその名が知れ渡るほどの繁栄ぶりだったそうだ。さらに、イギリスのカンタベリー大聖堂とローマを結ぶ巡礼路・フランチージェナ街道の中心地でもあったピアチェンツァは、欧州各地から様々な人々が行き交う中世時代のコスモポリタンな街だった。なるほど、旧市街を歩いていると、この街の栄華が偲ばれる赤いレンガ造りの壮大な教会や華麗な建築物があちこちに残っている。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

12〜13世紀にかけて建築された被昇天聖母マリアに献げられた大聖堂があるドゥオーモ広場(上)。ジャズフェスティバルが開かれていた旧市街では、あちこちからライブ演奏が聞こえて来た(中上)。かつての繁栄ぶりを思わせる華麗な住宅(中下)。インフォメーション・オフィスがあるカヴァッリ広場には特徴的なゴシック様式の建物「ゴシック宮殿」やバロック彫刻の傑作「ファルネーゼの騎馬像」、「総督宮殿」などが集まっている(下)
 

 

 

ユニークな教会建築が目白押し

   お昼の休憩時間までにできるだけ見所を回ろうと、広場の一角にある聖フランチェスコ教会、ドゥオーモ(大聖堂)、聖アントニーノ聖堂を駆け足ではしご。どの教会も内部は後世の時代に改築されているが建設は12〜14世紀のもので、教会の随所に歴史の古さを思わせるパーツが残っていてとても興味深い。また、それぞれが「〇〇様式」と一言でくくれないような独自の建築スタイルを残しているのも珍しく、教会の構造自体にユニークさが際立っている。例えば、1122〜1233年にかけて建てられたドゥオーモは、砂岩とバラ色の大理石、レンガなどが建材として使われていて、パッと見ると継ぎ接ぎだらけのように見える。内部には14〜16世紀にかけて描かれたフレスコ画やギリシャ十字の形をした聖ユスティニアヌスの聖遺物を納めた地下聖堂がある。一見するとちぐはぐな感じがするのだが、全体を眺めるとしっくりと一つにまとまって「唯一無二」の教会の個性を確立しているから不思議だ。
  次いで訪れた聖アントニーノ聖堂はさらに珍しい建築だった。通常、イタリアの教会は正面扉を入ると長い身廊があり、内部の中央に主祭壇、両脇に礼拝堂、再奥に内陣、という造りになっている。空から見下ろすと十字架の形になっているのが特徴だ。ところが、聖アントニーノ聖堂は、通常再奥にある十字架の横の部分が教会の入り口部分に造られていて、内部はまっすぐ一本の身廊が伸びているだけというユニークな建築である。この二つを筆頭に、旧市街にはさらに貴重な初期キリスト教建築の聖サヴィーノ聖堂、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世の皇后が築いた聖シスト教会など、いずれも歴史の古さと建築のユニークさにおいて見逃せない教会が点在している。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

砂岩とピンクの大理石、レンガの塔が個性的なドゥオーモはピアチェンツァのシンボル。北イタリアのロマネスク様式の建築物の中でも貴重な歴史遺産となっている(上)。内部に残る25本の大きな柱に描かれた16世紀初期のフレスコ画。元々は全ての柱が鮮やかなフレスコ画で彩られていたが、現存するのはこの柱のみ(中)。108本のロマネスクの円柱で支えられた聖ユスティニアヌスの聖遺物を納めた地下聖堂(下)。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
起源は4世紀に遡るという街の守護聖人・聖アントニーノを祀った聖堂は、11世紀に再建されたもの(上)。聖堂の正面入り口は一見すると教会の側面にあるように見える(中)。身廊の正面と脇に大きな二つの入り口を持つユニークな建築(下)

 

 

 

名物のストリートフードを初体験

 

   急ぎ足で教会を回るうち、あっという間に正午になった。インフォメーションのシニョーラが言っていたとおり、12時を過ぎた途端、店も教会も美術館も、どこもかしこも店じまいを始め、13時前に通りはひっそりと静まり返ってしまった。働いている人達は皆、家へ帰ってゆっくりランチを食べ、昼寝をしたり、家事を済ませたりしてまた15時から仕事に戻るのだろう。そう考えると、とても豊かで人間的な暮らしぶりに思える。職場と自宅の距離が近いというのは本当に羨ましい。住民にとってはこの上なく喜ばしい長い昼休みなのだが、ツーリストにとってはこの3時間をどう過ごすかというのは結構難しい問題である。開いているのは数軒のバールとレストランぐらいだが、昼間から3時間かけてレストランで食事をするというのは意外とヘビーだ。どうしようかと人気のない通りをウロウロしていると、「ピアチェンツァ名物〝BATAREU〟」という看板が目に入った。写真を見ると、薄いクレープのようなパンにサラミやプロシュットを挟んだパニーノのようなものらしい。他の街では見たことがないもので、これは食べないわけにはいかないだろう。
   店内に入ると、ティーンエイジャーからお年寄りまで、地元の人々が行列を作っていた。「バタレウ」という名前も聞いたことがなかった私は、レジ前にいた店主に「普通のパニーノとどう違うの?」と訊いてみた。店主は「バタレウ、というのはピアチェンツァに昔からある伝統的なパンのこと。〝バットゥート(=叩いた)したパン〟という意味だよ。薄くてパリパリしたパンで、普通のパンより軽くて消化もいいよ」と教えてくれた。パンの中身は好きなものを選べてメニューの多さに迷ってしまうが、やはりこのエリアの特産品であるプロシュット(生ハム)DOPに決めた。注文すると、その場でパン生地を薄く伸ばし、高温の釜で一気に焼き上げてくれる。焼きたてホカホカの薄いパンを切って極上のプロシュットを挟むと、食べ歩き用の袋に入れてくれた。早速かぶりつくと、「パリッ」とした音とともにほんのり塩味が口の中に広がった。焼きたてパンの熱でトロッと溶けかかっているプロシュットの繊細な風味がたまらない美味しさだ。店主が言っていた通り、食べ口がとても軽く、食後も胃にもたれないのも嬉しい。思いがけず出会えた極上ストリートフードでご機嫌なランチタイムを楽しむことができた。
 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ヴィットリオ・エマヌエレ大通りにある「BATAREU/バタレウ」はピアチェンツァの伝統的なパンを使用した手軽なストリートフードの店(上)。注文を受けてから一枚ずつ伸ばして焼き上げる(中)。パリパリの薄いパンとプロシュットD.O.Pの組み合わせは最強(下)。
 

