旅とメイハネと音楽と

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#56

南インド・世界遺産の街、ハンピの旅

文と写真・サラーム海上

 

チェンナイから陸路で古都ハンピへ

 2017年12月28日、タミル・ナードゥ州チェンナイで6日過ごした後、次の目的地カルナータカ州の観光地ハンピへと向かった。僕の旅の主な目的である音楽と美味い料理のためにはチェンナイに滞在するほうがいいが、たまには仕事を抜きにして、南インドの緑あふれる田園風景を楽しむのも良いだろう。
 ハンピはかつて「勝利の都」を意味するヴィジャヤナガルと呼ばれ、14世紀に南インドを支配したヒンドゥー教のヴィジャヤナガル王国の首都として栄えた。最盛期には数十万人の人口を誇り、数多くの宮殿や寺院が建立されたが、16世紀にムスリムの連合王国に敗退し、町は廃墟と化した。現在、40ほどの遺跡からなるハンピの建造物群はユネスコ世界遺産の文化遺産に登録されている。
 チェンナイからハンピまでは国内線飛行機があればいいのだが、現在のところ交通手段は陸路移動のみ。しかも直行便は存在せず、15kmほど手前の町、ホスペット(ホサピート)で乗り換える必要がある。
 夕方6時、チェンナイからホスペット行きの夜行寝台バスに乗り込んだ。寝台バスなんてのに乗るのは20数年ぶりだ。真ん中の通路をはさみ、左右に上下二段式の寝台が前後方向に並び、それぞれの寝台は二人用となっている。足元に手荷物を置く棚もあり、足を伸ばし、かろうじて寝返りをうてるセミダブルほどの広さはある。通路側にカーテンもあり、最低限のプライバシーも保たれる。それでも、インドの田舎道は舗装も十分でなく、凹凸が多いので、寝ていても背中から振動が伝わり、けっして快適とは言い難い。更に小刻みな振動がガラス窓をズルズルと開けていく。
 夜中すぎに息苦しくて目を覚ますと、窓から大量の砂喉が入り込んでいた。窓が開かないように隙間にティッシュペーパーをねじ込んで応急処置をした。いやはやエアコン付き高級バスでこんな塩梅だから、エアコンなしの庶民仕様に乗っていたら、さぞ大変だったろう。
 そんな状態でも数時間は眠れたようだ。翌朝7時、出発から13時間後、明け方のホスペットのバスターミナルに到着した。

 

tabilista夜行の寝台バス。設備はそれほど悪くないんだけど、まだまだインドは道路が悪いからねえ……

 

 ホスペットからはオートリキシャーに乗換え、田舎道を30分ほど飛ばす。すると朝7時半に朝日に輝くヴィルパークシャ寺院の目の前に到着した。ここがハンピの中心地だ。そこから村を南北に分断するトゥンガバドラー川の岸辺まで荷物を引きずって歩き、20人も乗れば満員の渡し船で幅が10mほどの川を渡り、北側の集落ヴィルーパプールガッディに移動した。

 

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ハンピのバス停前にそびえるヴィルパークシャ寺院。純白のゴープラムが夜明けの太陽に照らされて薄いオレンジ色に

 

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ハンピを南北に分断するトゥンガバドラー川 洗濯する人も多い

 

tabilistaトゥンガバドラー川の渡し船。ほんの数年前まではお椀状の船を使っていたらしい

 

 ヴィルーパプールガッディは水田と椰子の集落だ。水田のあぜ道を広げただけの未舗装の道に沿って安宿や安食堂が並び、安っぽいサイケデリック・トランスやチルアウト音楽が大音量で流れていた。そんな店に溜まっているのは、泥染めのゴア・パンツにくたびれたタンクトップ姿の欧米人バックパッカーたち。チェンナイの古典音楽のコンサートホールや高級レストランでは全く目にしない人種だ。1960年代から欧米人ヒッピーの聖地として知られる西インドの港町ゴアから、そのまま連れてきちゃったような感じだ。

 

tabilistaハンピの北側の集落ヴィルーパプールガッディのメイン道路。20年前のゴアのよう

 