 

 

期間限定・特別公開の「秘密の井戸」に潜入

 

  ランチの後、バールとスーパーで時間を潰し、ようやく15時になると再びツーリスト・インフォメーションのドアを叩いた。午前中、教会巡りをしていた時にふと目にした〝聖アントニーノの井戸・特別公開〟というイベント情報を得るためだ。案内のシニョーラによると、井戸は今年の5月5日までの期間限定で公開されているらしく、完全予約制で一回8人までしか入れないからすぐ電話した方がいい、と言われた。早速電話をかけると17時半からの回に入れると言うので予約を済ませ、時間が来るまで再びのんびりと教会巡り&街歩きを楽しむことにした。
17時ちょっと過ぎに指定された「サンタ・マリア・イン・コルティーナ教会」に着くと、私の他に4人の参加者が続々と集まってきた。時間が来るとガイド役のお兄ちゃんが、「まず、教会内でビデオ上映があります。その後、装備を整えて地下へ降ります」と説明して席に案内してくれた。
   5世紀の建造と言われる古くて小さな教会内部の正面に据えられた巨大スクリーンで、街の守護聖人・聖アントニーノの奇跡の伝説が語られ始めた。ビデオによると、303年に殉教した初期キリスト教の聖人アントニーノの遺体が、この教会の地下で見つかった。後にここに教会を建てたサヴィーノ司教が夢の中で、〝ここに聖アントニーノの遺体がある〟と告げられて掘ったところ、本当に遺体が発見されたのだそうだ。さらに不思議なことに、遺体は遥か昔に埋められたにも関わらず、掘り出した時に遺体の切断された首から鮮血が吹き出したのだとか。ちなみにこの血液は今も聖遺物として聖アントニーノ聖堂に保存されていて、近年の科学的調査によると確かに人の血液であることが判明したそうだ。但し、聖アントニーノのDNAを鑑定するのは不可能なのだが。
   ミステリアスな伝説にまつわるビデオが終わると、ヘルメットを着用していよいよ地下の井戸へ。ガタガタ揺れるほぼ垂直の階段を4.5m降りると、洞窟のような狭い空間に着いた。こここそ、聖アントニーノの遺体が見つかった場所であると言う。さっきのビデオではかなりミステリアスな伝説と言う印象を受けたが、実際に立ってみるとガランとした洞窟があるばかり。拍子抜けした私の手元に、ガイドのお兄ちゃんが「これを着けて部屋をぐるっと眺めてみて」と言ってヴァーチャル・ビデオを内蔵したゴーグルを渡してくれた。それをかけて改めて洞窟を見回すと、色鮮やかなフレスコ画で装飾された部屋が目の前に再現され、思わず「おおっ!」と歓声が漏れた。鮮血ほとばしる首はどこにあったのか?と私は必死でゴーグル越しに洞窟内を眺め回したが、聖人の遺体はビデオでは再現されていなかった。ガイドのお兄ちゃんに、「鮮血は飛び散っていないのね。それで、遺体はどこで見つかったの?」と質問すると、お兄ちゃんは引き攣った笑みを見せ「シニョーラ…」と一言つぶやくと、「次の人に代わってください」ときっぱり言い渡した。特別公開の聖人の井戸探検は、わずか5分足らずで終了したのだった。
 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

特別公開の「Il Pozzo di Sant’Antonino/聖アントニーノの井戸」は’18年12月23日から’19年5月5日までの期間限定。サンタ・マリア・イン・コルティーナ教会で実施されている(上)。5世紀に建てられた古い教会内のスクリーンでビデオを鑑賞(中)。教会内にはピアチェンツァ最古のフレスコ画も残っている(下)。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ビデオ上映後、ヘルメットを着用して一人ずつ地下へ降りる。閉所恐怖症の人は避けた方が無難(上)。聖アントニーノの遺体が発見された洞窟。ヴァーチャル体験ができるゴーグルを着けて鑑賞するととてもリアル(下)。

 

 

 

★ MAP ★

 

Map-Piacenza

 

 

<アクセス>
ローマ・テルミニ駅、もしくはティブルティーナ駅から高速鉄道でボローニャまで行き、ボローニャで各駅電車に乗り換え。約4時間。ミラノからはミラノ・ロゴレード駅から各駅電車で約50分。
 

 

<参考サイト>

ピアチェンツァ観光情報(日本語)
https://www.comune.piacenza.it/piacere-piacenza

 

 

聖アントニーノの井戸(伊語)
https://cattedralepiacenza.it/il-pozzo-di-sant-antonino/

 

 

BATAREU/バタレウ(伊語)

https://www.batareu.it/

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年4月11日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

Exif_JPEG_PICTURE

田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

ブーツの国の街角で
バックナンバー

その他のWORLD CULTURE

ページトップアンカー