 緑色の水田の背景には、巨人が切り出したような不思議な割れ方をした薄いオレンジ色の巨岩から出来上がった山々が鎮座している。同じく自然の侵食による奇岩の大地で知られるトルコのカッパドキアと少々似ているが、ハンピの奇岩は一つ一つが切り出された石で、それがどんな自然のなりゆきか、煉瓦のように積み重なって山を形成していたり、平らな水田地帯に巨大なサイコロをぶちまけたように散らばっていたりする。

 

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典型的なハンピの風景、水田と椰子の木と岩山

 

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巨大な一枚岩の斜面に絶妙なバランスで留まる岩。タミル・ナードゥ州のマハーバリプラムでは、同種の岩が「クリシュナのバターボール」と呼ばれて観光名所になっているが、ハンピには至る所に存在している!

 

 未舗装の道を重たいスーツケースを引きずって10分ほど歩き、予約していた安宿にチェックインした。藁葺き屋根のバンガローで、狭苦しい部屋の真ん中に蚊帳が吊られたダブルベッドが据えられ、シーツも蚊帳も最後にいつ掃除したかわからないほど薄汚れている。照明は今どき裸電球一つだ。こんな部屋に四泊もしたくないなあ。しかし、年末年始のハイシーズンで、どの宿も満室で、こんなひどい部屋でさえ一泊5000円以上もするのだ。はぁ、一泊1万円以上払ってもいいから、もっと良い宿ないのかなあ……。

 

tabilista予約していた安宿のバンガロー。まだ数年しか経ってないが、整備や掃除は行き届いていなかった

 

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蚊帳の上には虫の死骸がこびりついていた。ひ~、肝炎注意!

 

 急速な経済成長に伴い開発が進むインドだが、ハンピは欧米人旅行者には知られた観光地でありながらも、いまだ整備が間に合っていない。バックパッカー向けの安普請バンガローや民家を改装しただけの民宿ばかりが立ち並び、インドの中間層に向けたリゾートホテルやビジネスホテルがいまだ建っていないのだ。
 まあ、少なくとも大都会チェンナイのような排気ガスもPM2.5も人混みも交通渋滞も街の騒音もここにはないのだから、気を取り直して飯にしよう。前日の昼間にチェンナイで豪華なランチを食べてから、ほぼ丸一日何も食べていなかった。そこで、目の前が水田になっている宿のカフェでベジタブル・ビリヤニを頼んだ。
 15分後、届いたビリヤニは単なるカレー炒飯だった。ビリヤニと言うと、最近は日本でも具材とお米を鍋の中で層にして炊き込み、米をパラパラに仕上げた北インド・ムグライ式のダム・ビリヤニが知られ始めた。しかし、具材とお米を混ぜ込んでから炊いた、ほぼカレー・リゾット状のビリヤニや、具材とご飯を炒めただけの、ほぼカレー炒飯状のビリヤニも存在する。だから、宿の炒飯状のビリヤニも調理法だけを見てNGとは言えない。
 しかし、安っぽいプラスティックの皿に、おなぐさみ程度のトマトときゅうりのスライスが添えられ、野菜の切れ端とギトギトの油で炒めたオレンジ色のカレー炒飯は、全く僕の口に合うものではなかった。いや、作り手に「お客さんに美味しいものを出してやろう!」という気持ちが一切ない料理なのだ。これは参った。観光地の安宿のカフェなんて久しく訪れていなかったので、甘く見ていたオレが悪かったのだ。1/3だけ食べて、その後は残した。幸いチェンナイでは美味いもの三昧だったので、少しくらい食べずにいても困らない。
「食べ物が駄目だと、旅の印象が全て悪くなる!」これは僕の旅におけるジンクスである。いやはや、こんな場所にあと4日も居られるかなあ?

 

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宿のカフェで出てきたベジタブル・ビリヤニ。1/2残した

 

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チェンナイで宿泊していたホテル内にあった北インド・モグライ料理店のチキン・ダム・ビリヤニ。耐熱食器の中で多層状態に炊き込まれている。香り高く、お米はパラパラ。これでこそ北インドのビリヤニ!

 

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ミントレモネード。大量のスペアミントの葉とレモン、砂糖、氷水をジューサーにかけたもの。年末とは言え、熱中症になるほどの暑さのハンピで、これだけは美味かった! 

 

 午後の暑さは、部屋の前に吊られたハンモックで昼寝してしのぎ、夕方、ヴィルーパプールガッディの北側にそびえる岩山を登ることにした。道路から外れ、岩山に一歩入ると、ボルダリング装備の欧米人バックパッカーたちや、ギターを抱えた日本人バックパッカーたちが先客だった。一つ一つがブロック状の巨岩の岩肌に手すりも命綱もないままに足をかけ、岩と岩の隙間をくぐって、上へ上へと登っていく。魔法瓶を抱えたチャーイ売りの地元のガキたちが、道を先導してくれる。
 10分も登ると、見晴らしの良い一枚板の岩の上に出た。目の前には緑の水田と椰子の木が広がり、東側には、まるでジェンガを崩してしまったような形の山が続いている。道案内してくれた男の子からチャーイを一杯買い、岩に腰掛け、チャーイを飲み、ただ風景を眺める。どこからか野焼きの懐かしい香りが流れてくる。夕日が傾くにつれ、奇岩がオレンジ色に染まり、植物の緑は深くなっていく。ここが15世紀には、オスマン帝国のコンスタンティノープルと同じくらい大都市だったとはどうにも想像がつかないなあ……。

 

souq9tabilista岩山の上から北西を見ると、ジェンガを崩したような山が!

 

tabilista岩を行き来しながらチャーイを売る少年たち


 どれくらい時間が経っただろうか。いつのまにか岩の上は欧米人バックパッカーや地元の少年少女たちが数十人も集まっていた。ギターを囲んで一緒に歌う集団もいれば、崖っぷちに立ち、ポイを始めた男性もいる。地元のインド人少年少女たちは、仲間たちとワイワイ騒いでいる。次第に賑やかになってきた岩の上だったが、岩山の向こうに日が沈む瞬間だけはシーンと静寂に包まれた。
 日が沈むと、ハンピではもうやれることはない。人気のありそうなレストランで夕飯を食べて、宿に戻って日本から持ってきた仕事でもするかあ……。 

 

tabilista丸い岩の上に立ち、ポイを始めたバックパッカー。危険!

 

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夕暮れ、水田の緑がますます色濃く染まってきた

 

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ヤシの向こう側に夕暮れの空

 

IMG_5059お客が多く繁盛していたレストランで頼んだベジタリアン・ターリー。紫色の照明で全然美味くなさそうに写った。実際、美味くなかった……

 

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翌日、オートリキシャーの運ちゃんに連れて行かれた街道筋の食堂にて頼んだベジタリアン・ターリー。前夜のものよりよっぽど美味かったが、チェンナイのミールスと比べると数段落ちる。田舎臭い料理だ

 

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ハンピのメインバザールでは数日前に警察の手入れがあり、無許可のゲストハウスやホテル、レストランが一斉摘発され、全て店じまいさせられてしまっていた。その後、僕が滞在したヴィルーパプールガッディでも同様の措置が取られたようだ

 

 

ハルミーチーズのグリルを作ろう

 今回のレシピはトルコ、イスラエル、そしてギリシャでお酒の肴として欠かせない焼きハルーミチーズ。ハルーミチーズは融点が高く、加熱しても溶けないので、表面をきつね色に焼いていただく。


 
■焼きハルーミチーズのはちみつレモンソース

【材料:作りやすい分量】
ハルーミチーズ:250g
オリーブオイル:小さじ1
レモン汁:1/2個分
はちみつ:大さじ2
ケキッキまたはザータル:小さじ1(乾燥タイムで代用可)

作り方
1.ハルーミチーズは厚さ1cmにスライスする。
2.スキレットにオリーブオイルを入れ、火にかける。温まったら、ハルーミチーズを並べ入れる。焼き色が付いたら、裏返して、両面に焼き色が付いたら、はちみつ、レモン汁をチーズの表面に回しかけ、最後にケキッキをふりかけて、火を止める。

 

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ハルーミ・チーズのグリル

 

*南インドの旅、次回に続きます! 

 

*サラームの中東料理満腹イベント「出張メイハネ」次回は11/11(日)、筑波山ムクムクにて、仔羊一頭の熾火蒸し焼きに挑みます! その他アースオーブン料理も盛り沢山! 詳細は以下↓をご覧ください。

http://www.chez-salam.com/2018/08/20181111sun-出張メイハネ筑波山ムクムク/

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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